富士の霊峰と、裏切りの代償
6月9日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。
キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!
古都・京都にある賀茂家の静かな離れ。リーファスが富士山頂への移動準備を着々と進めるその陰で、静かなる裏切りが冷酷に進行していた。
陰陽寮の事務官であり、桜の夫である春樹は、寮からの帰宅途中に何者かの一団によって卑劣にも拉致された。
彼を拘束したのは、賀茂家の分家一派。かつて時行が行方不明になった際、本家の地位を奪おうと汚く暗躍した者たちだ。
「春樹殿。貴殿の愛する妻、桜と、最愛の子供たちの命がどうなっても良いのですかな?」
薄暗い地下室で、分家の長老格の男が冷酷に告げる。
彼らの要求はただ一つ。リーファスが富士山頂へ向かう真の目的だ。
リーファスは賀茂家に対し、「自身の研究である異世界転移の再現実験を行う」とだけ事前に告げていた。
「……くっ、彼は……」
春樹は絶望に顔を激しく歪めた。家族の命を人質に取られ、現在の彼に拒否権など最初から存在しなかった。
「……リーファス君は、富士山頂の剣ヶ峰にて、大規模な『異世界転移実験』を試みようとしています。そこが日本最大の龍穴だからです」
「ほう……異世界転移の実験か。時行の息子が隠し持っていた未知の秘術、それを手に入れれば、我ら分家が陰陽寮をも完全に支配する絶対の力を得られる」
長老の濁った瞳に、醜い貪欲な光が宿る。
翌朝、何事もなかったかのようにリーファスのもとに戻った春樹の、微かな「気配の乱れ」を、リーファスは一瞬で見逃さなかった。
(……霊力が微かに怯えている。桜さんたちに向ける視線が、あまりに痛々しい)
リーファスは、その瞬間にすべてを冷徹に察した。
「春樹さん。……準備はできましたか?」
「ええ……。車の手配は、すべて済んでいます」
春樹の悲しい裏切り、そして富士の地で待ち受ける分家の罠。
リーファスはそれらすべてをあらかじめ知りながら、静かに深く頷いた。
◇◇◇◇◇
リーファスは、春樹が運転する車の助手席に座り、富士スバルラインを滑らかに登っていった。
桜、永遠、陸翔の三人は、リーファスの明確な指示により、念のために賀茂家の本邸へ一時的に避難させてある。
「……ここから先は、私一人で行きます」
申し訳なさそうに俯く春樹を置いて、五合目の寂れたロータリーで車を降りた瞬間、周囲の空気が劇的に一変した。
「……偽装結界か。随分と大掛かりな歓迎だね」
濃い霧の向こう側から、数十足の足音が響き、数十人の陰陽師たちが現れてリーファスを完全に包囲した。
「賀茂時行の忘れ形見よ、我らに大人しく従え! 貴様が再現しようとしている異世界の秘術、我ら分家が正しく利用してやろう!」
リーファスは冷徹極まる碧眼で、哀れな彼らをただ見据えた。
「家族を人質に取り、恩人を売るか。……貴様らに、生きて賀茂を名乗る資格はない」
◇◇◇◇◇
「――我が肉体を依り代とし、現世に顕現せよ。『英霊降臨』――武蔵坊弁慶」
リーファスの鋭い声と共に、巨大な僧兵の圧倒的な幻影が彼の華奢な身体に重なった。術式によって極限まで強化された彼の細い手に、次々と「伝説の七つ道具」が顕現していく。
「……まずは、貴様らの逃げ道を断つ」
リーファスは右手に巨大な『大槌』を顕現させると、そのまま容赦なく地面へと叩きつけた。
轟ォォォォン!!
五合目の強固な石畳が跡形もなく砕け散り、凄まじい衝撃波が執行陰陽師たちを無慈悲に襲う。
「な、なんだあの桁外れの怪力は……っ!?」
狼狽する敵陣に対し、リーファスは瞬時に左手に『熊手』と『刺股』を同時に顕現。慌てて逃走を図ろうとする術者たちを網の目のように引きずり戻し、一瞬で地面へと組み伏せる。
さらに、背後から音もなく『鉞』を取り出すと、電光石火の一閃。
展開されていた霊的防壁ごと敵の肉体を容易く両断した。続いて『鋸』と『薙鎌』を淀みなく振るい、空間に張り巡らされていた偽装結界の基点となる霊糸を、物理的に完全に断ち切っていく。
蹂躙。それはもはや戦闘などではなく、神速で行われる一方的な処刑だった。
◇◇◇◇◇
五合目は完全に砕け散った石畳と、無惨に呻き声を上げる分家の一派で埋め尽くされていた。
リーファスは、かろうじて生き残った長老格の男の目の前に静かに立つ。
「……死、死なせてくれ……」
「死? ……甘い」
リーファスは冷徹に一蹴すると、異世界の精神魔法を応用した独自の術式を細い指先に集中させた。そのまま、恐怖に震える長老の額へと、その指を深く押し付ける。
「――我が呪印を刻む。死を禁じ、永劫の苦痛を与えよ」
長老の額に、禍々しい漆黒の紋様がジュリリと音を立てて焼き付いた。
この呪印は、リーファスや桜一家に対し、ほんの僅かでも害意を持った瞬間に、全身の神経が激しく沸騰するような極限の激痛をもたらす。死ぬことすら許されず、意識がある限り、永劫に地獄の苦しみを味わい続ける特級の呪いだ。
リーファスは転がっている他の生き残り全員にも、同様の呪印を冷酷に刻み込んでいった。
「……これが、賀茂の本家に手を出した代償だ。一生、その体で悔やみ続けることだ」
◇◇◇◇◇
強固な偽装結界が完全に解け、立ち込めていた白い霧が静かに晴れていく。
そこへ、避難先の本邸からリーファスを心配して駆けつけた永遠が、姿を現した。
彼女は破壊し尽くされた凄惨な光景と、その中心で何事もなかったかのように佇むリーファスの姿を見て、深い畏怖と、それ以上の熱い情愛を胸に抱いた。
「……リーファス。あなた、本当に……」
「永遠さん。……言ったはずです、私の邪魔をするなら焼き尽くすと」
リーファスは再び、いつもの穏やかな、だが絶対的な力強さを秘めた碧眼に戻っていた。
「……私も行くわ。あなたの『実験』がどうなるか、この目で最後まで見届ける」
永遠の必死な懇願に、リーファスは静かに、優しく頷いた。
「いいでしょう。……行こう、剣ヶ峰へ」
二人は、真の儀式場である富士山頂を目指し、月光に照らされた霊峰の急斜面を、一歩ずつ力強く登り始めるのだった。
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