東海岸の獣王と、影に潜む乙女の直感
6月9日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。
キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!
リーファスが遠く離れた日本の京都で、伝説の怪鳥「鵺」を圧倒的な蒼炎で焼き尽くしていた、ちょうどその頃。
大西洋に面した荒削りな開拓都市ニューヨークの探索者ギルドには、ついに世界最強の7人――『真銀星』の面々が続々と集結しつつあった。
ギルドの地下深く、冷たい石壁に囲まれた広大な訓練場。
そこでは今、ある一つの重要な「儀式」が行われようとしていた。
クリスのSランク昇格を正式に懸けた、現役Sランク探索者との緊迫した模擬戦である。
彼女の前に立ちはだかったのは、合流したばかりの『真銀星』の一人。
筋骨隆々とした圧倒的な巨体に、獅子の如き燃える赤い髪を揺らす大男――『獣王』ガルーダ・レッドメインだった。
「史上最年少のSランクは、あの行方不明のリーファス坊主だったな。お前さんがそれに次ぐ若さでSランクの座に就こうって言うなら、このガルーダ様が直々にその実力を測ってやるよ!」
獰猛な野生の笑みを浮かべるガルーダに対し、クリスは静かに、気品に満ちた動作で杖を構えた。
「……お手柔らかに」
◇◇◇◇◇
「始めッ!!」
立会人を務めるディードリットの鋭い合図と共に、ガルーダが爆発的な踏み込みで地面を爆破せんばかりに距離を詰める。
「はぁッ!」
クリスは即座に無数の『影の槍』を床から発生させ、ガルーダを串刺しにしようと試みた。
しかし、ガルーダの全身から立ち昇る凄まじい獣の闘気が、彼に人類の限界を超えた桁外れの身体強化をもたらしていた。
「遅えッ!」
ガルーダはその巨体からは到底想像もつかない、軽業のような極限の動きで、迫り来る影の槍を悉く躱していく。
時には槍の側面を足場にして蹴り、空中でアクロバティックに軌道を変え、クリスの完全な死角へと回り込む。
「影魔法の練度は見事だが、当たらなきゃ意味がねえな! 坊主の金魚のフンじゃ、Sランクは名乗れねえぜ!」
激しい挑発と共に放たれたガルーダの剛拳が、クリスの目前まで瞬時に迫る。
クリスは防戦一方に追い込まれ、ついに訓練場の壁際へと完全に追いやられてしまった。
◇◇◇◇◇
「もらったァ!!」
勝利を完全に確信したガルーダが、トドメの一撃を放とうとさらに大きく踏み込んだ。
その瞬間。
クリスは回避も防御もせず、自らの足元に広がる「影」の中へ、泥のように音もなくスッと沈み込んだ。
「なっ……!?」
空を激しく振ったガルーダの足元――クリスがいたはずの床は、いつの間にか底なしの『影の沼』と化していた。勢いよく踏み込んでしまったガルーダは、その強靭な両脚を膝上まで影に深く飲み込まれ、完全に身動きを封じられてしまう。
「しまっ――!」
ガルーダが力任せに脚を引き抜こうとした時には、すでにすべてが遅かった。
彼の背後、長く伸びたガルーダ自身の影から、這い上がるようにしてクリスが音もなく姿を現す。長距離の転移こそ不可能だが、自らの視界の範囲内、それも影を媒介にした空間移動こそが、彼女の真骨頂だった。
彼女の細い手には、高密度の魔力で形成された鋭利な『影の刃』が握られており、それがガルーダの太い首筋にぴたりと冷たく当てられていた。
「……私の魔法は、当てるものではなく、引きずり込むものです。チェックメイトですね、獣王殿」
「……っ。ハハハ! 降参だ、降参! まさか俺自身の影から出てくるとはな。恐れ入ったぜ、お嬢ちゃん」
ガルーダが潔く両手を挙げて降参の意を示すと、クリスはスッと影の刃を霧散させ、元の穏やかな少女の佇まいに戻った。
◇◇◇◇◇
「勝者、クリス! これにより、彼女の実力がSランクに相当することを正式に認めます!」
ディードリットの厳格な宣言が訓練場に響き渡り、見学していた周囲の探索者たちから割れんばかりの歓声が沸き起こった。
「クリスさん、凄い! Sランク昇格、おめでとう! ボクもすっごく嬉しいよ!」
西施がぴょんぴょんと嬉しそうに飛び跳ねて喜び、クリスに勢いよく抱きつく。その言葉遣いには、かつての刺々しさは完全に消え去り、年相応のあざと可愛い明るさが宿っていた。
しかし、当のクリスは西施に抱きつかれたまま、どこか遠く――遥か東の虚空をじっと冷徹に見つめていた。
その美しい瞳には、Sランクに昇格した歓喜とは全く別の、仄暗い情念の光が宿っている。
「……クリス? どうした、そんな怖い顔をして」
不気味に佇む彼女を訝しむディードリットに対し、クリスは極めて真面目な、地を這うようなトーンで静かに呟いた。
「……リーファス様に、良からぬ虫がたかるのを感じます……」
それは、世界を隔てた遥か彼方の日本で、鵺を倒したリーファスが見習い陰陽師の女子高生たちにキャーキャーと取り囲まれている現状を、乙女の(あるいは狂信に近い)恐るべき直感で正確に察知した瞬間だった。
「……せっかくのSランク昇格よ。もう少し威厳を持ちなさい」
底知れぬ執着を見せる若き新Sランク探索者の様子に、ディードリットは心の底から深く呆れ果て、大きなため息をつくのだった。
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