蒼炎の鳳凰と、陰陽寮のどよめき
6月8日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。
キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!
京都の中心部にひっそりと位置する、陰陽寮本部。
その地下深くに設けられた広大な霊力演習場に、皮膚を刺すような重苦しい空気が漂っていた。
「……賀茂時行の忘れ形見、だと? 馬鹿馬鹿しい。長年行方不明だった男の息子が、突然現れて鵺を退治するなどと、到底信じられるか」
円形状の観覧席から見下ろす陰陽寮の重鎮たちは、中央にポツンと立つ十六歳の少年――リーファスに対して、明確な疑心暗鬼の視線を向けていた。
案内役を務めた春樹が、すぐ隣で胃を痛めるようにして冷や汗を流しているのが分かる。
「民間人に被害が及ぶ前に手を打たねばならないのは事実ですが、どこの馬の骨とも知れぬ子供に任せるなど、陰陽寮の面目に関わりますぞ!」
特に声を荒げて周囲を煽っているのは、賀茂家の分家にあたる中年の男だった。
その濁った眼には、本家筋を堂々と名乗るリーファスに対する、明確な敵意と焦りが浮かんでいる。
(……分家の男か。時行の息子が現れたことで、自分たちの立場が危うくなるとでも思っているらしい)
リーファスは内心で冷静にその構図を分析しながら、小さく一つため息をついた。
「口で説明するより、お見せした方が早いでしょう」
リーファスは懐から一枚の呪符を取り出し、細い指の間に挟んだ。
「少しばかり、熱くなりますよ」
◇◇◇◇◇
リーファスが呪符に自身の霊気を滑らかに流し込んだ瞬間、地下演習場の空気が一気に膨張した。
「――破っ!」
放たれた呪符から、裏山の邪霊を一撃で屠ったのと同じ、巨大な蒼い火柱が激しく吹き上がった。
凄まじい轟音と共に、演習場の中央に強固に設置されていた特級呪物用の霊的防壁が、まるで脆い紙切れのように燃え上がり、一瞬で蒸発する。
観覧席まで容赦なく届く凄まじい熱波と、純度が高すぎる霊気の圧倒的な圧力に、重鎮たちは言葉を失い、次々と椅子から立ち上がった。
「な、なんだこの桁外れの霊力は……っ!? 色が、蒼いだなんて聞いたこともないぞ!」
「防壁が一瞬で……馬鹿な、あれはS級の術者が数人がかりで展開する強度だぞ!」
驚愕し、どよめく重鎮たちを静かに見上げ、リーファスは綺麗に火柱を収めた。
「私が鵺を祓います。その暁には、約束通り陰陽寮の特大書庫への無制限アクセス権を頂く。……よろしいですね?」
先ほどまで猛反対していた分家の男も、今は滝のような冷や汗を流して完全に絶句している。
寮のトップである長官が震える声をどうにか絞り出し、「……許可、する。直ちに二条城へ向かってくれ」と告げるのが精一杯だった。
◇◇◇◇◇
深夜の二条城周辺。すでに一般人の避難は完全に完了し、周囲には不気味なほどの静寂が落ちていた。
「目標、指定ポイントに到達! 結界班、展開しろ!」
現場指揮官の鋭い合図と共に、数十人のプロの陰陽師たちが一斉に呪を唱え、二条城を囲むように巨大な結界を張り巡らせていく。鵺を外へ逃がさないための檻だ。
その結界の内側にぽつんと立つのは、リーファス唯ひとり。
(遠巻きにかなりの数の気配があるな。見学のつもりか、それとも私が死ぬのを期待しているのか)
結界の外側には、重鎮たちや待機を命じられた多くの若手陰陽師たちが、固唾を飲んで戦況を見守っていた。
その視線の先、歴史ある城の屋根に、どす黒い瘴気を纏った巨大な影が音もなく降り立つ。
頭は猿、胴は狸、手足は虎、そして尾は巨大な毒蛇。
「ヒョオォォォォ……ッ!!」
トラツグミに似た、しかし鼓膜を直接破らんばかりの不気味な鳴き声が夜の京都に響き渡る。伝説の怪異、鵺だ。
◇◇◇◇◇
「なるほど。日本の怪異も、なかなか立派な面構えをしている」
鵺がその巨体を激しく揺らし、圧倒的な速度でリーファスへと飛びかかってくる。獰猛な虎の爪が頑強な石畳を深くえぐり、尾の蛇が猛毒の牙を剥いて迫る。
しかし、リーファスは一歩も退かない。
日本の薄い霊気を補うべく、コートのポケットにある『魔神の欠片』から絶大な魔力を一気に引き出すと、彼はそれを『魔霊反転』によって超高純度の霊力へと一瞬でコンバートした。
全身から爆発的に噴き出す蒼い霊気。両手で複雑な印を高速で結び、天に向けて掌を真っ直ぐに突き出す。
「見せましょう。賀茂の血と、私の研鑽の果てを」
「秘術――『鳳凰撃』!!」
瞬間、リーファスの身体を包み込んでいた蒼炎が空中で劇的に形を変え、巨大な蒼い炎の鳳凰となって夜空に顕現した。
闇夜を真昼のように鮮やかに照らし出す、神々しいまでの蒼い光。
「ヒィィッ!?」
鵺が本能的な絶対の恐怖に悲鳴を上げたが、もう遅い。
蒼き鳳凰は鋭い鳴き声と共に夜空から急降下し、鵺の巨体を完全に飲み込んだ。物理的な炎ではなく、魔そのものを根元から焼き尽くす絶対的な浄化の業火。伝説の怪異は、抵抗する間もなく蒼い炎の中で一瞬にして塵となり、跡形もなく消え去ったのだった。
◇◇◇◇◇
「……うそ、でしょ……」
結界の外側、見学エリアの最前列で見ていた永遠は、あまりの規格外の光景にその場にへたり込みそうになっていた。
プロの陰陽師たちが束になっても全く敵わなかったあの鵺を、たった一撃で、しかも見たこともないほどに美しい術で完全に消し飛ばしてしまったのだ。
結界が静かに解かれ、リーファスは何事もなかったかのように夜闇から歩み出てくる。
その直後のことだった。
「ちょっと永遠ちゃん!! 今の誰!? なにあの信じられないイケメン!!」
「えっ、賀茂の親戚!? 嘘、あんな凄い人、今までどこに隠してたの!?」
「ねえ紹介して! 連絡先教えてよ永遠!!」
見学に来ていた同世代の見習い陰陽師の女子たちが、目を完全にハートにして永遠の周りに一斉に殺到した。
「ちょ、ちょっとあなたたち! 押さないでよ!!」
一瞬でもみくちゃにされながら、永遠は顔を真っ赤にしてパニックに陥る。
「だ、駄目よ! あいつは賀茂の……その、大事な後継者なんだから! 軽々しく近づかないでよね!!」
自分でもよく分からない、熱い独占欲を爆発させて叫ぶ永遠の姿を、リーファスは遠目から不思議そうにただ眺めていた。
異世界の神すら相手に戦い抜いた男にとって、日本の伝説の怪異も、そして現代の女子高生たちの喧騒も、どこか平和な日常の微笑ましいひとコマに過ぎないのだった。
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