古都の書庫と、不吉なる鳴き声
6月8日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。
キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!
裏山の怪異を跡形もなく消し飛ばした、あの美しくも圧倒的な蒼い火柱の残光が、ゆっくりと京都の夜の闇に溶けていく。
「……信じられない。あんな高密度の霊力、今までの人生で一度も見たことないわ」
賀茂永遠はバサバサに乱れた髪を慌てて手櫛で直し、赤らんだ顔を必死に背けながら減らず口を叩いた。
「ま、まあ、賀茂の直系なら当然の嗜みよね。助けてもらったことは……その、感謝してあげなくもないわ」
対照的に、私の仮の戸籍上は一歳年下の従弟にあたる陸翔は、興奮を隠せない様子で私へと足早に歩み寄ってきた。
「リーファスさん、すごすぎます! あの『木霊の邪霊』、プロの陰陽師でも数人がかりで当たるような相当な大物だったのに……。僕、完全に圧倒されました!」
「賀茂の術を少し応用しただけだ、陸翔」
私は淡々と応じながら、掌に残る霊気の微かな余韻を確かめる。
中身は成熟した大人である私にとって、年下の陸翔から純粋な敬意を向けられることに違和感はなかったが、現代日本の霊気は異世界に比べて極めて薄い。その分、かつてないほど緻密な魔力制御の重要性を、私は静かに再認識していた。
「さて、夜風が冷えてきた。一度家に戻ろうか」
◇◇◇◇◇
賀茂家の静かな離れに戻った私は、叔母である桜の許可を正式に得て、一族の古い書庫へと足を踏み入れた。
目的はただ一つ。自分がこの地球へと飛ばされた「次元の綻び」の正体を解明し、仲間たちが待つ異世界へ帰還するための具体的な手がかりを探すことだ。
「なによ、そんなに熱心に。私たちが手伝ってあげるわよ」
口では相変わらず毒づきながらも、永遠は古い巻物を手際よく運び出し、陸翔も山積みの古文書から「次元」や「異界」に関する記述を一生懸命に探していく。
しかし、数時間に及ぶ捜索も虚しく、現在の賀茂家に伝わる資料のほとんどは国内の土地神や怨霊に関するものばかりで、世界規模、あるいは異界そのものに干渉するような高度な術式は見当たらなかった。
「……やはり、一族の資料だけでは限界があるか」
私は小さく息を吐き、机にう高く積まれた古文書を静かに閉じた。
◇◇◇◇◇
「桜さん。京都の『陰陽寮』の本部書庫なら、もっと高度な秘術や記録が保管されているはずですよね? 閲覧する方法はありませんか」
翌朝、私は静かな朝食の席で桜へとストレートに切り出した。
桜は困ったように眉を下げ、夫の春樹に視線を送る。春樹は賀茂家への入り婿であり、現在は陰陽寮の中枢で事務官を務めている生真面目な人物だ。
「……リーファス君。君の桁外れの実力は永遠たちから詳しく聞いているが、今の君はあくまで『海外帰りの民間人』という扱いなんだ。寮の特大書庫は一級国家機密の宝庫。部外者を簡単に立ち入らせるわけにはいかないと、上層部からすげなく断られてしまったよ」
春樹は本当に申し訳なさそうに肩をすくめた。
「賀茂時行の息子という肩書きだけでは、今の官僚化してしまった陰陽寮の老人たちを動かすのは、非常に難しいのが現状なんだ」
◇◇◇◇◇
不穏な沈黙が流れる食卓に、春樹のスマートフォンが突然、激しく鳴り響いた。
電話に出た春樹の顔色が、みるみるうちに土気色へと青ざめていく。
「……何だって? 二条城付近に『鵺』が出没……!? 派遣された先遣隊の三名が即死、さらに増援の二名も意識不明だと!?」
その最悪の言葉に、私の意識が鋭く反応した。
鵺――頭は猿、胴は狸、尾は蛇、手足は虎を持つという、日本古来の伝説級の怪鳥。現代の日本でそれほどの代物が出現し、プロの陰陽師たちが次々と返り討ちに遭うなど、通常ではまず考えられない異常事態だ。
「状況は深刻だ。現在の陰陽寮には、あれを正面から抑え込めるだけの実戦派が決定的に不足している。特級の指定区域を広げて封鎖するしかないという話も出ているが……」
春樹の悲痛な報告を聞き終え、私は静かに席から立ち上がった。
「春樹さん。その『鵺』、私が片付けます」
「なっ……!? リーファス君、正気か? 相手は歴史に名を残す伝説級の災厄だぞ!」
私は窓の外、不気味な黒い雲が渦巻き始めた京都の空を冷徹に見つめた。
「条件があります。私が鵺を完全に沈黙させたら、陰陽寮の特大書庫への無制限アクセス権を認めてもらう。……上層部の老人たちに、そう伝えてください」
◇◇◇◇◇
「……本気なのね」
永遠が不安そうに、しかしどこか強い期待を込めた熱い眼差しで私を見つめる。
「ああ。どうせ異世界の手がかりを探すなら、派手に動いて実力を証明したほうが早い」
私は懐の呪符の感触を確かめ、薄く不敵な笑みを浮かべた。
かつて異世界の戦場で神殺しすら成し遂げたこの陰陽師にとって、現代に蘇った程度の怪鳥など、元の世界への帰還を果たすための「通行手形」に過ぎなかった。
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