古都の裏山と、蒼き焔の守護
6月8日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。
キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!
夕暮れ時、俗に言う逢魔が時。古都・京都の美しい街並みを一望できる高校の裏山。
その険しく薄暗い山道を、三人の影が静かに登っていた。
先頭を行く賀茂永遠は、努めて毅然と振る舞ってはいたが、その内心は決して穏やかではなかった。
(……なによ、あのかっこよさ。ハーフでイケメンで、しかもあの叔父様の息子だなんて……ズルすぎるじゃない)
永遠は、後方を歩くリーファスを時折チラリと盗み見ては、すぐに顔を林檎のように赤くして前を向く。
死んだと聞かされていた叔父・時行の息子。
突然目の前に現れた、賀茂家の正統な後継者ともなり得る存在に対し、持ち前の勝ち気な性分からつい突っかかってしまったが、今はその「暴走」を少しだけ後悔していた。
「永遠さん、どうかした? 足取りが少し不安定だけど」
背後からかけられたリーファスのどこか気怠げで穏やかな声に、永遠は「ひゃいっ!?」と変な声を上げそうになる。
「な、なんでもないわよ! あなたこそ、遅れないでよ!」
(……仮の戸籍上は『従姉』という関係になっているけれど、勝気なところは昔の桜にそっくりだね)
隣で苦笑いする弟の陸翔の視線が痛い。
永遠は気まずさを誤魔化すように、足早に茂みをかき分けた。
◇◇◇◇◇
山の中腹、苔むした古い祠がひっそりと鎮座する辺りに差し掛かったとき、周囲の空気が劇的に一変した。
湿り気を帯びた、肌に粘つくような不快極まりない霊気。リーファスは足を止め、鋭い碧眼で周囲の闇を射抜いた。
「……確かに、ただの怪異ではないな。魔の気配が濃い」
その時、陸翔が恐怖に震える指で、大きな大樹の根元を指差した。
「姉ちゃん、あそこ……! 何か影が……!」
そこには、木の表面にじわりと浮かび上がるような、人間の顔を歪めたようなおぞましい黒い霧が渦巻いていた。
「見つけた! 賀茂の名にかけて、私が綺麗に祓ってやるんだから!」
自らの実力を証明しようと功を焦る永遠が、懐から数枚の呪札を素早く抜き放つ。
「急々如律令! 破っ!」
放たれた鋭い火霊の札。
だが、その激しい炎は影に触れる直前、まるで見えない強固な壁に跳ね返されるかのように、一瞬で虚しく霧散してしまった。
「な……!? 私の術が、完全に弾かれた?」
◇◇◇◇◇
「永遠、下がれ! そいつは毛色が違う!」
リーファスの鋭い警告も、今のパニックに陥った永遠の耳には届かなかった。
むきになった彼女は、さらに強力な札を重ねようと、無防備に一歩前へと踏み込む。
だが、その影――『木霊の邪霊』が不気味に胎動した。
邪霊は永遠の放った霊力をそのまま自らの内で増幅し、鏡のようにそっくりそのまま撃ち返してきた。
最悪の『呪詛返し(じゅそがえし)』だ。
「え――」
黒い凶悪な衝撃が永遠を真っ直ぐに襲う。避ける術のない、絶体絶命の瞬間。
永遠の視界が急激に回転し、身体が重力から完全に解放された。
「……下がれと言ったはずだ」
気づけば、彼女はリーファスの逞しい腕の中にいた。
リーファスは瞬時に呪符による多重結界を展開し、邪霊の攻撃を完全に無効化。そのまま永遠を横抱きに抱きかかえたまま、後方へと一気に退避したのだ。
至近距離にある、神秘的で冷徹な蒼い瞳。
ふわりと香る異国の、それでいてどこか魂の奥底で懐かしさを覚える心地よい香り。
永遠は顔を真っ赤にし、しどろもどろになって暴れる。
「あ、あの、離してっ、自分で立てるわよ……!」
◇◇◇◇◇
リーファスは永遠の抗議を涼しい顔で無視し、彼女を安全な陸翔の隣へと静かに下ろした。
彼の端正な表情から余裕の笑みが消え、静かな、しかし圧倒的な殺気が裏山全体を支配する。
「陸翔、永遠さんを守っていろ」
リーファスは懐から一枚の呪符を取り出し、異世界の過酷な戦場で鍛え上げ、さらに自らの魂に刻み込んできた圧倒的な霊力を流し込む。
「古き魂よ、森の静寂に還れ」
彼の手から放たれた呪符が、邪霊の頭上できれいに静止した。
次の瞬間、夜の闇をすべて塗り替えるほどの、巨大で美しい蒼い火柱が、天を突く勢いで激しく噴い上がった。
「――っ!!」
凄まじい轟音と共に、木霊の邪霊は悲鳴を上げる間もなく、その核ごと蒼き焔に包まれ、塵一つ残さず完全に殲滅された。
それは永遠が知るこれまでの「賀茂の術」を遥かに超越した、神威すら感じさせるほどの圧倒的な力だった。
◇◇◇◇◇
激しい火柱が収まり、周囲に元の静寂が戻る。
立ち昇るわずかな煙の中で、リーファスは何事もなかったかのように静かに振り返った。
「……終わったよ。怪我はない?」
美しい月光を背に受けて佇むリーファスの姿。
永遠は、乱れた自らの呼吸を整えることさえ完全に忘れ、その凛々しい横顔に見惚れていた。
(なによ……あんなの、反則じゃない……)
持ち前の対抗心も、くだらない意地も、すべてが今の蒼い炎に綺麗に焼かれて消えていく。
永遠の胸の鼓動は、襲われた恐怖ではなく、全く別の理由で激しく鳴り止まなくなっていたのだった。
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