断絶の日、あるいは古稀の旅立ち
-無価値な息子と、至高の解放-
一五歳を迎えた朝。
私は父オーギュストの執務室に呼び出された。
(やれやれ、ようやくこの日が来たか……)
私は内心で安堵のため息をついた。
前世で五十五年、今世で十五年。
合わせて七十年。
精神的にはとっくに隠居していてもおかしくない年齢だというのに、この十五年間、「無能な子供」を演じるのは骨が折れた。
「誕生日おめでとう、リーファス。これでお前も成人だ」
「ありがとうございます、父上」
父の言葉は事務的だ。魔力至上主義のスミス家において、魔力なき私は不良債権でしかない。
「今日限りでスミス家から除籍とする。家名も名乗るな。……ああ、それと」
「はい」
「手切れ金代わりだ。その闇魔術使いの娘も連れていけ。屋敷に置いておくのも目障りだ」
私の背後で、クリスが身を縮める気配がした。
私は小さく口元を緩めた。
父よ、あなたは知らない。
この娘がどれほどの才覚を秘めているかを。
老舗の骨董屋が、国宝級の壺を「ガラクタ」として捨て値で売るようなものだ。
まあ、私としては拾い物をする手間が省けたわけだが。
「承知いたしました。一五年の長きにわたり、衣食住の恩恵に預かりましたこと、感謝いたします」
私は洗練された所作で深々と頭を下げた。
七十年の人生経験がなせる、完璧な礼法。
皮肉なことに、この屋敷の誰よりも貴族らしい振る舞いを見せた私に、父は一瞬だけ不快そうに顔をしかめた。
「……二度と敷居を跨ぐなよ。行け」
-若造たちの石礫-
荷物をまとめ、裏門へ向かう私とクリスを待ち構えていたのは、やはりあの二人だった。
「やれやれ、やっと屋敷の空気が綺麗になるな」
「本当ですね兄さん。無能がうろついているだけで、気分が悪かった」
長兄マケールと次兄ウィルソン。
一五歳を過ぎ、多少は魔術師らしくなったようだが、魂の色が薄い。
私から見れば、彼らはまだ「オムツが取れたばかりの幼児」に過ぎない。
「リーファス、お前これからどうするんだ? 野垂れ死ぬか? それともその奴隷女に体を売らせて食いつなぐか?」
下卑た挑発。
クリスの影が怒りで波打つ。
私は軽く手を挙げ、彼女を制した。
(落ち着きなさい、クリス。赤子の夜泣きにいちいち腹を立てるものではないよ)
(……ッ、はい。申し訳ありません……)
私は七十歳の寛容さを持って、穏やかに微笑みかけた。
「ご心配には及びません、兄上たち。どうか健やかに。スミス家の益々のご発展を、遠い空の下よりお祈りしております」
「ッ……なんだその態度は! 無能のくせに、俺たちを見下しているのか!?」
マケールが掌に火球を生み出し、威嚇するように突きつけた。
熱気が肌を撫でる。
ああ、なんと未熟な火だ。
構成が甘い。
魔力の練り方も雑だ。
私がその気になれば、息を吹きかけるだけで消し飛ぶような火遊び。
彼らが必死に誇示する「力」が、私にはあまりに滑稽で、愛らしくさえ見えた。
「さっさと消えろ! 二度と俺の視界に入るな!」
私は無言で一礼し、踵を返した。
争う気すら起きない。
老人が子供の喧嘩を買ってどうする。
-ただ一人の肉親-
裏門の外には、フードを目深に被った人影が待っていた。
「……リーファス」 「やあ、ビンセント兄さん。見送りに?」
三男のビンセント。
この家で唯一、まともな感性を持った少年だ。
彼は周囲を警戒しながら駆け寄り、重い革袋と羊皮紙の束を押し付けてきた。
「僕の小遣いと……通行手形だ。父上の部屋から複製した。これがないと、お前たちは……」 「……危険を冒しましたね、兄さん」
私は目を細めた。
自己保身に走るのが常のこの家で、彼は自分の立場を危うくしてまで、弟のために動いた。 その心意気は、魔力の有無よりも遥かに尊い。
「ありがとう。この金も手形も、大切に使わせてもらうよ」
「恩なんていいさ。……どうか、死なないでくれよ」
泣きそうな顔で走り去るビンセント。
私はその背中を見送りながら、懐の温かさを確かめた。
「……良い子だ。彼だけには、いつか飴玉の一つでも返してやらねばな」
「リーファス様、飴玉では安すぎませんか?」
「はは、違いあるまい。さて、行くかクリス」
私はスミス伯爵邸を振り返る。
巨大な屋敷も、七十年の旅路を経た私にとっては、ただの通過点に過ぎない。
――さらば、狭き揺り籠よ。
――老骨(中身)に鞭打って、久々のシャバを楽しもうか。
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