蒼穹の迎撃——鋼鉄の猫(トムキャット)と幻影のドッグファイト
6月8日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。
キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!
ラスベガスの眩い喧騒が遠ざかる、空港の洗練されたプライベートラウンジ。
ジョー・ブライアンは、日本へと旅立つ私の見送りに来ていた。
「……ジョー、本当にお世話になりました」
アメリカ人の母は数年前に他界し、父である賀茂時行は16年前から行方不明(こちらの世界では死亡扱い)。
今や私をこの国に繋ぎ止める物質的な鎖は何一つない、という完璧な設定だ。
「……時行の息子、リーファス。お前なら、日本のあの堅苦しい陰陽寮の連中を綺麗にひっくり返せるかもしれんな。死ぬなよ」
「ええ。死ぬのは、私の行く手を阻む怪異たちだけです」
二人は短く男らしい握手を交わし、私は日本行きの深夜の旅客機へと静かに乗り込んだ。
◇◇◇◇◇
太平洋の真ん中、窓の外に夜の帳が深く降りた、高度三万五千フィートの上空。
突如として、機体が縦に激しく震え、静まり返っていたキャビンに鋭い悲鳴が上がった。
コックピット側からの計器の異常を知らせる電子音が、かすかに客室まで鳴り響く。
怪訝に思って窓の外へと視線を向けると、エンジンの吸気口に無邪気に齧り付く醜悪な小鬼――グレムリンたちが、楽しげに火花を散らして機体を破壊していた。
(……このままでは墜落は免れないな。高度を落とされる前に、空の掃除が必要不可欠か?!)
私はすかさず『認識阻害』の術を周囲に展開し、乗客たちの意識をこちらから完全に逸らすと、機体後方の非常口付近へと素早く移動した。
窓の外では、数体のグレムリンが歪に融合を始め、旅客機をも凌駕せんとするほどの巨躯を持った、禍々しい魔鳥へと変貌を遂げていく。
その巨大な爪が機体の背中を無慈悲に裂こうとした瞬間、私は胸の前で鋭く印を結んだ。
(雑魚ではないな。手加減なしで行かせてもらおう!)
私はコートのポケットにある『魔神の欠片』から溢れ出る絶大な魔力を、『魔霊反転』で、自身の霊力へと一気に変換。そして、精神の最奥にある『魂の座』へと真っ直ぐにチャンネルをリンクさせた。
この現代の蒼穹において、襲い来る近代の怪異を完璧に叩き潰すには、それに相応しい「最高峰の空の記憶」を呼び起こす必要がある。
「――『英霊降臨』。デイル・スノッドグラス」
◇◇◇◇◇
瞬間、私の視界が劇的に反転した。
旅客機の非常口にいたはずの私の体は、今や高度な無数のデジタル計器に囲まれた、狭く無機質なコックピットの中に完全に収まっていた。
背中にはマーチンベイカー社製の頑強な射出座席の感触、鼻腔を突くのは、独特なJP-5燃料の匂いとオゾンの香り。
旅客機のすぐ真上。
月光を冷たく反射して青白く輝く、純粋な霊子構造体で作られた戦闘機――F-14D トムキャットが、美しい可変翼を大きく広げて夜空に出現した。
私の魂は既に、伝説のパイロットである『スノート』の神業じみた操縦技術と完璧に同期している。
「ターゲット・イン・サイト。……掃除を始めよう!」
私が操縦桿を力強く握り込み、スロットルを限界まで押し込む。
双発のゼネラル・エレクトリック社製F110エンジンが夜空を引き裂くような咆哮を上げ、トムキャットは重力を完全に無視した鋭い機動で、巨大グレムリンの背後へと一瞬で回り込んだ。
◇◇◇◇◇
「ギシャァァァッ!」
背後を取られた巨大グレムリンが狂ったように翼を羽ばたかせ、無数の羽根状の禍々しい魔力弾を放ってくる。
「遅い」
私はペダルを鋭く蹴り込み、機体を滑らかなバレルロールへと移行させた。
空間を埋め尽くす弾幕を紙一重で完全に回避しながら、可変翼を高速戦闘用の深い後退角へと引き込む。
機体が猛烈な高Gを刻み、肉体を押し潰そうとするが、私の肉体はあらかじめ陰陽術の術式によって極限まで強化されている。
HUDが獲物の機影を完璧に捉え、ダイヤモンド型のレティクルが赤く激しく点滅した。
「Fox Two」
主翼下から放たれた、霊子の熱源感知ミサイル(サイドワインダー)が、暗い夜空に一筋の美しい光の軌跡を描き、魔鳥の右翼を根元から豪快に粉砕した。
絶叫を上げて姿勢を崩す魔物。しかし、これほどの巨体となればまだ墜落はしない。
私は冷静に操縦桿を引き、ドッグファイトの真骨頂である超近接戦へと持ち込む。
「トドメ!……Guns, Guns, Guns!!」
機首に装備されたM61A1・20mmバルカン砲が、凄まじい轟音と共に火を噴いた。
霊的な加護を極限まで付与された劣化ウラン弾相当の魔力弾が、毎分六千発という驚異的な速度で、巨大グレムリンの胴体を容赦なく切り刻んでいく。
ほんの一瞬。肉片すら残さぬほどに完全に破砕された魔物は、太平洋の暗い海へと塵一つ残さず霧散していった。
◇◇◇◇◇
戦いが終わると同時に、F-14のコックピットは霧のように静かに消え去った。
私が気づいた時には、再び旅客機の静かな客室、自席の快適なシートの上に何事もなかったかのように座っていた。
機体の激しい振動は完全に収まり、計器もすべて正常。乗客たちは術の影響もあり、何事もなかったかのように深く眠っている。
(……ふぅ。英霊の力はやはり凄まじい。魔霊反転のロスを考慮しても、十分すぎるお釣りが出る)
窓の外を見れば、夜が明けた水平線の彼方に、懐かしい日本の島影がうっすらと見え始めていた。
16年という長い空白。死んだはずの男の、死んだはずの息子。
「……さて、京都。私の『家』は、まだ残っているかな」
美しい朝日が燦々と降り注ぐ、関西国際空港の滑走路。
リーファス・カモを乗せた巨大な翼は、次なる運命の地、日本へと滑らかに滑り込んでいったのだった。
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