摩天楼の狂宴と聖なる儀式
6月8日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。
キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!
ジョーの運転するSUVが、ラスベガス郊外の荒涼とした大地にひっそりと佇む、会員制のプライベート・クラブの前で静かに停車した。
「……いいか、リーファス。今回の依頼主は街の有力者たちだ。彼らのバカ息子や娘たちが、妙なドラッグパーティーに参加して以来、次々と廃人同然になっている」
ジョーがダッシュボードから手際よく資料を取り出す。
そこには、虚ろな目を血走らせて異常な力で暴れ回る、裕福な若者たちの痛々しい写真が何枚も並んでいた。
「俺も何度か悪魔祓い(エクソシズム)を試みたが、その場では浄化できても、数日経てばまた元通りだ。まるで、防ぎようのない『悪魔の種』が体の奥底に深く植え付けられているような、不気味な違和感がある」
「再発を繰り返すのは、供給源が根本から絶たれていないからですね。……そのパーティーに私を案内してください」
私は衣服のポケットに触れ、中に忍ばせた『魔神の欠片』の確かな脈動を確かめる。前世からこの魂に深く刻み込まれた賀茂家の呪術と、異世界の戦場を潜り抜けてきた冷徹な碧眼で、重厚なクラブの扉を静かに見据えた。
◇◇◇◇◇
一歩足を踏み入れたクラブの内部は、甘ったるく、それでいて鼻を突くような不快な薬物の煙で一面が満たされていた。
完全にハイになった富豪の子弟たちが、虚ろな笑い声を上げながら大音量の音楽に合わせて踊り狂っている。だが、私の研ぎ澄まされた霊視には、その光景が全く別の悍ましいものに見えていた。
(……この煙、ただのドラッグではないな。魔力を巧妙に媒介にした『霊的な寄生体』だ)
紫色の不気味な煙が若者たちの鼻や口から絶え間なく入り込み、その魂に黒いシミのようにへばりついている。ところどころで、完全に自我を失った者が獣のような咆哮を上げ、周囲に狂暴に襲いかかっていた。
「ジョー、あそこです。主催者が笑っています」
フロアの中央、一段高いVIP席で、一人の男が紫色の煙を傲慢にくゆらせながら、理性を失って床に倒れ伏す若者たちを愉悦の表情で見下ろしていた。
「地獄の沙汰も、金とコネ次第というわけか。……おい、この悪趣味なパーティーは今日で終わりだ!」
私の放った冷徹な声が、空間を揺るがす爆音の音楽を鋭く切り裂いた。
◇◇◇◇◇
主催者の男が、カチカチと不気味に歯を鳴らして歪に笑う。
「……清らかな、実に美味そうな魂の匂いだ。いいだろう、お前たちの魂も、偉大なる我が主への捧げ物にしてやろう!」
男の肉体が、衣服を裂いて異様に膨れ上がった。
皮膚を突き破って禍々しい漆黒の角が生え、背中からは腐った蝙蝠のような巨大な翼が広がる。この魔素の薄い世界では滅多にお目にかかれない、異世界由来の強力な『上級悪魔』の姿だった。
「ジョー。下がって!こいつは聖水程度で霧散する相手ではない!」
通常の雑魚狩りであれば呪符と自身の霊力だけで十分だが、現代の地球に現れたこれほどの高位の悪魔が相手となれば、手加減をする余裕はない。
私はコートのポケットにある『魔神の欠片』から溢れ出る絶大な魔力を、『魔霊反転』で、自身の霊力へと一気に変換。そして、精神の最奥にある『魂の座』へと真っ直ぐにチャンネルをリンクさせた。
この現代アメリカにおいて悪魔の本質を叩き潰すには、それに相応しいこの土地の「聖なる記憶」を呼び起こす必要がある。
「――『英霊降臨』。ウィリアム・S・ボウダーン」
私の背後の虚空に、峻厳な表情を浮かべた黒衣の司祭の姿が厳かに幻視される。
かつて実在した「最高峰のエクソシスト」の一人であり、1949年のあの有名な悪魔祓い事件を完遂した男の強固な霊気が、私の肉体へと完璧に重なり合った。
◇◇◇◇◇
「主の御名において、その不浄を清算せん。――『リチュアル・エクソシズム』!」
ボウダーンの記憶と同期した私の霊力が、目に見えない透明な聖なる衝撃波となって正面へと放たれた。
フロアを満たしていた紫色の悪魔の煙が一瞬で跡形もなく吹き飛び、上級悪魔は逃れようのない聖なる波動に全身を焼かれ、鼓膜を裂くような絶叫を上げる。
「グアァァァッ! な、なんだこの光は……! この世界の、ただの人間が出せる力ではない……ッ!」
「当たり前だ。これは時を超え、次元を超えて人間の魂が紡いできた、拒絶の祈りだ」
リーファス(ボウダーン)としての確固たる意志を持った私が最後の一歩を踏み出し、悶絶する悪魔の眉間へと、霊力を集中させた指先を鋭く突き立てる。
その瞬間、クラブ全体が視界を奪うほどの真っ白な聖光に包み込まれた。
光が静かに収まった時、そこには悪魔の禍々しい姿も、主催者だった男の影も影もなかった。残されたのは、悪魔の支配から解放されて深い眠りについた若者たちと、本来の正常な空気へと戻った静かなフロアだけだった。
◇◇◇◇◇
「……助かったよ、リーファス。正直、現代のベガスであんな化け物を拝む羽目になるとは思わなかった」
額の汗を拭いながら、ジョーが信じられないといった様子で歩み寄ってくる。
私は魂の座へのアクセスを解除して英霊の力を解き、静かに息を吐いた。
「これで、この街を蝕んでいた異常なエネルギーの『供給源』は完全に断ち切りました。もう二度と、あのような上級の悪魔が湧き出ることはありません。ベガスの魔は、今この瞬間をもって完全に祓われましたよ」
「そうか……お前がそこまで言うなら、本当に片付いたんだな。厄介な事件だったが、今回はお前の完全な勝ちだ。報酬は約束通りたっぷり弾ませてもらう。それと、頼まれていた日本行きのチケットの手配も確実に進めておいた」
「感謝します」
クラブの外へ出ると、ネオンがきらめくラスベガスの夜風が、火照った肌を心地よく冷ましていった。
私は遠く東の空を見つめ、遥かなる旅路に想いを馳せる。
仲間たちが待つ異世界、そして、自らの陰陽師としてのルーツが眠る国、日本。
元の世界へ帰還するための私の戦いは、現代の摩天楼において、今まさに始まったばかりだった。
本日もお読みいただきありがとうございます!
もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部の『☆☆☆☆☆』から応援していただけると励みになります!




