法と呪術の代理人、あるいはベガスの清算
6月8日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。
キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!
「……やれやれ。手に入れたはいいが、これらは『負の遺産』でしかないな」
カジノホテルの最上階に位置する高級ペントハウス。かつてのボスがふんぞり返っていた巨大なソファに深々と腰掛け、私は静かにため息をついた。
『レッド・スコーピオン』という地元のギャング組織を圧倒的な力で屈服させ、ラスベガスの裏社会へと一瞬で食い込んだものの、私の目的はあくまで「元の世界に戻る方法を探すこと」だ。このままアメリカのギャングの親分として一生を終えるつもりなど、毛頭ない。
理想のルートは、日本の『陰陽寮』へと渡り、そこで次元転移に関する過去の記録や禁忌の秘術を徹底的に調べることだ。
だが、目の前にあるこの犯罪者集団をただ野放しにしてこの街を去れば、再びラスベガスは混沌に飲み込まれ、罪なき被害者が増えるだけに終わる。
「……そうだ。あいつが、まだこの街にいるはずだ」
私は自身の前世の記憶を静かに紐解いた。
16年前、日本の陰陽師とアメリカの『エクソシスト(悪魔祓い)』が合同で大規模な悪魔憑き事件を解決したことがあった。その過酷な戦いの際、私の良き相棒として背中を預け合った男。
名は、ジョー・ブライアン。
当時は30歳の血気盛んな若手だったが、現在は46歳になっているはずだ。風の噂によれば、今はここラスベガスで弁護士事務所を構えながら、裏では相変わらず悪魔祓いの活動を続けているという。
◇◇◇◇◇
ラスベガスの法曹街の一角にある、一見すると何の変哲もない小さな弁護士事務所。
その古びたドアを叩いた私に対し、46歳となったジョー・ブライアンは、怪訝そのものの表情を向けた。
「……悪いが、少年。悩み相談ならスクールカウンセラーのところへ行きな。うちは不当解雇や離婚訴訟の書類仕事で手一杯なんだ」
かつてのギラギラとした鋭さは綺麗に鳴りを潜め、少しばかりの疲労感と確かな年輪を刻んだジョーがそこにいた。
私は小さく笑みを浮かべ、あらかじめ用意していた「設定」を滑らかに口にする。
「冷たいですね。日本の父――賀茂時行(かも の ときゆき)から、困ったことがあればあなたを頼れと言いつけられているのですが。私は彼の息子、リーファス・カモです」
ジョーのペンを動かす手が、ピタリと完全に止まった。
「……賀茂の息子だと? あの堅物が……いや、それより、なぜその名を知っている」
ジョーの瞳が、一瞬にしてかつての鋭い「戦士」のそれへと切り替わる。
私はその圧力を涼しい顔で受け流しながら、一通の書類と、組織からきっちりと押収してきた多額の寄付金をデスクの上へと静かに置いた。
「レッド・スコーピオンの連中を、法と呪術の双方で完全に清算してほしいのです。弁護士として、そして高名なエクソシストとしてのあなたの腕を見込んでの相談です」
◇◇◇◇◇
私が提示した提案は、現代の法律の常識からすれば前代未聞の内容だった。
まず、私は呪と自身の霊力を使い、ギャングの主要メンバー全員に『自白の呪』をかける。彼らは隠してきたこれまでの余罪のすべてを、法廷の場で自らの意志で洗いざらい告白することになるのだ。
「これなら、あなたがわざわざ足を使って証拠集めに走り回る必要もありません。奴らは自らの犯した罪の重さに耐えかねて、泣いて懺悔するはずです」
次に、組織が不正に蓄えていた莫大な裏金や資産を、ジョーの管理下で違約金として被害者たちへ厳正に分配させる。そしてカジノ施設の所有権は一時的に私が引き継ぐが、そこから出る利益もすべて被害者救済基金へと右から左へ還元する手はずを整えさせた。
「……気が狂っているな。お前、せっかく手に入れたベガスの莫大な利権を、すべてドブに捨てる気か?」
「ドブではありません。徳を積む――『徳行』と言ってほしいですね。私には、どうしても帰らなければいけない大切な場所がある。そのための『浄化』ですよ」
ジョーは呆れたように大きなため息をついたが、その瞳の奥には、かつての戦友へと向けられていたものと同じ、温かい信頼の光が確かに宿りつつあった。
◇◇◇◇◇
「分かったよ、リーファス。その案件、この俺が引き受けよう。……だがな、世の中タダというわけにはいかない」
ジョーは書類を素早くまとめると、デスクの引き出しから一冊の古びた手帳を取り出した。
「お前が賀茂の血を引く本物の陰陽師だというなら、手伝ってほしい案件がある。最近、この街のセレブたちの間で、妙な『悪魔憑き』が流行っていてな。弁護士の仕事の合間だけじゃ、流石に手が足りないんだ」
「……悪魔祓いの手伝いですか。日本へ行く旅費を確実に調達する必要もありますし、私としても断る理由はありませんね」
私は小さく肩をすくめ、差し出された彼の手の手をしっかりと握り返した。
ラスベガスの裏の王座をあっさりと捨て去った私は、今度は「エクソシストの助手」という奇妙な肩書きを背負い、摩天楼の奥深くに潜む、現代の新たな闇へと足を踏み入れるのだった。
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