遺された三人と、東の大地への誓い
6月8日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。
キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!
グランド・キャニオンでのあの凄まじい激闘の喧騒から逃れ、私たち一行が救った先住民の集落。
そこには今、息が詰まるほどに重苦しい沈黙がしんと垂れ込めていた。
周囲に静かに夕闇が迫る中、ディードリットは集落の入り口に佇み、一人で広大な赤茶けた大地を見つめていた。
これまで彼女たちの中心であり、絶対的な道標であったリーファスが、悪魔の卑劣な計略によって「この世界」から完全に消え去ってしまった。そのあまりに突飛で残酷な事実は、遺された三人の心に、底知れない大きな穴を開けていた。
「……いつまでも、ここで立ち止まっているわけにはいかない」
エルフの長命ゆえの冷徹な冷静さか。ディードリットは胸の奥で激しく乱れる感情を強引に抑え込み、これからの過酷な道筋を頭の中で整理し始めた。
◇◇◇◇◇
同じ頃、集落の広場では、大気を激しく震わせる凄まじい衝撃音が何度も響き渡っていた。
「はぁっ、……『雷神脚』ッ!!」
西施が、ありったけの魔力を込めた鋭い蹴りを、目の前にある巨岩へと何度も叩き込んでいた。
頑強な岩が派手に粉砕されて飛び散るが、彼女の顔に晴れ間は微塵もない。
「ボクが……ボクがもっと強ければ! あの時、リーファスを……ッ!」
悔しさに血が滲むほど唇を強く噛み締め、己の無力さを叩きつけるようにして何度も何度も足を振るう。その大きな瞳には、行き場のない憤りと深い悲しみの涙がボロボロと浮かんでいた。
一方、集落の隅にひっそりと佇む天幕の中では、クリスが虚空を見つめたまま、人形のようにただ座り込んでいた。
普段の気品ある穏やかな微笑みは完全に消え失せ、その魂はリーファスと共にどこか遠くの世界へ飛んでいってしまったかのようだった。差し出された食事にも一切手を付けず、ただ一言も発さないその姿は、痛々しいほどに放心していた。
◇◇◇◇◇
ディードリットは深く息を吐き、二人を天幕へと集め、意を決して今後の計画を切り出した。
「二人とも、しっかり聞きなさい。……リーファスは死んでいないわ。あのディアボロは『元の場所へ弾き出した』と明確に言った。つまり、彼は死んだのではなく、どこか別の場所に飛ばされただけよ」
その言葉に、クリスの華奢な肩が、微かにピクリと跳ねた。
「ここから東海岸まで行けば、ヨーロッパからの入植者が築いた大きな街があるはず。そこには『世界探索者ギルド』の支部があるわ。そこから魔導通信を使えば、バチカンの本部へ直接連絡ができる。世界中のSランク探索者を総動員して、ディアボロを討つための応援を呼ぶのよ」
ディードリット自身、その計画に不安がないわけではなかった。Sランクを揃えたところで、あの異次元の強さを誇る悪魔に勝てる保証などどこにもない。
だが、今の彼女たちには、絶望で潰れないための「動く理由」がどうしても必要だったのだ。
「そんなの待ってられないよ! ボクは今すぐあいつのところに戻って――」
「今の私たちじゃ、ただ犬死にするだけよ、西施!」
ディードリットの鋭い一喝に、西施が悔しげに言葉を詰まらせ、沈黙する。
ディードリットはそのまま、一歩も動かないクリスの元へ静かに歩み寄った。
「クリス。……これ、貴女が大切に持っていたんでしょう?」
差し出されたのは、リーファスがかつて旅の安全を願って三人に贈った『リーファスの守りの呪符』だった。その中には、リーファスの膨大な霊力を馴染ませるための媒介として、彼の「髪」が大切に封じられている。
クリスは震える両手で、そのお守り袋を壊れ物を扱うようにそっと握りしめた。
――その瞬間だった。
閉ざされていた呪符の奥から、微かな、だが確かにリーファスのものと分かる、凛として温かな『霊力』の波動が、彼女の掌へと優しく伝わってきた。
「……あ……」
クリスの濁っていた瞳に、僅かに確かな光が戻る。
リーファスの髪が封じられたこの呪符は、彼の命がこの世界のどこかで繋がっている限り、決してその霊的な輝きを失うことはないのだ。
「……リーファス様は、生きておられます」
掠れた、しかし芯のある声で、クリスがぽつりと呟いた。
「リーファス様は、私を待っています。私が……あのディアボロを倒し、再び巡り合うための道を切り拓くのを」
クリスがゆっくりと立ち上がった。
その身体から溢れ出る空気は、先程までの無惨な絶望などではなく、魔神すらも恐怖で凍りつかせるような、どこまでも静かで苛烈な「決意」へと完全に向きを変えていた。
◇◇◇◇◇
翌朝。三人はインディアンの長留に丁重に礼を言い、これまでに蓄えていた金貨を使って三頭の頑強な馬を購入した。
「西施、準備はいい?」
「……うん。ボク、移動中もずっと特訓するから。次こそは、あいつの首をサクッと蹴り飛ばすんだから」
「クリス、貴女も」
「ええ。……リーファス様に再びお会いするためなら、私はどんな過酷な運命にでも立ち向かってみせます」
ディードリットは頼もしげに満足げに頷き、馬の腹を強く蹴った。
「行きましょう。一路、東へ!」
広大な未開の大地を、三つの美しい影が風のように駆け抜けていく。
絶対的な主を一時的に失った一行は、しかし、再び彼と巡り会うための『希望』を確固たる旗印に掲げ、巨大な陰謀が不気味に渦巻く東海岸を目指して、力強く突き進み始めたのだった。
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