帰還と、ラスベガスの「資金源」
6月8日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。
キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!
背後で激しく鳴り響く車のクラクションの音をいなしながら、私はアスファルトの道路を足早に横断し、賑やかな歩道へと飛び乗った。
周囲を見渡せば、真っ昼間だというのに太陽の光に対抗するように極彩色の巨大な電子看板が至る所で瞬いている。巨大な高級ホテルのきらびやかな外観、カジノの派手な広告、そして『Welcome to Fabulous Las Vegas』の鮮やかな文字。
間違いない。ここは前世の地球――アメリカ合衆国ネバダ州・ラスベガスだ。
私は、すれ違いざまにこちらを興味深そうに見ていた、派手なドレス姿の若い女性を呼び止めた。
「……すみません、少し。今は西暦何年ですか?」
流暢な英語で尋ねると、女性は私の整った顔立ちと、この世界ではコスプレのようにも見える風変わりな装束を交互に見て、ポッと頬を赤らめた。
「ええと……2026年だけど? あなた、一体どこから来たの?」
「2026年……」
私は内心で深く驚愕した。
私が陰陽師・賀茂時行として命を落としたのは、2010年の日本の京都だ。つまり、自分が異世界で『リーファス』として生まれ変わり、数々の死闘を戦い抜いてきた間に、こちらの世界では16年もの歳月が流れていたことになる。
「ねえ、カジノの帰り? もしよかったら、この後どこかで一緒に飲みに行かない?」
悪戯っぽくウインクをして私の腕にそっと触れてくる女性に対し、私は薄く微笑んで静かに首を振った。
「お誘いは光栄ですが、私はまだ未成年なもので。失礼」
スマートに断りを入れると、私は女性が引き止める間もなく、昼間の眩しい大通りの人混みの中へと静かに姿を消した。
◇◇◇◇◇
メインストリートから一本外れた、薄暗く人通りの少ない静かな路地裏。
高層ビルの影によって太陽光が遮られたその場所で、私は冷たい壁にそっと寄りかかり、現状の持ち物と今後の動きについて一人思案していた。
(……元の世界に戻ってきたのはいいが、パスポートも無ければ、アメリカドルの一紙幣すら持っていないな)
衣服の内ポケットを探ると、そこには異世界から持ち越した二つの物が確かに残っていた。
一つは、今回の次元転移の引き金となり、今も私の体内で霊力変換用の無限のバッテリーとして静かに脈動している「魔神の欠片」。
もう一つは、向こうの世界の通貨である、金貨20枚が入った小さな革袋だ。
(金貨の純度は申し分ない。換金さえできれば当面の確実な活動資金にはなるが……)
ラスベガスのような大都市で、身元不明の人間が突然大量の純金を持ち込めば、間違いなく裏社会も含めて怪しまれる。正規の換金所や質屋では、確実な国際的身分証明書(ID)の提示を求められるだろう。マネーロンダリングの警戒が極めて厳しい現代社会において、素性が知れないというのは致命的だった。
「……さて、どうやって当面の『足』と『金』を作るか」
私が小さく息を吐いた、まさにその時だった。
◇◇◇◇◇
「ヘイ、そこのボーイ。随分と派手なナリをしてるが、道にでも迷ったのかい?」
昼なお暗い路地裏の入り口を塞ぐようにして、三人の大柄な男たちがぬっと現れた。
着古した革ジャンに身を包み、露出した腕や首には派手なタトゥーが彫られている。一人はニヤニヤと下品な笑みを浮かべながら舌舐めずりをしており、もう一人はポケットの中でナイフらしきものをカチカチと弄っていた。
明らかに、白昼堂々迷い込んだ観光客を狙った強盗恐喝の類だ。
「大人しく、その懐に入っているモンを全部ここに置いていきな。そうすれば、痛い思いをせずに済ませてやるぜ」
絶体絶命のピンチ――普通の少年であれば誰もが恐怖する場面だろう。
しかし、私の胸中を占めていたのは、呆れるほどの幸運に対する静かな歓喜だった。
(……なんだ。親切な案内人が、向こうからわざわざ来てくれたじゃないか)
身元確認の必要がなく、かつアメリカドルをそれなりに持っていそうな連中。
私は冷徹な碧眼の奥に、確かな光を宿した。
「……あ? なに澄ました顔してやがる、このガキ!」
激昂した一人が、大きな拳を振り上げて真っ直ぐに殴りかかってきた。
しかし、異世界の修羅場をくぐり抜けてきた私にとっては、その動きは止まっているも同然だった。魔神の欠片による絶大な霊力を使う必要すら爪垢ほどもない。前世から培ってきた純粋な体術と内功の身のこなしだけで、これっぽっちも十分だった。
「遅い」
ドンッ!!
最小限のコンパクトな動きで放たれた私の掌底が、大男の鳩尾へと正確にめり込む。男は白目を剥き、声も出せずにその場へ生ゴミのように崩れ落ちた。
「なっ……野郎!」
残る二人が色めき立ち、鋭いナイフを抜いて同時に飛びかかってくる。だが、私は一歩も退くことなく、二人の手首を的確な打突で弾き飛ばし、その無防備な顔面へと容赦のない鋭い蹴りを叩き込んだ。
「ギャアァァッ!!」
◇◇◇◇◇
わずか数秒。
三人のならず者は、路地裏の汚れたゴミ箱の横で、地面に伏して無様に呻き声を上げるだけの存在に成り果てていた。
「さて」
私は彼らの前にしゃがみ込み、三人の懐を流れるような手際で漁り、分厚い財布から次々とまとまったドル紙幣を抜き取っていった。
「先に仕掛けてきたのはそちらだからな。これは正当防衛の迷惑料として、全額受け取っておく」
「ふ、ふざけるな……! 俺たちを、『レッド・スコーピオン』のメンバーと知っての事か……! ボスが黙ってねぇぞ……ッ!」
顔を大きく腫らしたリーダー格の男が、苦しげに血を吐きながら恨み言を喚く。
「……レッド・スコーピオン?」
私は紙幣を数える手をピタリと止め、冷たい碧眼で男を静かに見見下ろした。
地元のギャングのメンバー。
意味、彼らには『身分証明が一切不要で、汚い金がいくらでも溢れている本拠地』があるということだ。
「……いい事を聞いた」
私は男の胸ぐらを片手で掴み、その巨体を抵抗する間もなく軽々と持ち上げた。
「ヒィッ……!?」
「今からその『本部』とやらに案内してもらう。ボスに挨拶がしたい」
恐怖で顔を完全に引き攣らせるギャングの背中を静かに小突きながら、私はビルの隙間に潜む、ラスベガスの深い裏社会へと足を踏み入れた。
昼下がりの路地裏には、これから起こるであろうギャング組織の無惨な壊滅を予感させる、冷たい風が静かに吹き抜けていた。
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