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深淵の悪魔と、見知らぬ故郷への帰還

6月8日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。

キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!

グランド・キャニオンの最深部、赤黒い不気味な瘴気がねっとりと渦巻く巨大な空洞。

そこに、この広大なアメリカの大地を激しく歪ませている元凶――ディアボロ(悪魔)が、傲然と鎮座していた。


天を突くような禍々しい山羊の角、不気味に広がる蝙蝠の翼、そして全身を覆う漆黒の硬質な鱗。

その巨躯の胸の中央には、これまでに戦った敵のどれよりも禍々しい赤黒い光を放つ『魔神の欠片』が深く埋め込まれている。


「……よくぞ辿り着いた、小さき命よ」


ディアボロの地響きのような低い声が、直接私たちの脳内へと不快に響き渡る。

同時に、奴の胸の欠片がドクドクと不気味に脈動し、血走った巨大な眼球のような紋様が空間へと浮かび上がった。それは、魔神の歪んだ力を用いた悪魔の業――『魂の看破』。

対象の生命の根源や記憶の深淵を強制的に覗き込む、絶対の精神汚染だった。


「クリス、西施せいし、ディードリット! みんな、奴の眼を見てはいけない!」


私が鋭く叫び、対抗するために素早く指先を交差させて印を結ぼうとする。しかし、ディアボロの凶悪な視線は三人の少女を一瞥した後、真っ直ぐに私へと正確に注がれた。


「……ほう? これは奇妙だな」


悪魔の裂けた口元が、三日月のようにおぞましく歪んでいく。

「小僧。貴様の魂の形……この世界のことわりから完全に外れている。どこからこの次元へ紛れ込んだ、『異界の魂』よ」


◇◇◇◇◇


(……私の魂の形を見抜いたというのか……!?)


私は思わず息を呑んだ。

私が前世の記憶をそのまま持ってこの世界に生まれた『転生者』であることを、この深淵の悪魔は一瞬で看破したのだ。


「面白い。この世界に本来属さぬ歪な魂ならば、元の場所へと弾き出すことも容易いということだ」


ディアボロが巨腕を乱暴に振り上げると、空洞の壁面から無数の上位魔獣が次々と這い出し、クリスたち三人目がけて雪崩のように襲い掛かった。

「させません! ――『シャドウ――』」

「もう、こいつら邪魔だよぉ!」

「くっ、流石に数が多いわね……!」


三人が突如現れた魔獣の対処に一瞬だけ気を取られた、ほんの僅かな隙。

ディアボロの指先から放たれた極大のどす黒い魔法陣が、私の足元へと一瞬で展開された。


「なっ……!?」


全身の空間そのものが雑に捻じ曲げられる、強烈な次元の拒絶感。

構築しようとした陰陽術の防壁も、繋ごうとした英霊の魂のチャンネルも、次元そのものを引き裂く断層の前では、一切の意味を成さなかった。


「元の世界へ帰るがいい、迷子の魂よ」

「リーファス様ァァァッ!!」


クリスの張り裂けるような悲痛な叫び声が迷宮に木霊する中、私の視界は真っ白な激しい閃光に包まれ、私の肉体はその空間から完全に掻き消されたのだった。


◇◇◇◇◇


「……嘘、嘘ですよね……リーファス様……?」


襲い来る魔獣を影の大鎌で強引に切り裂いたクリスが、先ほどまでリーファスが確かに立っていた虚空を見つめ、震える声で呟いた。

彼との魂の繋がり、そしてこの世界を満たしていた彼の圧倒的な霊力が、世界から完全に、綺麗に途絶えてしまっていた。


「あ、ああ……アアアアァァァッ!!」


クリスの瞳から一瞬で光が消え、底なしの漆黒の闇が彼女の全身から激しく噴き出す。

最愛の存在を失ったショックで完全な暴走状態に陥り、周囲の魔獣ごと自らを内側から破滅させかねないほどの、強大な影の魔力が狂狂しく荒れ狂い始めた。


「クリス、落ち着きなさい! リーファスのいない、今のままでは、奴と戦っても勝ち目はないわ!」


ディードリットが鋭く叫ぶが、狂乱したクリスの耳にはもうどんな言葉も届かない。

「ボクの……リーファスを返してよぉぉぉっ!!」


西施せいしも大粒の涙を流しながらディアボロへと特攻しようとするが、ディードリットは瞬時に風の精霊魔法で西施せいしの足を縛って引き止め、同時にクリスの背後へと電光石火で回り込んだ。


「……ごめんなさい、クリス!」


ディードリットは溢れそうになる涙を必死に堪え、剣の柄でクリスの首筋を正確に強打した。

意識を強制的に刈り取られ、力なく崩れ落ちるクリスの華奢な身体を優しく抱きとめる。


西施せいし、退くわよ! リーファスは絶対に生きている……今は、私たちが生き延びるのが先!」


冷静沈着であるはずのエルフの剣士の鋭い瞳にも、焦燥の涙がボロボロと浮かんでいた。

三人は魔獣の群れを必死の連携で強行突破し、ディアボロのおぞましい哄笑を背に受けながら、屈辱的な撤退を余儀なくされたのだった。


◇◇◇◇◇


――ピーーーッ! パァァァン!!


鼓膜を激しく突き刺す、けたたましい車のクラクションの音。

鼻の奥を不快に突く、濃い排気ガスの匂い。

外壁のガラスに反射した太陽光が、網膜をチカチカと容赦なく焼いていく。


「……っ!?」


私は跳ね起きるようにして、勢いよく目を開けた。

先程までグランド・キャニオンの薄暗く瘴気が渦巻く空洞にいたはずだ。しかし、今私の足元にあるのは、赤茶けた硬い岩肌などではなく、白い線が規則正しく引かれた、頑丈で黒いアスファルトの地面だった。


驚愕しながら周囲を見渡す。

天を突くように整然と立ち並ぶ巨大な高層ビル群、ひっきりなしに激しく行き交う無数の車、英語で書かれた巨大なネオンの看板、そして、スマートフォンを片手に足早に歩いていく、多様な人種の人々――。


私がぽつんと立ち尽くしていたのは、見知らぬ異国の大都会――アメリカの巨大な大通りの、中央分離帯の真上だった。


私は自身の内奥へと意識を向け、胸の前で鋭く印を結ぶ。

自身の精神の最奥を介し、遙かなる『魂の座』へとアクセスを試みた。


(……繋がる。チャンネルのリンク自体は完全に生きているな)


脳裏に浮かぶ英霊たちの系譜。私の陰陽術――『魔霊反転』も『英霊降臨』の術式も、完全に健在だった。

だが、決定的な違和感に私は碧眼を細める。世界に満ちる霊気の絶対量が、あの異世界とは比べ物にならないほどに希薄なのだ。


(やはり、この世界の空気……魔素が極端に薄すぎるな)


思い出すのは、前世の記憶。陰陽師・賀茂時行かものときゆきとして生きていたあの頃、私は常にこの極限の魔力不足と戦っていた。だからこそ、完全な降臨ではなく「短時間の一部降臨」という制限の中で、執念深く戦わざるを得なかったのだ。

懐かしい、前世の地球のあの閉塞感。


――だが、今の私は、あの頃の無力な賀茂時行ではない。


ドクン、と私の衣服の内側で、これまでに回収した4つの『魔神の欠片』が呼応するように力強く脈動した。

世界に魔力がなくとも関係ない。この欠片たちが内包する絶大なエネルギーを私の霊力へと変換すれば、エネルギーの枯渇など起こり得ないのだ。前世の私がどうしても成し得なかった「完全な英霊降臨」すら、今の私ならこの地球上で容易く維持できる。


喧騒に包まれた巨大な摩天楼のど真ん中で、私は自身の掌を力強く握り締め、不敵に胸の中で呟いた。


(……ここは、前世の地球か。いいだろう。術も、魂の座へのアクセスも問題ない。――この世界を相手に、今の私がどこまでやれるか試させてもらう)


本日もお読みいただきありがとうございます!

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