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幕間:闇に咲く向日葵(クリス・サイド)

 色のない世界・・・

私の世界は、生まれた時から「黒」で塗りつぶされていた。


 黒い髪、黒い瞳。

この世界において、それは悪魔の色彩であり、災いの予兆とされている。

物心ついた時には、私は既に親に捨てられ、奴隷商人の檻の中にいた。


「見ろ、不吉なガキだ」

「目が合ったぞ、呪われる!」


 石を投げられるのは日常茶飯事。

水を与えられず、泥水をすすることにも慣れた。

私の価値は「サンドバッグ」か「憂さ晴らしの玩具」でしかなかった。

誰からも愛されず、誰からも必要とされない。

私の心臓の鼓動は、ただ死ぬまでの時間を刻むだけの、無意味なノイズだった。


 ――あの日、スミス伯爵家の離れに連れてこられるまでは。


-銀色の救世主-


 11歳の時、私は「質の悪い在庫処分」としてスミス家に買われた。

連れて行かれたのは、屋敷の端にあるボロボロの小屋。

そこで私は、彼――リーファス様に出会った。


 銀色の髪に、宝石のような碧眼。

スミス家の誰よりも高貴で美しい少年。

けれど、彼もまた私と同じだった。

「魔力がない」という理由だけで、ゴミのように捨てられた存在。


 彼を見た瞬間、私は自分の汚さを恥じた。

こんな美しい人の視界に、私のような穢れた黒色が映ってはいけない、と。

だから私は床に這いつくばり、必死に謝った。

存在してごめんなさい、と。


 でも、彼は違った。


『クリス。その黒髪も瞳も、隠す必要はない』


 彼は私の顎を持ち上げ、あの透き通る瞳で、真っ直ぐに私を見つめた。

そこには軽蔑も、憐れみもなかった。

あったのは、まるで珍しい宝物を見つけたような、純粋な好奇心と温かさ。


『闇に溶け、敵の意表を突くには最高の色だ』


 その言葉は、私の世界を塗り替えた。

忌み嫌われた黒色が、彼にとっては「武器」になるという。

凍りついていた心臓が、ドクンと大きく跳ねた。

初めて、呼吸ができた気がした。


 あの日、私は人間に戻ったのではない。

私は、リーファス様という名の「太陽」を見上げる、一輪の花に生まれ変わったのだ。


-影の修練-


 それからの生活は、夢のようだった。

リーファス様は私に、読み書きを、食事の作法を、そして何より「生きる術」を教えてくれた。


「クリス、君の魔力は『呪い』じゃない。空間を書き換える『鍵』だ」


 彼は私が無意識に放出していた闇の魔力を、見たこともない理論で制御させていった。

影に潜む方法。

空間を削り取り、敵の首を飛ばす方法。

受けた呪詛を倍にして返す方法。


 彼が教えてくれる術理は、この世界の魔術体系とは根本的に異なっていた。

まるで、遙か遠い別の世界のことわりを知っているかのような。

私は必死に食らいついた。

優雅に紅茶を淹れるメイドとしての所作も、影から敵をほふる暗殺者としての技術も、全ては彼のために。


 リーファス様は優しい。

私を「相棒」と呼び、対等に扱ってくれる。

だが、私は知っている。

彼は、あまりにも孤高だ。

その魂は老成し、どこか遠い場所を見ている。

時折見せる、この世の全てを諦めたような、それでいて慈しむような瞳。

彼が背負っている孤独の正体を、私はまだ知らない。

だからこそ、私は彼の隣にいなければならない。


-決意の夜-


 そして、リーファス様が15歳になる前夜。

私たちは粗末な荷物をまとめていた。


 明日、リーファス様は家を追放される。

伯爵家の兄たちは、私を「嫌がらせの餞別」として彼に押し付けるつもりだ。

愚かな人たち。

それが私にとって、この上ない「ご褒美」だとも知らずに。


 月明かりの下、眠るリーファス様の寝顔を盗み見る。

整った顔立ち。

長いまつ毛。

この人が、魔力がないというだけで「無能」と呼ばれるなんて、この世界はどうかしている。

でも、それでいい。

世界が彼を認めないのなら、私が世界を否定する。

世界が彼を傷つけるなら、私が世界を切り裂く。


 私は己の黒髪を一房ひとふさ、指に絡めた。

かつて呪ったこの黒は、今や彼を守るための「闇」。


(リーファス様。あなたが光の中を歩くなら、私はその足元に伸びる影になりましょう)


 あなたの敵となるものは、たとえ神であろうと、この闇で飲み込んでみせる。


 私はそっと、彼の頬に触れない距離で口づけを送った。

奴隷の首輪は外れたけれど、私の魂に刻まれた「リーファス様のもの」という刻印は、死んでも消えることはない。


 さあ、夜明けだ。

私たちの、愛おしい地獄への旅が始まる。


本日もお読みいただきありがとうございます!

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