英霊降臨~二天の剣聖~
5月26日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。
キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!
時が流れ、私が14歳になった夜。
スミス伯爵領に、突如として未曽有の危機が迫っていた。
「ま、魔獣だ! 『オーガ・ロード』が出たぞ!」
「騎士団は何をしている! 防衛結界が破られるぞ!」
街を取り囲む城壁の方角から、絶望的な悲鳴と激しい爆発音が響き渡る。
ダンジョンから溢れ出た上位魔獣の群れが、城塞都市の防衛線を突破しかけていたのだ。
伯爵領の騎士団、そして父や兄たちの魔法も、驚異的な再生能力を誇るオーガ・ロードには決定打になっていないらしい。取り巻きのオーガは何とか撃退できたようだが、親玉であるオーガ・ロードだけは、どうしても排除できずに防衛戦線が崩壊しかけていた。
「リーファス様、どうしますか?」
成長し、息を呑むほど整った顔立ちの美少女となったクリスが、足元の影から音もなく現れた。視界の遮られない影を伝う闇魔法『影渡り』で、本邸の様子を密かに探ってきたのだ。
「手出し無用と言いたいところだが……領地が壊滅しては寝覚めが悪い。少し運動してくる」
私は【和泉守兼重】を腰に佩き、離れの窓から夜闇へと飛び出した。
本邸の塀を軽やかに跳び越え、戦場となっている正門前へ。混乱の極みにある最中、誰も「無能な四男」の姿になど気づかない。まあ、物心ついてから人前に出ることは殆ど無かったため、私の容姿など家臣たちも噂でしか聞いたことがないだろう。
目の前には、巨木のような腕を振り回し、騎士たちを蹂躙する赤黒い巨獣。
私は静かに息を吸い、愛刀の柄に手をかけた。
ふと、母が亡くなったあの雪の夜が脳裏をよぎる。
――もう、あの時の力なき私ではない。
あれから6年。夜な夜なレイスを狩り尽くし、密かに都市外へ足を延ばしてはゴブリンやコボルトの群れを屠り、魂の器を限界まで叩き直してきた。身体も戦えるまでに育った。
息を吸い、体内の『魔霊反転』で蓄えた潤沢な霊力を一気に練り上げる。
これから行うのは、前世の陰陽道、その禁忌たる『降神術』の極致。
――『英霊の座』。
それは、世界の歴史に名を刻んだ、選ばれし英雄たちの魂が高次元の領域に祀られる場所。
膨大な魂のデータベースから、特定の英霊の波長を見つけ出し、チャネリング(同調)を仕掛ける。自身の精神をその英霊の生前の記憶・戦意と完璧にシンクロさせ、己の肉体を『器』として地上へ呼び降ろすのだ。
前世の現代日本(あの世界)では、私の霊力も肉体強度も、そして魂の器の成長も圧倒的に足りず、完全な降臨には至れなかった。こちらで、幼少期の肉体制限にすら気づけないほど、環境が貧弱だったのだ。
だが、今の私なら届く。この魔力溢れる地獄で鍛え上げた今の器なら、あの「最強」を完全に受け止められる!
脳内の演算回路が、一人の偉大な武人の波長をカチリと捉えた。
チャネリング、固定――同調率、100パーセント。
――私は【和泉守兼重】の柄を強く握りしめる。
――招聘するは、六十余度の勝負にて不敗を誇った、日ノ本最強の剣聖。
「【英霊降臨】――宮本武蔵」
ドクン、と心臓が熱く早鐘を打った。
私の魂に、荒々しくもどこまでも静謐な、巨大な武人の霊格がガチリと噛み合う。雑魚モンスター相手に何度か試したことはあったが、この至高の魂と一体化する感覚は、いつだって私の心を激しく高揚させる!
視界が、一瞬で色を変えた。
世界がスローモーションのように引き伸ばされ、荒れ狂う魔獣の身体に、明確な「死の線」が鮮明に浮かび上がる。
霊力で生成したもう一振りの「霊刀」を左手に現出。
構えるは、二刀流――二天一流。
「……遅い」
私の口から、重厚で野太い武人の声が重なって漏れた。
地を穿つように踏み込む。魔法による援護も、肉体強化の呪詛もいらない。ただ極限まで研ぎ澄まされた純粋な剣技だけで、私はオーガ・ロードの懐へと一瞬で潜り込んだ。
――一閃。
交差した二つの軌跡。すれ違いざまに放たれた刃が、オーガ・ロードの首と心臓を寸分の狂いもなく同時に切断していた。
硬質な皮膚も、規格外の再生能力も、剣聖の刃の前には無意味だ。霊力を乗せた一撃は、物理的な肉体を両断すると同時に、その存在を構成する魔力の根源そのものを断ち切る。
ズズン……と重苦しい地響きを立てて、巨獣の巨躯が崩れ落ちていく。
その直後、魔獣の死体から放出された膨大な魔力が、霧となって私の身体へと凄まじい勢いで吸い込まれていった。
【魔霊反転】。
消費したはずの霊力が一瞬で全回復し、そればかりか、さらなる余剰リソースとなって私の奥底へと蓄積されていく。これだから、この世界の狩りはやめられない。
「……ふむ。刃こぼれなし」
私は兼重をカチリと鞘に納め、呆然と立ち尽くしている騎士たちがこちらを見るより早く、影のようにその場から掻き消えた。
翌日、スミス伯爵家は「領地を救った謎の覆面剣豪」の噂で持ちきりになった。
もちろん、それが西の果ての離れに住む、魔力ゼロの「無能な四男」の仕業だとは――誰一人として、気づく者はいないのだった。
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