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影に咲く花、東より来たる刃~忌み子と無能~

5月26日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。

キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!

私が8歳になったある日、離れの家に一人の少女が連れてこられた。

ボロボロの衣服に、痩せこけた体躯。その細い手足には、無惨な逃亡防止の鎖が嵌められている。


「おい無能。親父殿からの慈悲だ。安く買えた奴隷をくれてやる」


次兄ウィルソンが、汚物を見るように鼻をつまみながら彼女を突き飛ばした。

少女が恐る恐る顔を上げる。その瞳と髪は、この世界で「悪の象徴」とされる漆黒だった。なんでも、300年前に黒髪黒目の闇魔法の使い手である魔王が世界を混乱に陥れた、という伝承があるらしいが……前世の感覚からすれば、結構眉唾な話である。


「……ヒッ、ごめんなさい、ごめんなさい……!」


彼女は床に這いつくばり、ガタガタと震えていた。黒髪の闇魔術持ちは忌み嫌われ、迫害の対象となる。彼女もこれまで、想像を絶する酷い扱いを受けてきたのだろう。

ウィルソンがせせら笑いながら去った後、私は彼女の前に静かにしゃがみ込んだ。


「名前は?」

「……ク、クリス……です……」

「そうか。私はリーファス。今日からここが君の家だ」


私が手を差し出すと、クリスは信じられないものを見るように目を見開いた。

彼女の身体からは、濃厚な魔力が溢れ出ている。通常の属性魔術とは違う、光すら飲み込むような重く深い力。


(闇魔術、か。素晴らしい素質だ)


一般的には忌避される力だが、退魔を生業としてきた私からすれば、「闇」や「影」は非常に親和性が高い。影を操り、空間に干渉するその力は、私の裏の仕事(退魔行)において最強のサポートになるはずだ。


「クリス。その黒髪も瞳も、隠す必要はない」

「え……? で、でも、これは呪われた色で……」

「いいや。闇に溶け、敵の意表を突くには最高の色だ。君は間違いなく強くなる」


前世の55年分の確信を込めて告げると、クリスの黒い瞳からボロボロと大きな涙がこぼれ落ちた。

この日、私は前世も含めて、初めての「弟子」を得た。


◇◇◇◇◇◇


同じ年の冬。

母マリーが病に倒れた。

元々体が弱かった上に、凍えるような離れでの過酷な生活が、その寿命を縮めたのだ。本邸の連中は医者すら呼ばず、母の命を見殺しにしようとしていた。


(くそっ……! なぜだ、なぜ顕現しない……!?)


私は自らの不甲斐なさに激しい怒りを感じ、きつく拳を握りしめていた。爪が手のひらに食い込み、血が滲む。

この世界に来てから狂ったように『レイス』を狩り続けてきたが、未だ完全な『英霊降臨えいれいこうりん』を成し得ていなかった。もし、もしも今、完全な降臨ができれば――治癒の力を持つ英傑を呼び出し、母を救い出せるかもしれないのに!

必要な霊力が、あと少しだけ足りないのと、何か不確定要素があってどうしても『英霊降臨えいれいこうりん』が出来ずにいた。


そんな苦渋の表情を浮かべる息子の胸中を察してか、母は微かな声を絞り出した。


「リーファス……これを……」


薄れゆく意識の中で、母は布団の下に隠し持っていた包みを私に託した。

古びた布を解くと、そこには異世界には似つかわしくない、黒塗りの鞘に収まった「刀」があった。


「これは、私の祖父が東の大陸から持ってきたものなの……。あなたを守ってくれるはずよ……」

「母さん、これは……」


私は震える手で柄を握り、少しだけ鯉口こいぐちを切った。

カチリ、という澄んだ音と共に、美しい波紋の浮かぶ刃が覗く。そのなかごに刻まれた銘を見て、私は息を呑んだ。


――【和泉守藤原兼重】


前世の記憶が激しく警鐘を鳴らす。

それは、かつて日本最強と謳われた伝説の剣豪・宮本武蔵が愛用したとされる名刀と同銘の業物わざものだ。なぜこの異世界にこれがあるのかは分からない。だが、この刀に宿る尋常ではない「霊格」が、本物以上の切れ味を訴えかけていた。


「ありがとう、母さん。必ず、大切にする」

「……愛しているわ、リーファス……」


それが最期の言葉だった。母は満足げに微笑み、安らかに息を引き取った。


私は涙を流さなかった。泣いている暇などない。

ただ、母の魂が迷わず成仏できるよう、一晩中、静かに経を読み続けた。


読経の煙の向こうで、私は静かに誓う。

母の命を奪ったこの世界、そして見殺しにした実家への――容赦なき報復を。そのためにも、己の力不足な陰陽道を、完璧なる最強へと昇華させてみせる、と。


傍らではクリスが、私の哀しみに寄り添うように、朝までずっと泣き続けていた。


挿絵(By みてみん)

本日もお読みいただきありがとうございます!

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