楽園の始まり
5月25日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。
キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!
その日のうちに、私と母マリーは本邸を追い出された。
あてがわれたのは敷地の端、鬱蒼とした森に面したボロボロの離れだ。まあ、二人で静かに暮らすには十分な広さではあるが。
「ごめんね、リーファス……。母さんが、平民の出だから……」
床に伏して泣き崩れる母の肩を、私は優しく叩いて慰める。
「そんなことないよ、母さん。僕に魔力がなかったのがいけないんだ。でもね、あのギスギスしたお屋敷にいるより、こっちの方がずっと気楽だよ。母さんも、他のお妃様たちから嫌味を言われなくて済むしね」
5歳児らしい拙い笑みを浮かべて見せると、母は安心したように涙を拭った。
――本音を言えば、あの傲慢な連中の顔を見ずに済むのだから、清々することこの上ない。
なんとか母を寝かしつけた後。
深夜、私は一人で離れの庭へと這い出た。
ここは本邸から完全に隔絶されており、背後に迫る森のせいで、文字通り一寸先も見えない真っ暗闇だ。
じっと息を潜めてしばらく経った頃。
暗闇の森の奥から、ゆらりと「それ」が姿を現した。
半透明の、人の形をした不気味な靄。
前世で言うところの浮遊霊――いや、悪霊に近い。この世界における『レイス』と呼ばれる不死系の魔物だろう。
濃密な魔力溜まりの影響か、前世の日本で見た有象無象の雑魚霊とは比較にならないほどの「質量」を感じる。
「素晴らしい……!」
思わず、恍惚とした声が漏れた。
前世の現代日本であれば、これほどの霊を探し出すだけで数ヶ月の山籠もりが必要だった。それがこの世界では、夜の庭先に出るだけで向こうから勝手にホイホイと寄ってくるのだ。
私は呼吸を整え、未発達な幼子の丹田に意識を集中させた。練り上げるのは魔力ではない。魂の根源から紡ぎ出す、私だけの『霊力』だ。
人差し指と中指を立てて刀に見立て、迷いなく陰陽道の九字を切る。
「――臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前。祓いたまえ、清めたまえ――」
祝詞の響きと共に鋭く踏み込み、迫り来るレイスの眉間を容赦なく突き刺した。
瞬間、レイスの巨躯が内側から爆散し、黒い霧となって私の身体へと一気に吸い込まれていく。
『魔霊反転』
悪霊の負のエネルギーを浄化し、己の霊力へと強制変換する禁術。
体内で、凄まじい力が爆発的に膨れ上がっていく。血管が焼け付くように熱い。魂が歓喜に震えている。
たった一匹を狩っただけで、前世の半年分の修練に匹敵する霊力が手に入ってしまった。
今までは監視の目があり、夜中に動くことなど叶わなかった。だが、この見捨てられた離れなら、誰に邪魔されることなく霊力を増やし放題だ。
「やはり、ここは地獄などではない……!」
私は狂おしいほどの喜びを噛み締め、夜空を見上げた。
父に疎まれ、兄に蔑まれ、寒空の下のあばら屋暮らし。傍から見れば悲劇のどん底だろう。
だが、私にとっては――ここは、かつて夢見た「最高の狩り場」だ。
ここなら至れる。前世では環境のせいで届かなかった、陰陽の絶対的な頂へ。
「狩って! 狩って!! 狩り尽くしてやる!!!」
こうして、表向きは「魔力ゼロの無能な四男」、裏では「世界を喰らう最強の退魔師」としての二重生活が、最高の形で幕を開けた。
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