冥界の終焉と雷神降臨
6月7日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。
キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!
ヘルヘイムの最深部、静まり返る氷結の玉座。そこに傲然と鎮座する冥界の女王ヘルは、自身の胸部でドクドクと脈動する『魔神の欠片』に、冥界すべての禍々しい死気と魔力を残さず注ぎ込んでいた。
「……あともう少し。この欠片が完全に満たされた時、私は冥界の王ではなく、現世を支配する真の死の女神として実体化する」
ヘルの半身を占めていた醜い死体の部分が、赤黒い濃密な魔力によって、瑞々しく美しい肉体へとみるみる再構築され始めていく。
まさにその実体化が成されようとしたその瞬間、私たち一行は玉座の間へと激しく突入した。
「そこまでだ、冥界の女王。その欠片、私が回収させてもらう」
私は魔剣グラムを鋭く構え、その碧眼を冷徹に光らせる。
「フフフ……。威勢が良いな、生者たちよ。だが、大人しく私の実体化の贄となれ!」
ヘルが冷酷に片手を翳すと、玉座の周囲から無数のガルム(冥界の猟犬)や、氷の亡霊たちが地を這うようにして次々と湧き出し、牙を剥いて私たちへと激しく襲い掛かった。
◇◇◇◇◇
「リーファス、ここはボクたちが食い止める! リーファスはあの女王をやって!」
西施が自慢の『雷神脚』で襲い来るガルムを豪快に吹き飛ばしながら、鋭く叫ぶ。
クリスとディードリットもまた、それぞれ息の合った魔法と剣技で、瞬く間に魔獣の群れを鮮やかに分断していった。
「……感謝する」
私は魔獣の群れを一瞬の隙を突いて抜け、ヘルへと真っ直ぐに肉薄する。
だが、ヘルが全身から放つ死の魔力は、これまでの敵とは文字通り桁が違っていた。
「――『魔霊反転』!!」
私は即座に、敵の力を利用する反転の術式を展開する。
本来なら敵の放った魔力を完全に無効化、あるいは己の糧として吸収する絶対の術だが、ヘルが有する魔力量はあまりにも強大すぎた。
反転しきれなかった濃厚な死気が私の肉体を容赦なく蝕み、骨と筋肉がミシリと不快な軋みを上げる。
「無駄だ。神の魔力を、人の身で御せると思うな」
ヘルの冷酷な嘲笑と共に、すべてを凍土に変える絶対零度の冷気が、私を完全に凍りつかせようと襲いかかってきた。
◇◇◇◇◇
私が強烈な冷気と死気に圧され、膝をつきかけたその時、私の前に小さな黒い人影が毅然と立ちはだかった。
「……リーファスには、指一本触れさせません!」
クリスだった。彼女は両手を力強く広げ、自身の闇魔法の奥義――『シャドウ・アビス』を展開。
ヘルが放った強大な死の魔力を、根源から自身の影の深淵へと強引に呑み込ませていったのだ。
「グッ……アアァァッ!!」
だが、神の魔力をその身に取り込んだ代償は、あまりにも大きすぎた。
クリスの華奢な肉体が内側から凄まじい死気に苛まれ、彼女の影が意志に反して暴走を始める。このままでは、彼女自身が己の影に呑まれて完全に消滅してしまう。
「クリス! ……くそっ、このままでは!」
私はクリスのもとへ必死に駆け寄るが、暴走する影の勢いは一向に止まらない。
彼女を救う方法はただ一つ。
だが、それは――。
「……緊急処置だ。許してくれ」
私は意を決し、苦悶の表情を浮かべるクリスの小さな顎を優しく引き寄せた。
そして、その柔らかな唇へと、自身の唇を重ねる。
「……んッ!?」
クリスの瞳が驚愕に大きく見開かれる。
私は口づけを通じて、彼女の内側で狂狂しく暴走するヘルの死気を、自身の肉体へと強引に、一気に吸い出していった。
神の魔力を吸い出すと同時に、私は自身の霊力を極限まで高め、内なる英霊の系譜の深淵へとアクセスする。強大な魔力を「燃料」とし、北欧神話最強の雷神を呼び出す、禁断の降霊術だ。
「ここは神には神を当てるしかない! ヤマトで出来た事だ! この地に相応しい神を呼ばせてもらう!」
◇◇◇◇◇
ヤマト(京都)の時は、天照の命がけの祈りという『盾』があったからこそ神格の猛烈な神威に耐えられた。だが、今の私にはそれがない。
クリスの体内から吸い出したヘルの死気――神の魔力を、自らの『魔霊反転』で強引に点火用燃料へと変換する。
狙うは『英霊の座』のさらに深淵、北欧の神話領域。
己の魂を『器』として差し出し、単軸チャネリング、固定――。
脳髄を焼き焦がすような苛烈な神威の熱量。それを、前世から培った絶対の精神力だけで力任せにねじ伏せ、我が身へと「同調」させる。
私は静かに指先を交差させ、流れるような動作で鋭く印を結んだ。
自身の精神の最奥へと意識を沈め、遙かなる英霊の座へと真っ直ぐに『魂のチャンネル』を繋げていく。
「――英霊降臨。『トール』」
私の全身から、空間を爆裂させるほどの青白い稲妻が激しく迸る。
クリスから吸い出したヘルの死の魔力が、私の体内を経由して、純粋な破壊の雷へと完全に変換されていく。
私の手の中に現れたのは、如何なる概念をも一撃で粉砕する伝説の雷槌――『ミョルニル』。
「……神の魔力だろうが、殴れば砕ける」
私は手にしたミョルニルを豪快に振り上げる。
冥界の女王ヘルですら、その圧倒的な神罰の破壊の気配に、初めて本気の恐怖の表情を浮かべた。
「な、何だ、その力は……ッ!?」
「終わりだ、死の女王。……『雷神の鉄槌』!!」
私は全霊の霊力を込め、その槌を真っ直ぐに振り下ろした。
放たれたのは、ヘルヘイムの偽りの空を焼き尽くし、大地を幾重にも引き裂く、最強にして絶対の一撃。
ヘルが必死に展開した死気の防壁は瞬時に霧散し、ミョルニルは彼女の胸部にある『魔神の欠片』へと真っ直ぐに直撃した。
「ア、アアアァァァァァッ!!」
ヘルの凄まじい断末魔と共に、魔神の欠片が粉々に粉砕される。
同時に、ヘルヘイムの空間を維持していた魔力が霧散し、氷の玉座と冥界の女王は、美しい光の粒子となって跡形もなく崩れ去っていったのだった。
◇◇◇◇◇
激しい戦闘が終わり、ヘルヘイムには静かな静寂が戻っていた。
周囲の魔獣たちもすべて完全に消滅し、私の手からはミョルニルの姿が静かに消えていた。
「……終わった」
私が安どの一息を吐き、すぐ後ろにいるクリスの方を振り返る。
クリスは、先ほどの情熱的な口づけを思い出したのか、顔をリンゴのように真っ赤にして、完全に狼狽えていた。
「あ、あの、リーファス……先ほどのは、その、え、えっと……あの……」
「リーファス! ずるいよぉ!」
西施が羨ましそうに地団駄を踏みながら、私へと詰め寄ってくる。
「ボクにだって、リーファスからしてくれたっていいじゃんっ! 次はボクにもやってよね!」
「……はぁ。まったく、この娘は」
ディードリットは呆れたように大きな溜息を吐き、静かに刀を鞘に収める。
「……すまない。クリスの暴走を止めるための、あくまで緊急処置だったんだ。他意はないよ」
私は気まずそうにふいと目を逸らし、なんとかその場を誤魔化した。
けれど、その耳たぶが微かに赤くなっているのを、ディードリットの鋭い瞳は見逃さなかった。
ロシアの霊峰を舞台にした壮絶な死闘は、最強の雷神の降臨と、リーファスの「禁断の儀式」によって無事に幕を閉じた。
四つ目の欠片を回収した私たち一行。
しかし、私の唇には、まだ微かに、クリスの温もりが残っているのだった。
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