冥界の双獣と原初の勇者
6月7日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。
キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!
フロストジャイアントを打ち倒した跡に現れた巨大な洞窟。そこから容赦なく漏れ出てくるのは、生命そのものを一瞬で凍らせ、魂をガリガリと摩耗させる、本物の死の気配だった。
「……ただのダンジョンではない。この空気、生者が踏み入る場所ではない」
私が鋭い碧眼を細め、洞窟の奥にある禍々しい氷結の門を見据える。そこは、魔神の欠片が放つ異常な瘴気によって変貌してしまった、北欧の死者の国――『冥界ヘルヘイム』。その不気味な門を潜った先は、空も大地も不穏な灰色に閉ざされた、終わりのない極寒の荒野が広がっていた。
「へえ、ここが冥界なんだ。……ボクの『雷神脚』で、この退屈な静寂をぶち破ってあげるからね!」
西施が不敵に、けれど私の反応を伺うようにあざとく笑い、拳を小気味よく打ち鳴らす。クリスは私の隣で静かに己の影を蠢かせ、ディードリットは風を纏った愛刀を流れるような動作で引き抜いた。
◇◇◇◇◇
私たち一行が灰色の氷原を進むと、突如として眼前の空間が大きく歪み、地鳴りと共に二つの巨大な絶望の影が立ち塞がった。
一つは、神々が繋ぎ止めた鎖を容易く引き千切り、世界を滅ぼす牙を持つ巨大な魔狼――フェンリル。
もう一つは、そのあまりにも巨大な身体で世界を幾重にも取り巻き、致命的な猛毒を撒き散らす塵獣――ヨルムンガンド。
「なっ……神話級の魔獣が二頭同時に現れるなんて……!」
ディードリットが思わず息を呑む。フェンリルが赤黒い凶悪な瞳をギラつかせて低く唸り、ヨルムンガンドが鎌首を高く持ち上げて、周囲の地面をドロドロに溶かす腐食の毒煙を吐き出した。
「リーファス、ここはボクたちに任せてよね! 師匠をこんなところで足止めさせないもん!」
西施の快活な叫び声を合図に、三人の乙女たちが獰猛なフェンリルを目がけて同時に地を蹴り、鮮やかに躍り出た。
◇◇◇◇◇
「いくよ! 『雷神脚・極』!!」
西施が極寒の地面を強く蹴り、内功と魔力を爆発させた必殺の三連撃を放つ。音速を遥かに超えた右、左、右の超高速の廻し蹴りは、空間を巻き込む巨大な雷光の竜巻となり、フェンリルの分厚い横腹を強烈に強打した。
「ガルゥァァッ……!?」
魔狼フェンリルが予期せぬ衝撃に苦悶の咆哮を上げる。すかさずその四肢を、クリスの影が地面から無数に突き出して強固に拘束した。
「逃がしません。……影の深淵へ沈んでください、『シャドウ・バインド』!」
「これで終わりよ! ――『旋風剣シルフィード・エッジ・双天』!」
完全に動きを止められたフェンリルの首筋に、ディードリットの放った二条の美しい真空の刃が容赦なく吸い込まれ、神話の魔狼の巨体を一瞬にして冥界の塵へと還したのだった。
◇◇◇◇◇
一方、私は巨大なヨルムンガンドと正面から対峙していた。その巨大な口腔から放たれる、生物を一瞬で融解させる猛毒のブレスを霊力の強固な防壁で滑らかに受け流しながら、私は静かに、力強く言葉を紡ぐ。
「――怪物を素手で引き裂き、竜をも屠った荒ぶる北の王よ。その不屈の闘志を以て、不浄の蛇を討て」
「――英霊降臨。『ベオウルフ』」
私の肉体が、膨れ上がる圧倒的な霊圧に包まれ、碧眼の瞳の奥に野生的な激しい闘志が宿る。その手には、決して持ち主を裏切らぬと称えられた、不気味な赤き柄の魔剣――『フルンティング』が握られていた。
「……神話の蛇か。私の握力に耐えられるかな?」
私は強く地を蹴った。ヨルムンガンドがその巨体を激しく蠢かせ、大気を引き裂く速度で巨大な尾を振り下ろしてくる。だが、私はフルンティングの一閃でその破壊的な衝撃を真っ向から弾き飛ばすと、そのまま蛇の無防備な胴体へと一気に肉薄した。
「咆えろ、『フルンティング』!」
魔剣が禍々しくも深紅の霊光を放ち、ヨルムンガンドの硬質な鱗を、まるで薄い紙細工のように容易く切り裂いていく。大蛇が苦悶の声を上げ、致命の毒の牙を剥いて私へ食らいつこうと激しく襲いかかってきた。だが、私は空いた左手で大蛇の巨大な顎を鷲掴みにし、人智を超えた圧倒的な剛力でそれを強引に押し留めた。
「そこを動くな。……これが王の力だ!!」
手にしたフルンティングを根元まで深く突き立て、そのまま蛇の巨体を脳天から尾の先まで一気に、豪快に引き裂く。放たれた凄まじい衝撃波は、ヨルムンガンドの巨大な肉体を内側から完全に粉砕し、周囲の毒霧ごと、綺麗な光の粒子へと変えて消滅させていった。
◇◇◇◇◇
神話の双獣を完全に見事に討ち果たした私たち一行の前に、崩れ去ったヨルムンガンドの跡地から、鈍い音を立てて冷徹な氷の玉座がせり上がってきた。
そこに静かに座っていたのは、右半身は絶世の美女、しかし左半身は腐敗した死体という、見る者を恐怖させる異形のダークエルフ――冥界の女王『ヘル』。彼女の胸部には、これまで出会ったどの土地のモノよりも濃密な闇を纏った『魔神の欠片』が、ドクドクと赤黒く不気味に脈動していた。
「よくぞ我が忠犬と忠蛇を討った。だが、ここは生者の来る場所ではない」
ヘルがゆっくりと玉座から立ち上がると、ヘルヘイム全体の禍々しい死気が一気に彼女の一点へと収束し、周囲の気温が絶対零度へと急降下していく。
「……信長とは格が違うな。どうやら、これが本物の死の神の力だ」
私は手にしたフルンティングの力を静かに消し去り、再びその碧眼に冷徹な陰陽師の光を鋭く宿した。
ロシアの不気味な霊峰を舞台にした、冥界の女王との最終決戦が、今ここに幕を開けたのだった。
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