幕間2:あなたの隣に立つために
6月6日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。
キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!
ヤマトでのあの壮絶な激闘、そして死の淵から強引に引き戻されたあの一夜から、静寂と穏やかな空気に包まれた朝、クリスはゆっくりと意識の海から浮上した。
まぶたの裏に、窓から差し込む淡い朝の光が心地よく揺れている。
ゆっくりと意識が覚醒していく感覚の中で、クリスは小さく、深く息を吸い込んだ。
「……ここは……」
見上げた先にあるのは、ヤマトに来て見慣れた和式の天井。ヤマトの地に用意された、簡素ではあるけれど隅々まで清潔に保たれた一室だ。
重い身体をどうにか起こそうとして、クリスはわずかに美しい眉をひそめた。
「……重い、ですね」
まるで自分の身体ではないかのような奇妙な感覚。体内の魔力の巡り自体は完璧に整っているはずなのに、あの夜の「浄化」の際に身体の奥底で感じた、凛烈で慈悲のないほどに正確な、あの清らかな光の感覚が、未だに細胞の隅々にまで深くこびりついているかのような気がした。
「……私は、生きて、いる……」
ぽつりと、誰もいない部屋に呟きが落ちる。
身体の奥底からドロドロと湧き上がってきた、あの禍々しい黒い魔力。精神を丸ごと飲み込まれそうになった、あの制御不能の圧倒的な恐怖。
そして――自分でも信じられないほど情けなく、弱々しく響いた、あの時の己の声。
『怖い……です……』
思い出した瞬間、クリスの顔は火が出るのではないかと思うほどに真っ赤に熱くなった。
あんな、あられもない声を。あんな、無様な表情を。他ならぬ、あの方の目の前で無防備に晒してしまったのだ。
◇◇◇◇◇
「……本当に、情けないですね……」
小さく自嘲するように呟いてみるけれど、布団を握る指先はまだわずかに震えたままだ。
ずっと、強くあろうとしてきた。リーファス様の絶対的な「影」として、あらゆる汚れ仕事を自ら進んで引き受け、あの方を背後から支える頑強な盾になるのだと、心に固く決めていたはずだった。
それなのに、結局のところ、自分はまたしても。
「……リーファス様」
ただその名前を口にするだけで、胸の奥が痛いほどに熱くなる。
あの夜、あの方は一切の迷いを見せなかった。暴走する私の不気味な魔力を恐れる素振りすら微塵も見せず、まるでそれが当たり前のことであるかのように、私の身体を強く抱き寄せたのだ。
『大丈夫だ、私がいる。……静かに。君はただ、そこにじっとしていてほしい』
その優しくも力強い一言が、どれほど深く自分の魂の最深部に刻み込まれたことか。
あんな風に、絶対の自信を持って迷いなく言い切られてしまったら、どんな絶望の闇の中に落とされたとしても、その手を信じてしまうに決まっている。
「……本当に、ずるい人です」
どんなに最悪な窮地に陥ったとしても、最後には必ず、あの方がどうにかしてすべてを解決してしまう。
その絶対的な安心感のすべてに、完全に甘えて頼り切ってしまった自分自身が、今はたまらなく悔しくて仕方がなかった。
◇◇◇◇◇
ゆっくりと視線を天井から外すと、格子のついた窓の外からは、ヤマトの新しい夜明けを告げる穏やかな光が差し込んでいた。
かつての守られるだけの自分であれば、救われた事実にただただ涙して感謝し、さらに深い忠誠を誓うだけで満足していただろう。だが、今のクリスの胸を激しく焼き尽くしているのは、純粋な感謝とは全く別の感情――あの方のすぐ隣に、対等に「並び立ちたい」という、強烈なまでの渇望だった。
「守られてばかりですね……私は、いつも」
シーツを破らんばかりの力で、クリスは自身の拳を強く握りしめた。
自分では、リーファス様のすぐ隣に立っているつもりだった。あの方を立派に支えているつもりだった。
けれど実際のところは、いつも守られ、助けられ、一方的に救われてばかりだ。
このヤマトの地で見たあの方の背中は、追いつけないほどにあまりにも遠く、圧倒的だった。
「……それでは、駄目なんです。いつか、あの方が本当に戦いに疲れてしまったとき、その身体を真っ直ぐに支えられるのが、私でなければ……絶対に嫌だ」
ただ庇われるだけの、か弱い存在のままでいたくはなかった。
あの方がふと足を止め、振り返ったとき、その隣に当然の権利のように並んでいられるように。
あの方が背負うあまりにも重い荷物を、せめて半分だけでも一緒に背負えるだけの、本物の強さが欲しい。
「……あなたの隣に、胸を張って立てるように」
それは、静かな部屋の誰に聞かせるでもない、小さく切ない独り言。
けれど、その冷徹な瞳の奥には、かつてのような盲目的な依存ではなく、自立した一人の武人としての、そしてリーファスを深く愛する一人の女性としての、確固たる決意の炎が静かに宿っていた。
◇◇◇◇◇
「……もう一度、最初から鍛え直さないと」
未だに鉛のように重い身体に無理やり鞭を打ち、クリスはゆっくりと立ち上がった。
身体の調子はまだ決して万全ではない。体内の魔力回路も、完全に馴染みきってはいない。
それでも、一刻も早く、あの方のいる場所へと向かいたかった。
「今度は、私が」
小さく、けれどどこか不敵に、クリスは美しい唇の端を上げて笑ってみせる。
まさにその時、閉ざされた扉のすぐ向こう側で、わずかに周囲の空気が優しく揺れ動いた。
「……本当に。目覚めて早々、無茶を考える」
それは、聞き慣れた、いつもの呆れたような愛おしげな声。
扉のすぐ向こう側に、リーファスが静かに立っていることにも気づかぬまま、クリスは新しい不滅の決意をその胸に抱き、未来へ向かって力強く一歩を踏み出したのだった。
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