商都の策と古都の結界
6月6日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。
キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!
商都・大阪の活気あふれる運河を軽快に抜け、新選組副長である土方歳三が私たちを案内したのは、天下の台所を裏から牛耳る豪商――「淀屋」の巨大な蔵だった。
「リーファス殿、ここは新選組がかつて大変世話になった縁の深い場所だ。今は反信長レジスタンスの最大拠点になっている」
土方の言葉通り、頑丈な蔵の地下空間には、各地から集まった優秀な密偵や熱い志を抱いた志士たちが数多くひしめき合っていた。しかし、淀屋の主から提示された最新の情報は、極めて絶望的なものだった。
「京の都は今、『汚染されたユグドラシル』の莫大なマナを動力源にした、特殊な大結界『五芒絶界』に完全に包まれています。鳥一羽、蟻一匹すら通さぬ厳重さですな」
ダークエルフの魔王・織田信長は、聖樹の生命力を無理やり邪悪な魔力へと変換し、古都全体を巨大な魔の檻へと変えてしまっているらしい。
「力ずくで外側から破ろうとすれば、聖樹そのものに致命的な傷がついてしまう。だけど、内側から直接叩き壊すなら話は別だ。淀屋の旦那、商人の荷物に紛れて、私たちを京の中へと潜り込ませてほしい」
私のスマートな提案に、淀屋の主は不敵にニヤリと頷いてみせるのだった。
◇◇◇◇◇
翌々日、大量の献上米をこれでもかと積み込んだ牛車が、京都の入り口である「羅生門」を何食わぬ顔で通過した。米俵の最奥深く、私の霊力によって完全に気配を消した私、クリス, ディードリット、西施、そして土方が静かに潜んでいる。
強固な結界の境界線を通り抜けたその瞬間、私たち一行を襲ったのは、思わず吐き気を催すほどの濃密で不快な瘴気だった。
「……これが、今の京の現状なのね。かつての美しい華やかさが、見る影もなく粉々に打ち砕かれているわ……。リーファス、あなたは大丈夫?」
ディードリットが悲しげに眉をひそめながら、私の顔を心配そうに覗き込んでくる。
「ああ、私は平気だ。ありがとう、ディード。――さあ、行こう」
仕立ての良い袴の裾を軽やかに捌き、私は牛車から静かに降り立った。空を重苦しく覆い尽くしているのは、ユグドラシルの禍々しく黒ずんだ無数の枝。都に暮らすエルフたちは皆、大切な生気を強引に吸い取られ、うつろな目で街を彷徨う人形のようになっていた。
「リーファス様、あちらです。あの結界のすべてを制御している中枢……『陰陽寮』の建物から、極めて強烈な魔力を感知します」
クリスが自身の影を伸ばしながら指さす先、京都御所の一角にそびえ立つ陰陽寮の建物が、どす黒く不吉な光を絶え間なく放っていた。
◇◇◇◇◇
私たち一行は、周囲を厳重に警備していた骸骨武者の部隊を一瞬のうちに一蹴し、陰陽寮の本殿へと真っ直ぐに踏み込んだ。
そこにいたのは、信長の圧倒的な武力に怯え、あろうことか魔に魂を売り渡してしまった卑屈な陰陽師たち。彼らは聖樹を汚染し続ける不浄な儀式に、ただひたすら耽っていた。
「実につまらない。帝を命がけで守るべき陰陽師が、魔王の犬に成り下がってしまうなんて」
私の冷徹で透き通った声が、静かな本殿に響き渡る。中央にいた老齢の陰陽師が、情けなく全身を震わせながら必死に反論してきた。
「だ、黙れ! ダークエルフの王には、我らごときでは絶対に逆らえぬ! 我らとて、生き残るためにはこうするしか……!」
「生き残るために誇りを捨てるくらいなら、最初からすべてをやり直した方がいい。――みんな、そこからよく見ていてほしい。これが本物の『陰陽道』だ」
私は懐から漆黒の美しい呪札をスッと取り出すと、天に向かって優雅に掲げた。
◇◇◇◇◇
「――英霊降臨。『安倍晴明』」
その瞬間、京の都全体の空間そのものが劇的に震え動いた。私の背後に静かに浮かび上がったのは、見事な狩衣を美しく纏い、神仏をも恐れぬ不敵で優雅な笑みを浮かべた、伝説の天才陰陽師の姿。
「――急々如律令!!」
私が鮮やかに印を組むと、陰陽寮を重苦しく満たしていたどす黒い魔力のすべてが、私の身体から放たれた純白の圧倒的な霊光によって、一気に押し返されていく。
「退きなさい、不浄なる闇よ。――『天文道・十二神将破邪陣』!」
本殿の床を突き破るようにして凄まじい浄化の衝撃波が走り抜け、ユグドラシルの莫大なマナを悪用していた結界装置の数々が、次々と音を立てて木端微塵に砕け散っていく。
信長の呪縛によって洗脳に近い状態に陥っていた陰陽師たちが、弾かれたように全員正気を取り戻し、己の過ちを悟ってその場に泣き崩れた。
◇◇◇◇◇
古都を覆っていた大結界が完全に消滅したまさにその瞬間、私の鋭い霊感覚に、御所の奥深くからドロリとした重苦しい「気配」が、強烈な矢のように突き刺さった。
「……見つけた」
「リーファス様、これは……っ!」
私の言葉と同時に、クリスもその異様な気配に気づき、冷徹な瞳を鋭く光らせる。その不気味な脈動、あまりにも不浄な禍々しさ。
それは、大牙帝国やトゥラン皇国において、私たちがこれまで命がけで対峙してきたものと全く同じ――いや、それらとは比較にならないほど、あまりにも濃密に凝縮されたもの。
「間違いありません。京都御所の最奥、信長の居城に『魔神の欠片』が存在します」
私は銀髪のポニーテールを霊気の風に揺らし、御所の中心に聳え立つ紫宸殿をまっすぐに見据えた。
「織田信長の奴、ダークエルフとしての己の肉体に、その魔神の欠片を直接取り込んで、さらなる神の領域へ至ろうとしている。……いよいよ決戦だ。みんな、私に続いてほしい」
土方が愛刀を力強く引き抜き、西施がそのしなやかな脚に爆発的な魔力を限界まで貯め込む。
私たち一行は、最凶の魔王が静かに待ち受ける、御所の深奥へと向かって一斉に駆け出したのだった。
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