誠の刃と京への轍
6月5日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。
キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!
出島の賑やかな商家の一室で、私たち一行はこれからのヤマトの地を平穏に歩くための現地装束に着替えていた。
私は、前世でも着慣れていた深い紺色の仕立ての良い袴に身を包み、美しい銀髪のポニーテールをいつもより高く凛々しく結い上げる。ディードリットもまた、エルフとしてのしなやかで均整の取れた肢体を包むように、新緑を基調とした美しい袴を実に凛々しく着こなしていた。
「リーファス様、いかがでしょうか……? 少し動きづらい気もいたしますが」
少し気恥ずかしそうにしながらクリスが歩み寄ってくる。彼女は隠密としての動きやすさを最優先した黒の着流し姿だが、和装になってもその丁寧で気品ある物腰は変わらない。
「うん、二人ともすごくよく似合っているよ。もちろん、ディードも」
「ふふ、ありがとう。あなたのその袴姿も、まるでずっと昔から着慣れているみたいに様になっているわね」
ディードリットが少し悪戯っぽく微笑みながら、私の姿をまじまじと見つめる。私は苦笑いを返しつつ、懐から数枚の霊力を込めた呪札を取り出した。
「さて、あんまり目立つわけにはいかないからね。――『幻術・長耳の相』」
呪札がパッと眩しい霊光を放ち、私、クリス、そして西施の耳がスッと細長く伸びたエルフの耳へと変化していく。これで外見上は、ディードリットと同じ「エルフ」の旅人の一行だ。
「わあ、すごい! ボクの耳が人族の耳になって伸びたよ! これでボクもディードたちの仲間入りだね。この袴も、思ったより足が大きく動かしやすくてすごく気に入ったよ!」
西施は嬉しそうに甲高い声を上げると、早速足を高く跳ね上げ、シャドーピッチングならぬ「シャドー雷神脚」を何度も元気よく繰り出してみせる。
魔力と内功の絶妙な練合も、船上での過酷な特訓を経て着実に彼女の形になりつつあった。
私たちは、ヤマトのエルフ剣士になりきったディードリットを先頭に立て、活気と不安の入り交じる出島の街を静かに出発したのだった。
◇◇◇◇◇
京を目指して街道を西へと進むほどに、周囲の空気は目に見えて淀んでいき、聖樹ユグドラシルの悲鳴のような禍々しい瘴気が皮膚を刺すほど色濃くなっていく。
ある寂れた宿場町の外れに差し掛かったその時、鼻を突く強烈な死臭と共に、カシャカシャと不気味に骨の擦れ合う音が周囲に響き渡った。
「……来ます。魔力によって強引に汚染された、哀れな死者の群れです」
クリスが冷静に自身の影を地面へと這わせ、索敵を行う。
やがて鬱蒼とした木々の隙間から姿を現したのは、黒く淀んだオーラを全身に纏った『骸骨武者』の不気味な部隊。織田信長の邪悪な力によって「魔化」されてしまった、かつてのヤマトの兵たちの変わり果てた姿だった。
「西施、さっそくの実戦だ。無理はしなくていいからね」
「任せておいて! 行くよ、――『雷神脚』!」
西施の放った爆発的な一蹴りが、先頭の骸骨武者の強固な胸部を木端微塵に粉砕し、その凄まじい衝撃波の余波だけで周囲の骨をも一瞬にして塵へと変えていく。
そこへ、私たちの仲間とは全く別の方向から、電光石火の鋭い剣閃が走り抜け、別の一体の骸骨武者の首を鮮やかに跳ね飛ばした。
「……チッ、次から次へと湧きやがって。どこの馬の骨か知らねぇが、助太刀するぜ!」
砂塵の中から現れたのは、ボロボロに傷ついた「誠」の一文字が染め抜かれた羽織を無造作に肩にかけた一人の男。
鋭い眼光を放つその男こそ、新選組副長、土方歳三だった。
「挨拶は後だ! まずは目の前のこいつらを一匹残らず片付けるぞ!」
眼前に迫る骸骨武者の数は、優に数百。私は碧眼を鋭く光らせると、虚空に向かってそっと優雅に手をかざした。
「――英霊降臨。『源義経』」
その瞬間、私を纏う空気の質が劇的に一変した。私の肉体はまるで羽のように極限まで軽くなり、その手には眩い霊光を放つ黄金の太刀が握られる。
「……九郎判官義経、参る!」
私は一陣の疾風となった。伝説の『八艘跳び』の如き超絶的な跳躍で敵の頭上を縦横無尽に渡り歩き、一閃を繰り出すごとに、骸骨武者たちの身を包む禍々しい魔力を美しく浄化し、ただの灰へと還していく。
土方がその神業に驚愕の声を上げる中、ものの数分もしないうちに、数百の禍々しい軍勢を一人で完全に全滅させてみせた。
◇◇◇◇◇
戦闘が終わり、私は静かに英霊降臨を解いた。
土方は愛刀・和泉守兼定を静かに鞘へと収め、依然として鋭い警戒を解かないまま私のほうへと歩み寄ってくる。
「……源義経の神業、しかとこの目で拝ませてもらったぜ。俺は新選組の土方だ。あんた方、一体何者だ?」
私はその言葉を耳にした瞬間、内心で言葉にできないほどの激しい衝撃を覚えていた。
(……待て。今、この男は確かに『源義経』と言ったのか……?)
私は努めて冷静に、目の前の土方を観察する。その尖った耳、そしてこの世界独自の霊気を綺麗に纏った佇まいは、間違いなくこの世界の住人であり、その種族はエルフだ。
(この世界はまったく別の異世界のはず。なのに、このヤマトの文化といい……。なぜ種族の違う『エルフの土方歳三』が、私の前世の日本に存在した伝説の英雄の名を知っているんだ? 歴史がどこかでリンクしているのか、それとも……)
押し寄せる困惑を心の奥底へと無理やり飲み込み、私は凛とした声で冷静に答えた。
「私はリーファス。織田信長を倒し、不当に幽閉された帝――天照様を奪還しに来たんだ」
土方は私のその言葉を聞くと、不敵にニヤリと笑った。
「なるほど、目的は同じってわけか。だがな、今の京の都は信長の圧倒的な魔力と、穢されたユグドラシルの強固な結界で難攻不落の魔城と化してやがるぜ」
◇◇◇◇◇
土方の詳細な話によれば、帝は京の最奥深くに強固に囚われており、信長の手下である極めて強力なダークエルフの猛者たちが、都の周囲を隙なく固めているという。
「……であるならば、まずは確実に情報を集めるべきですね。京へ直接向かうのではなく、一度『大阪』へと向かいましょう。あそこにはまだ、信長の強権的な支配に激しく抗う潜伏者たちが数多く集まっているはずです」
クリスは出島で仕入れた情報で的確に提案した。私は深く同意して頷いた。
「分かった。土方さん、君の知恵も借りたいな。私たちと共に来てくれるかい?」
「ああ。正直、不甲斐なく生き残って死に場所を探してたところだったが……あんた方のその圧倒的な背中を見てたら、もう一度あの『誠』の旗を掲げたくなっちまったぜ」
私たちは土方歳三という心強い新たな仲間を加え、情報と反抗の力が集まる商いの都・大阪を目指して、さらに西へと向かう。
その遥か頭上には、どす黒く染まりきったユグドラシルの禍々しい枝が、まるですべてを飲み込もうとするかのように、不気味に京の空を覆い尽くしていた。
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