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波濤の特訓と魔王の胎動

6月5日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。

キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!

高句麗での激闘を無事に終え、私たち一行を乗せた貿易船は、どこまでも広がる東の海――いまだ神秘のベールに包まれたヤマト列島を目指して真っ直ぐに進んでいた。

波飛沫が優しく弾ける甲板の上では、西施せいしの元気で威勢の良い掛け声が響き渡っている。


「うわぁぁぁん! 今の、絶対にいけると思ったのに!」


西施せいしが悔しそうに地団駄を踏んだ。私の指導のもと、彼女は移動中の船の上という悪条件にもめげず『雷神脚』の猛特訓に励んでいるのだが、内功と魔力を瞬発的に引き絞って脚へと込める絶妙な感覚が、なかなか掴めないでいた。


「焦らなくて大丈夫だ、西施せいし。脚は腕よりも筋肉がずっと太くて逞しい分、体内のエネルギーの流れを繊細に制御するのが難しいんだ。――よく見ていてくれ」


私はひらりと身を翻して船の縁へと立つと、美しい銀髪を心地よい潮風になびかせ、遥か彼方の水平線を見据えた。

「内功で身体の軸を完璧に固定して、体内の霊力を爪先へと一点集中させるんだ。放つその瞬間に、大気を力強く踏み抜くイメージだ」


「――『雷神脚らいじんきゃく』」


ドォォォォォンッ!!!

私が虚空を鋭く蹴り抜いた瞬間、大気を引き裂く爆鳴が響き渡り、目に見えるほどの凄まじい衝撃波が海面へと容赦なく突き刺さった。広大な海がモーセの奇跡のように真っ二つに激しく割れ、天を突くほどの巨大な水柱が次々と立ち昇る。その凄まじい余波だけで、大きな貿易船がぐらりと大きく揺れた。

私自身は魔力を持たないけれど、純粋な霊力による内功で再現したその一撃の威力は、高位の魔法攻撃と比べても一切遜色ない。


「すごいや……! よし、ボクも絶対にやってみせるぞ!」


西施はますますその目をきらきらと輝かせ、すぐさま猛特訓を再開した。彼女には私と違って、生まれ持った強大な魔力がある。

私の身体の動きを完璧に模倣し、体内の魔力を右脚へと集中させ、内功でさらにその密度を何倍にも強化しようと、ひたむきに試行錯誤を繰り返していく。


そんな彼女の努力する姿を静かに見守っていたクリスが、私の隣へとそっと歩み寄ってきた。


「リーファス様、西施せいし様の筋は決して悪くありません。ただ、少しだけ全身に力が入りすぎてしまっているようですね」


「そうだね。だけど、あの絶対に諦めない負けん気の強さこそが彼女の最大の武器さ。ヤマトに到着する頃には、きっと見事な形になっていると思う」


◇◇◇◇◇


航海を始めて二日目のことだった。

突如として、それまで晴れ渡っていた空が不気味に暗転し、周囲の海面がまるで重油のようにどす黒く染まり始めた。

不穏に波打つ船の真下から、信じられないほど巨大な漆黒の影が、ゆっくりと浮き上がってくる。


「……リーファス様、前方に極めて巨大な魔力反応を感知しました。海の怪異です」


クリスが自身の影の触手を四方へと鋭く伸ばし、臨戦態勢で周囲を警戒する。


海面を割って現れたのは、巨大な頭部を持つ漆黒の不気味な巨人――『海坊主』。上位魔族にも匹敵する圧倒的な質量を誇る、文字通りの海の主だ。その山のような巨体が、私たちの船を真っ向から押しつぶさんと牙を剥いて迫り来る。


「リーファスは手を出さないで! ここはボクたちだけでやってみるから!」


西施せいしの力強い言葉に、私は「分かったよ、後ろの守りは任せてくれ」と優しく頷き、一歩退いて彼女たちのサポートへと回った。


鮮やかな先制攻撃を仕掛けたのは、ディードリットだった。

「風よ、荒れ狂う波を鎮め、我が敵を鮮やかに断ち切りなさい! ――『旋風剣シルフィード・エッジ』!」


ディードの手にしたレイピアから放たれた無数の真空の刃が、海坊主の強固な体表面を容赦なく切り刻んでいく。そこへ、待機していたクリスの闇魔法が電光石火の追撃を見舞う。


「影の鎖よ、我が主の敵を絡め取りなさい。……『シャドウ・バインド』!」


深淵から伸びた漆黒の影の杭が、海坊主の巨大な身体を逃がさぬよう海面へと強固に縫い付ける。

その完璧に作り出された一瞬の好機を、西施せいしは見逃さなかった。


「今だ……! 練って、極限まで溜めて……一気に放つ!」


彼女のしなやかな右脚に、バチバチと激しい青白い魔力の火花が宿る。

私の教え通り、内功によって限界まで練り上げられた魔力が爆発的なエネルギーとなって、彼女の爪先へと美しく収束していく。


「これでおしまいなんだから! ――『雷神脚らいじんきゃく』!!」


バギィィィィィンッッ!!!


西施の渾身の蹴りから放たれた猛烈な衝撃波が、海坊主の巨大な頭部を内側から完全に爆破した。

山のような巨体は一瞬にしてただの水飛沫となって虚空へと霧散し、荒れ狂っていた海には再び美しい静寂が戻ったのだった。


「やった……! やったよ、リーファス!」


嬉しそうに満面の笑みで駆け寄ってくる西施せいしを、私は「お見事!上出来だ!」と優しく抱きとめて労った。

自身の持つ魔力をふんだんに込めた西施せいしの『雷神脚らいじんきゃく』は、私のお手本とは少し異なるけれど、彼女独自の非常に強力な必殺技として、確かに完成しつつあった。


◇◇◇◇◇


ヤマト列島における唯一の交易窓口として開かれた、活気あふれる港町『出島』。

無事に入国を果たした私たち一行を待っていたのは、異国情緒あふれる、実に独特な光景だった。

行き交う人々は、美しい白い肌を持つエルフと、健康的な褐色肌を持つダークエルフ。

驚くべきことに、彼らが皆、ヤマト独自の伝統衣装である絢爛な「和服」を美しく纏い、ごく自然に共存しているのだ。


「不思議な街ね……。エルフとダークエルフがこんな風に手を取り合って暮らしているなんて、大陸ではまず見られない光景だわ。でも、あなたは気づいているかしら? 街を覆う空気が、どこか酷く重苦しいことに」


出島の賑やかな茶屋で情報を集めていたディードリットが、周囲を警戒しながら私にそっと耳打ちする。確かにディードリットの言う通り、活気の中に仄暗い不安が混ざり合っていた。やがて、私たちは茶屋の片隅から、にわかには信じがたい衝撃的な噂を耳にすることになる。


「ヤマトの最高権力者である帝、ハイエルフの天照アマテラス様が……何者かによって幽閉された?」


ヤマトの帝といえば、千年以上の時を生きる、高潔にして絶対的な存在であるはずだ。

だが今、このヤマトは、不穏なダークエルフの男――自らを『第六天魔王』と尊大に称する、織田信長という傑物の手によって完全に支配されようとしていた。信長は帝を古都・京都の奥深くに幽閉し、国の実権を強引に握ったという。


「……ただの権力争いなどでは、決してありませんね。この不浄な空気の冷たさ、間違いなく『魔』の根本たる不吉な元凶が背後に潜んでいます」


クリスが静かに呟き、京都の方角の空をじっと見つめる私の視線にその冷徹な瞳を合わせた。


噂によると、京都には世界に数本しか存在しないという伝説の聖樹『ユグドラシル』が聳え立っている。

信長はその莫大な生命エネルギーを強引に奪い取り、自らの禍々しい魔の力へと変換しようと目論んでいるのだ。


「……ユグドラシルの樹が完全に穢されてしまえば、この国だけの問題では済まない。それに、あの不快な瘴気……どうしても、放っておけるものではないな」


京都の方角から天へと立ち昇る、どす黒く巨大な瘴気の柱。それはかつて、私が前世において陰陽師・賀茂時行として命をかけて対峙した、どの悪霊や怨霊よりも遥かに巨大で、あまりにも禍々しいものだった。


「クリス、ディード、西施せいし。――用意ができ次第、一路、京を目指すよ」


私は軍服風の外套を翻し、ヤマトの街道を力強く歩き出した。

かつて自分が命をかけて守り抜いたこの美しい国を、ダークエルフの魔王を名乗る者に蹂躙させるわけにはいかない。

私の碧眼の奥には、前世からの深き宿命を背負った、静かなる怒りの炎が美しく宿っていた。


本日もお読みいただきありがとうございます!

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