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極東の閃光と高句麗の怪異

6月5日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。

キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!

大牙帝国の国境付近、地平線の彼方まで広がる雄大な湖のほとり。

次期皇帝候補としての重大な責務がある第五皇子・虎王は、旅立つ私との別れを心から惜しんでいた。


「リーファス殿……実に不甲斐ない。できることなら師匠の旅にどこまでも同行し、その偉大な背中を追い続けたいというのに……」

「気にする必要はない、虎王殿。あなたにはこの国を背負って立つという、何よりも大きくて立派な大役がある。また次に会う時、さらに強くなったあなたの拳に驚かせてくれるのを期待しているよ」


私は静かに青く澄んだ湖の前へと立った。銀髪をいつもより高く結い上げたポニーテールが、心地よい国境の風に軽やかに揺れる。

「よく見ておいてくれ。これが内功と霊力を極限まで体内で練り上げ、一点へと爆発させる拳の理だ」


私が鋭く一歩を踏み込んだ瞬間、周囲の空気が悲鳴を上げるようにして激しく爆ぜた。


「――『雷神拳らいじんけん』」


真っ直ぐに放たれた私の拳は、一瞬にして音速の壁を完全に突き破り、ドォォォォォンッ!! という鼓膜を揺らす凄まじいソニックブームを轟かせた。

目に見えるほどの凄まじい衝撃波が一直線に湖面を走り、巨大な水の壁をモーセの奇跡のように左右へと真っ二つに割り、深い湖底の土を完全に露出させてみせたのだ。


「なっ……つ、湖が、一撃で割れた……!?」


完全に絶句して目を丸くしている虎王に向かって、私は不敵にいたずらっぽく笑ってみせる。

「次に会う時、あなた自身の拳でこれと同じものを見せてくれ。それが私からの宿題だ」


そのすぐ傍らで、きらきらと目を輝かせていた第十七皇女・西施せいしが、我慢できずに身を乗り出してきた。

「すごいや、リーファス! 今の、ボクにも教えてよ! ボクもその雷みたいな格好いい拳撃を打ちたい!」


私は身を乗り出してきた西施せいしの頭に、そっと優しく手を置いた。

西施せいし、君はしなやかで足腰のバネが抜群に強い。君の身体の特性なら、拳よりも『雷神脚らいじんきゃく』の方が圧倒的に合っているよ。これからの道中、じっくり教えるから楽しみにするといい」


「『雷神脚らいじんきゃく』……! なんだか拳撃よりも強そうな響きだね! 嬉しいなぁ、ボク、絶対に兄様より先にマスターしてみせるよ!」


虎王の熱い羨望の視線と、西施せいしの弾けるような歓喜に見送られながら、私たち一行は次なる目的地、高句麗へと足を踏み入れたのだった。


◇◇◇◇◇


国境を越えて高句麗の領内に入った瞬間、周囲を包む空気の質がガラリと一変した。

「リーファス様、微かに死臭がします……それも、通常の野生の魔物のものではありません」


クリスが自身の影魔法を触手のように細かく四方へと伸ばし、鋭い視線で周囲を警戒する。


「本当に、嫌な空気ね。のどかな景色のはずなのに、街の奥からドロリとした気配が流れてくるわ……。リーファス、あなたは何か気づいた?」


ディードリットが眉をひそめながら、手にしたレイピアの柄にそっと手をかける。

やがて疲弊しきった王都へと辿り着いた私たちを待っていたのは、心身ともにすっかり困憊してしまった高句麗の国王だった。

国王の震える話によると、夜な夜な王都の市街に現れる正体不明の怪物『ムルゲ』によって、迎撃に向かった軍も無辜の民も、すでに壊滅的な被害を受けているという。


「……ムルゲ、ですか。なるほど、そいつの正体は単なる『魔神の欠片』の影響だけじゃないですね。もっと狡猾で、悍ましい存在だ」


私は自身の霊視によって、街全体を重苦しく覆っている不浄な気配の正体を完全に断定した。

それは、この土地に渦巻く人々の負の感情を効率よく餌にするため、上位魔族が土地の巨大な獣と強制的に融合して生み出した『変異種』だった。

私の詳細な見立てを聞いた国王は、涙を流してムルゲの退治を私へと切に依頼し、私はヤマトへの正式な渡航許可証と引換えに、その依頼を快く引き受けるのだった。


◇◇◇◇◇


深夜、王都の武器庫を容赦なく破壊し、巨大な鉄の扉をバリバリと容易く噛み砕く、噂の怪異ムルゲがその姿を現した。

象のような圧倒的な巨体に、全身に硬質な鋼鉄の鱗を纏ったその悍ましい姿に、周囲を包囲していたはずの一般の兵士たちは恐怖で完全に震え上がっている。


「クリス、ディード、周囲の雑兵たちの処理は任せるよ。――西施せいし、そこからよく見ておくんだ。君にこれから教える、基本の脚への霊力収束と、その応用を見せるから」


「うん! ボク、一瞬たりとも目を離さないよ!」


私は虚空に向かってそっと優雅に手をかざし、その魂を呼び込んだ。


「――英霊降臨。『チェ・ホンヒ(崔泓熙)』」


近代テコンドーの真髄が、私の肉体へと完璧に宿る。

私はまず、小手調べの基本となる牽制として、内功を込めた鋭い前蹴りをムルゲの巨大な脚部へと真っ直ぐに叩き込んだ。


「――はぁッ!」


パキィィィィィンッッ!!!

空間そのものを鋭利に切り裂くような高音の衝撃波が響き渡り、ムルゲが自慢にしていた強固な鋼鉄の鱗が、まるで薄いガラス細工のように粉々に砕け散った。


『グガッ……!? 物理攻撃など、我が鱗に効くはずが……っ!?』


驚愕に目を剥くムルゲに対し、私は流れるように軸足を入れ替え、本命となる『雷神脚』を放とうと、さらに深く体内の霊力を練り込もうとした。――が。


「……あ」


私が追撃の旋回蹴りを一閃した、まさにその瞬間だった。

霊力を纏ったその一蹴りは、肝心の奥義を完全に繰り出す一歩手前の段階であるにもかかわらず、ムルゲの巨体を紙細工のように無慈悲に引き裂き、そのまま背後にあった巨大な石壁ごと跡形もなく消し飛ばしてしまったのだ。


美しい浄化の炎と共に、上位魔族の核が夜空へとしなやかに霧散していく。


「…………」

「…………ねえ、リーファス」


西施がポカンと口を開けた、完全に呆然とした顔で私のほうへと歩み寄ってきた。


「今の、もの凄く格好良かったけど……もしかして、今のってまだ奥義じゃなくて、ただの『普通の蹴り』?」


私は流れるように上がりきっていた自身の綺麗な足を、少し気まずそうにゆっくりと下ろした。

「……ごめん。コイツ、私が思っていたよりもずっと脆かったみたいだ。『雷神脚らいじんきゃく』を出す前に、倒してしまった…」


「えええーっ!? ボク、すっごく楽しみにしてたのに! リーファス、次はもうちょっと手加減して見せてよぅ!」


「いや、手加減して奥義を見せるというのも、それはそれでなんだか奇妙な話なんだが……」


背後でクリスとディードリットが楽しそうにクスクスと笑う中、私は苦笑いしながら、ヤマトへの切符となる正式な許可証を受け取りに、再び静かになった王城へと向かうのだった。


◇◇◇◇◇


翌朝、国王からの深い感謝の言葉と共に、美しい金装飾がこれでもかと施された、格調高い「ヤマト渡航許可証」が正式に授与された。


「これでようやく、鎖された島国へと行けるね」


私は港から、どこまでも広がる東の海を静かに眺める。

そこはかつて、私が前世において陰陽師・賀茂時行かもときゆきとして命をかけて守り、そして静かに戦い死んだ、すべての因縁の場所に繋がる海だ。


「リーファス様、西施せいし様が朝からずっと、楽しそうに素振りの蹴りを練習していますよ。……これからの船旅は、少しだけ騒がしくなりそうですね」


クリスがやれやれと呆れたように、けれどどこか楽しそうにクスリと笑う。

西施は「今のボクの蹴り、さっきのリーファスの綺麗蹴りに似てなかった!?」と、隣のディードリットに興奮気味に詰め寄っていた。


私たち一行を乗せた大きな船は、美しい朝焼けの海を軽やかに切り裂き、いまだ神秘のベールに包まれた約束の地「ヤマト」へと向かって、堂々と出航するのだった。



本日もお読みいただきありがとうございます!

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