香山の古龍と、純陽の剣仙
6月5日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。
キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!
大牙帝国の帝都からさらに遥か北へ。
かつては美しい紅葉の名所として人々に広く知られていた名山「香山」は、今や不気味で禍々しい瘴気が絶え間なく渦巻く、危険極まりない「北京ダンジョン」へと完全に変貌を遂げていた。
山全体がまるでひとつの巨大な生き物のように蠢いているような、奇妙な錯覚すら覚えるほどに濃密な魔素の濃度。
私たちが山頂付近へと近づくにつれ、行く手を阻もうとする狂暴な魔物の群れが、その密度を爆発的に増していく。
「……来る。各員、迎撃」
私が短く鋭い声で命じると同時に、周囲の歪んだ空間から、腐敗した異形のキマイラや、巨大な毒霧を吐き散らす怪鳥たちが一斉に襲い掛かってきた。
「任せてください、リーファス様。私の影からは、何者であっても絶対に逃しません」
クリスがいち早く影の魔術を展開し、足元から広がる漆黒の深淵へと、次々に魔物たちを闇の底へと引きずり込んでいく。
「風よ、我が刃となって道を切り拓きなさい! ……ふふ、リーファスの前で絶対に無様な姿は見せられないわね!」
ディードリットが風の精霊をその身に纏わせた愛用のレイピアで、目にも留まらぬ超高速の連斬を繰り出し、迫り来る怪鳥たちを一瞬で細切れに刻んでいく。
「はぁぁぁぁッ! 師匠に直々に教わった内気操作の真髄、ここで試させていただく!」
「リーファス、しっかりボクを見ててよぉ! ボクだって、これくらい簡単にできるんだからぁ!」
虎王の剛力を込めた拳がキマイラの強固な肉体を一撃で粉砕し、その隣で西施が鋭い白虎の爪を縦横無尽に振るって、魔物の群れを鮮やかに蹴散らしていく。
だが――山頂の空間が突如として不自然に大きく歪んだ瞬間、その場にいた全員の動きがピタリと止まった。
『――グォォォォォォォォォォォォォッ!!!!!』
鼓膜を直接突き破らんばかりの、圧倒的な咆哮。
重苦しい雲を割って姿を現したのは、全長百メートルを超える、伝説の「古龍」だった。しかし、その誇り高き鱗はどす黒く不浄に変色し、その胸元には、禍々しく脈動する肉塊のような『魔神の欠片』が深く埋め込まれている。
「な、なんて凄まじいプレッシャーだ……。龍本来の威厳が、魔神の不浄な力によって何倍にも膨れ上がっている……!」
虎王がその圧倒的な威圧感に戦術的な戦慄を覚え、ディードリットも流石に顔を強張らせて、手にしたレイピアを限界まで構え直す。
「みんなは周囲の雑兵を引き受けてほしい。――あのデカブツは、私が直接祓う!」
私は迷うことなく一歩前へと進み出ると、自身の内側に深く眠る、膨大にして純粋な霊力を限界まで練り上げた。
この世界に蔓延る不浄な『魔』が龍の因子と融合し、手の付けられない怪物と化している。ならば、それを根本から断ち切るのは、通常の魔術でも一般的な武術でもない。
「――八仙が一人、純陽の剣仙。我が身に宿りて、邪悪を断て」
【英霊降臨:呂洞賓】
その瞬間、私の身に纏う空気のすべてが劇的に一変した。
美しい銀髪のポニーテールが霊力の凄まじい奔流に激しく揺れ、背後には道教の仙人を思わせる、神々しく圧倒的な後光が差す。そして私の手元には、神秘的な紫色の炎を揺らめかせたかのような、この世のものとは思えない美しい宝剣――『紫陽剣』が静かに具現化した。
古龍がその巨体に見合わぬ恐るべき神速で上空から急降下し、万物を文字通り押し潰さんばかりの凶悪な巨爪を振り下ろしてくる。
だが、私は一歩も避かない。紫陽剣の柄にそっと優雅に手を添え、静かにその目を閉じた。
(……捉えた!!)
『聴勁』――。
空気の微かな震え、地脈の奔流、そして龍が放つ純粋な破壊の意志。そのすべてのエネルギーの「流れ」を、肌を優しく撫でる春の風のように、信じられないほど精密に感じ取る。
直撃するほんのわずか寸前、私は体幹をわずかに捻り、紫陽剣の平らな腹を、古龍の巨大な爪にそっと触れさせた。
『化勁』――。
古龍が放つ、山をも容易く崩壊させる暴力的な質量と破壊エネルギー。それを真っ向から力で受け止めるのではなく、円を描くような完璧な霊力の操作によって、その凄まじい推進力の「向き」をそのまま反転させ、虚空の空へと受け流したのだ。
『――ッ!?』
己の全力の突進が完全に空を切り、逆にその自重によって自分自身が激しく振り回されるという不可解な感覚に、古龍の巨体が空中でありえないほど大きくたわんだ。
私はその「対局」――相手が完全に体勢を崩し、己の質量によって身動きを封じられた、刹那の隙を見逃さない。
「これで終わりだ!」
私は流れるようなステップで龍の懐へと深く踏み込み、紫陽剣を静かに中段へと構える。
古龍が本能的な焦りを感じ、その喉の奥に極大のブレスを溜めようとしたが、もう全てが遅すぎる。
「一振りで十分さ。――はぁっ!」
一閃。
横薙ぎに鋭く振るわれた紫陽剣の軌道から、美しい紫電を帯びた巨大な三日月状の斬撃が放たれた。
それは空間そのものを鮮やかに裂き、古龍の巨大な首を、そしてその胸元に深く埋まっていた『魔神の欠片』を、まるで柔らかい豆腐でも切るかのように完璧に両断したのだ。
『ギ……ギ、ガァァァァァァァァァッ……!?』
悲痛な断末魔の叫びと共に、古龍の身体から『魔神の欠片』が勢いよく空中へ弾け飛ぶ。
私は空中で軽やかに身を翻すと、落下してくる欠片を直接その手で掴み取り、その瞬間に純粋な霊力を一気に叩き込んで完璧な封印を施した。
張り詰めた静寂が、周囲の空間に訪れる。
巨大な古龍の死骸が、綺麗な光の粒子となって虚空へと消えていく中、私は紫陽剣を鞘へと収め、英霊降臨を静かに解いた。
「……し、師匠……。今のは一体、何なのですか……。あの凄まじい力、避けたというよりも、龍の攻撃を完全に受け流して、自分の一部にしているように見えました……」
虎王が完全に呆然とした様子で立ち尽くし、手にした自慢の武器を地面に落としそうになっている。
「ええ……。私もエルフとしてそれなりに長く生きているけれど、あんなに澄み渡っていて、それでいて恐ろしいほどの剣の技術は一度も見たことがないわ。リーファス、あなたは本当にわたしたちと同じ人間なの?」
ディードリットがやれやれと呆れたように、しかしその瞳の奥には隠しきれないほどの深い尊敬の念を宿して私を見つめてくる。
「リーファス様……。やはり、貴方様こそがこの薄暗い世界の光です。実に見事な、完璧なまでの退魔の御業でした」
クリスだけは、これが当然の結果だと言わんばかりに、誇らしげに深く頭を下げた。
「もうっ! リーファス、格好良すぎだよぉ! ボク、心臓がバクバクしすぎて壊れちゃいそう……。ねぇ、露払いのご褒美に、あとでボクのことを優しくギューッて抱っこしてよぉ?」
興奮が収まらない西施が凄まじい勢いで駆け寄ってきて、私の腕にその柔らかな身体をこれでもかと絡みつけてくる。
「……はいはい。それよりも、欠片の回収は無事に済んだ。ここに長居する理由はもうないし、情報を整理するために北京の探索者ギルド支部へ戻ろうか」
私はいつもの涼しげな調子を取り戻すと、相変わらず騒がしい仲間たちを引き連れて、霧のすっきりと晴れ渡った香山を後にするのだった。
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