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帝都の喧騒と、北京に眠る禍根

6月5日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。

キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!

大牙帝国の皇宮は、絢爛豪華という言葉すら生ぬるいほどに圧倒的な気品に満ちあふれていた。

皇帝ガウルから直々の熱烈な大歓迎を受けた私たち一行は、特別にあてがわれた豪奢な離れで、一週間ほどの穏やかな休暇を取ることになった。


これまでは激戦に次ぐ激戦、さらにはシルクロードでの過酷な長旅もあったのだ。たまにはこうして羽を伸ばすのも悪くない。

クリスもディードリットも、この大陸東方でしか味わえない珍しい異国の茶や伝統菓子に目を輝かせながら、実になごやかに寛いでいた。


だが、私たちの平穏な時間が、そう長く続くはずもなかった。


「師匠――ッ! 本日の朝の稽古、よろしくお願いいたします!!」


早朝の清々しい空気を切り裂いて、離れの庭園に響き渡る第五皇子・虎王の野太い大声。

一昨日の宴で私の合気道を目の当たりにし、すっかりその理に感銘を受けてしまった彼は、勝手に一番弟子を自称して、毎朝早くからこうして押し掛けてくるようになってしまったのだ。


「……別に弟子にした覚えは、これっぽっちもないんだが……」


深い溜息をひとつつき、軍服風の仕立てが良い外套を羽織って庭へと出た私は、その光景に思わず自分の目を疑った。

虎王の後ろには、彼だけでなく皇子や皇女、さらには帝国の精鋭たる大勢の武官たちが、庭園を埋め尽くすように所狭しと整列していたのだ。その数、ざっと見積もっても数百人は下らない。


「ねえねえリーファス、ボクにもその稽古をつけてほしいな? 虎王兄様ばっかりずるいし、ボクにも優しく手取り足取り教えてほしいんだ!」


列の先頭には、白虎の耳をぴこぴこと嬉しそうに動かした第十七皇女、西施せいしの姿もあった。普段は勝ち気なボクっ娘だが、今日は少し甘えるような上目遣いの声を出しながら、こちらの様子を覗き込んでいる。


「いくらあなたが唯一のSSランクとはいえ、これは流石に規模が大きすぎないかしら……?」


ディードリッドが引き気味の呆れ顔で私の隣に並ぶ。その逆側では、ミニスカメイド服に身を包んだクリスが、冷徹な瞳の奥で静かに影の魔力をゆらゆらと揺らしていた。


「リーファス様の御心を煩わせるなど、万死に値する不敬です。私が今すぐ全員影の中に放り込んで、どこか遠くの果てにでも捨ててきましょうか?」

「まあまあ二人とも、落ち着いけ。――まあいいさ、せっかくの機会だ。少しだけ付き合ってやろう」


私は物騒な提案をするクリスを片手で優しく制し、集まった数百人の武官たちをゆっくりと見渡した。


彼らの組手を軽く見取り稽古して、私はすぐに大牙帝国における『身体強化魔法』の致命的な粗さに気づいた。

彼らは皆、獣人として非常に強力な魔力を持っている。だが、それをただ力任せに体内へ放出して、筋力を強引に補っているだけなのだ。出力頼みで圧倒的に燃費が悪く、力みによる無駄な隙も大きすぎる。


「そこまでだ。あなたたちの身体強化は、ただバケツで溢れさせた水を頭から被っているようなものだ。それでは長時間の連戦になった時、すぐに息切れしてしまう。私には魔力が無いからこそよく解るけれど、それはあまりにも効率が悪すぎる」


私がそう端的に指摘すると、前列にいた熟練の武官たちは、一斉に驚愕の表情を浮かべた。


「な……では、具体的にどうすれば……!?」


「私が使っているのは魔力ではなく『霊力』だけれど、身体を強化する理屈は同じだ。力を無闇に放出するのではなく、体内の血管や神経の循環に沿って、エネルギーを内側で巡らせるんだ。内気として魔力を練り、その『魔力密度』を極限まで高めるんだ」


私は手本として、体表には一切の霊力の光を漏らさず、体内のみで完璧にエネルギーを極限まで高速循環させてみせた。

魔力とは明らかに質が異なる、未知なる静かなる質量。

私がただそこに佇んでいるだけだというのに、足元の頑強な石畳が、力ではなく純粋な『密度』の圧力によって、音もなくメキメキとひび割れていく。


「な、なんだあの静かなる圧力は……! 魔力が全く感じられないのに、本能が恐怖で震える……!」

「これが、世界で唯一のSSランクたる、本物の英雄の力……!!」


武官たちが一斉にどよめき、虎王は目を血走らせて猛烈な勢いでメモを取り始めた。西施も「すごーい! リーファス、ボクにもその内側を熱くするやつ、つきっきりで教えてよぉ!」と目をこれ以上ないほど輝かせている。


結局のところ、楽しみにしていた一週間の休暇のほとんどは、彼らの粗削りな魔力操作の矯正と指導に費やされることになってしまったのだった。


◇◇◇


そんな騒がしくも充実した休暇の合間、私は帝都にある世界探索者ギルドの支部へと足を運び、帝国各地のダンジョンの詳細な状況調査を依頼していた。

世界各地に散らばった、あの『魔神の欠片』の次なる行方を追うためだ。


数日後、ギルドの支部長自らが、血相を変えて皇宮の離れへと直接報告にやってきた。


「リーファス子爵閣下……! ご依頼の件ですが、極めて憂慮すべき異常事態が起きております」


緊張で震える支部長が卓上に広げた地図は、帝都から遥か北に位置する古都『北京』の、超巨大ダンジョンを明確に指し示していた。


「この数週間、北京のダンジョンへ調査に向かった探索者たちが、次から次へと行方不明になっています。中にはAランクの熟練パーティーも複数含まれているのですが、誰一人として、入り口から帰還しておりません……!」


「北京……」


私は地図のその一点を見つめながら、静かに目を閉じた。

意識を極限まで研ぎ澄まし、北の方角へと己の感覚の網をそっと伸ばしていく。遥か遠く離れた地脈の果てから、微かに、しかし絶対に狂いようのない、おぞましく禍々しい瘴気の気配――『魔神の欠片』特有の、周囲の魂をジリジリと削り取るような不吉な波動を感じ取った。


「――間違いないね。あそこに、次の欠片がある」


「リーファス様、すぐに出立の準備を整えます」


私の言葉からいち早くすべてを察知したクリスが、即座に自身の影の空間から旅の道具を取り出し始める。ディードリッドも愛用のレイピアをそっと腰のベルトに帯び、力強く頷いた。

私たちは一週間の休暇を早々に切り上げ、次なる決戦の地、北京へと向かうことを決めた。


ギルドにさらなる詳細な情報収集を頼み、私たちが皇宮の中庭から今まさに出立しようとした、その時だった。


「待ってよリーファス! ボクも一緒に行くよ! 置いていかないで、連れてってほしい!」

「師匠! 師匠の真の戦い……この虎王、一番近くでその背中を見て学ばせていただきます!」


身体よりも大きな背嚢を背負った西施と、重厚な鎧で完全武装した虎王が、私たちの前に立ち塞がったのだ。


「遊びに行くわけじゃないんだ。『魔神の欠片』が絡んでいる以上、次の相手は未曾有の化け物だ」


「そんなのわかってるもん! だからこそ、リーファスの側にいたいの。お願い、つれてってよ?」

西施は可愛い虎耳を少し伏せ、潤んだ上目遣いで私の袖をぎゅっと引いてくる。


「師匠! 我が帝国の危機を、皇族の身でありながらただ見過ごすわけにはいかないのです! 父上からも、既に同行の許可は貰っております!」


まったく、熱意があるのは良いことだけれどね。

私はチラリと、背後で露骨に不機嫌そうなオーラを放ちながら影を激しく揺らしているクリスを見た。


「もし足手まといになったら、すぐにクリスの影の中に放り込んで、強制的に帝都へ連行する。それでもいいなら、ついておいで」


「やったぁ! リーファス、大好きだよぉ!」

「ありがとうございます、師匠!!」


嬉しそうに抱きついてくる西施せいしを適当にいなしながら、私は冷たい風が吹く北の空を見据えた。

こうして私たち一行は、思わぬ大所帯となったまま、不穏な闇の空気が激しく渦巻く北京のダンジョンへと、力強く歩みを進めるのだった。


本日もお読みいただきありがとうございます!

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