白虎宮の激震:不動のリーファスと合気道の理
6月5日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。
キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!
大牙帝国の帝都、その中心に堂々とそびえ立つ壮麗な皇城「白虎宮」。
その高大な天井を誇る絢爛豪華な広間では、かつてないほど盛大で熱気に満ちた歓迎の宴が催されていた。
金糸で美しく縁取られた豪奢な円卓には、大陸東方から集められた極上の珍味がところ狭しと並び、美しく着飾った武官や文官たちがひしめき合っている。
その中心、最も高い玉座に座すのは、大牙帝国の頂点である白虎王・ガウル。そしてそのすぐ隣の特等席には、彼が公式に「救国の恩人」と認めた私たちが並んで腰掛けていた。
「――皆様、静粛にッ!」
皇帝の傍らに控えていた儀典官が、全神経を集中させるように声を張り上げた。
「これより、我が国を滅亡の窮地から救いし異邦の英雄の、真なる御名と階位をここに公表する! ブリタニア王国騎士爵、そしてバチカンより賜りし子爵――リーファス・カモ殿! 世界探索者ギルドの歴史において唯一の、SSランク探索者である!!」
一瞬、あまりの衝撃に、広大な広間は墓場のような静寂に包まれた。
だが、次の瞬間、抑えきれなくなった感情が、鼓膜を劈くような驚愕の叫びとなって爆発する。
「エス、SSランクだと!? あの大陸最強と謳われる『獣王』や『竜殺し』ですら、Sランクの領域だというのに……!」
「バチカンの子爵だと……!? 公式には隠蔽されていたが、魔王との決戦をほぼ単独で制し、人族を救ったというあの噂は真実だったのか!」
人々は、先代の英雄たちが次々と魔王の前に散りゆく中、唯一生き残り、その魔の根源を完璧に祓い切った「神の代行者」を見るような畏怖の目で、私を仰ぎ見た。
そんな、騒然とする群衆を大きくかき分け、一人の巨漢が私の目の前へと堂々と歩み出てきた。
白虎の耳をピンと逆立て、精悍な顔立ちに戦士としての熱い闘志を宿した青年――大牙帝国第五王子、虎王である。彼は次期皇帝候補の筆頭であり、国内屈指の武闘派として鳴らす傑物だった。
「リーファス子爵……。いや、人類唯一のSSランクの英雄殿とお見受けする。私は第五王子、虎王だ」
彼は腰に帯びた一対の双剣には一切触れず、胸の前で深く拳を合わせる帝国の礼を執った。
「貴殿が先ほど、我が国の精鋭武官三人をまるで赤子の手をひねるように退けたその圧倒的な実力、この目で見届けさせてもらった。だが、人類唯一のSSランク、その『底』がどれほどのものなのか、私は我が身を以て刻みたい。……不躾ながら、この虎王に指南を願いたい!」
広間が再び、張り詰めた緊張感に包まれる。皇帝ガウルは、慌てて止めようとする周囲の文官たちを片手で制し、面白そうにその金色の目を細めていた。
「構いませんよ、虎王殿下」
私は、美しい銀髪をいつもより高い位置のポニーテールで軽やかに揺らし、手にした白磁の茶器を優雅に口元へと運んだ。
「ですが、せっかくの楽しい宴の席です。あまり血生臭い、派手な真似はしたくない。……私がこの椅子から立ち上がる必要すらない程度の手合わせでよければ、お受けしましょう」
「――ッ! 言ってくれる、面白い!!」
虎王の肉体から、周囲の空気を爆ぜさせるほどの猛烈な闘気が噴き上がった。
彼は一足飛びに私の間合いへと肉薄し、丸太のように太く強靭な腕で、私の胸元へと凄まじい掌打を放つ。白虎族特有の剛力と、音を置き去りにするほどの圧倒的な神速。
だが。
「――英霊降臨。『植芝盛平』」
私の内側で、霊力の質が瞬時に切り替わる。
前世の地球において、合気道の開祖として「神」とまで称えられた至高の達人の理が、私の16歳の肉体へと完全に宿った。
虎王の破壊的な拳が、私の衣服に触れようとした、まさにその瞬間。
私は席から一切立ち上がることなく、ただ指先をほんのわずかに回し、肩のラインを数ミリほど円を描くように旋回させただけだった。
「なっ……、え……っ!?」
虎王の視界が、天地をひっくり返したように猛烈に回転した。
彼が全威力を込めて打ち込んできたはずの破壊的な質量が、まるで巨大な宇宙の渦に飲み込まれたかのように一瞬で反転し、自分自身を強烈に放り出す凶悪な力へと変換されたのだ。
ドォォォォォンッ!!!!!
虎王の巨体が、私から数メートルも離れた硬質な床へと派手に叩きつけられた。
私は椅子に深々と座ったまま、手にした茶器からお茶の滴ひとつ零してはいない。
「な、今、何が起きたんだ……っ!?」
「虎王殿下が、リーファス殿に触れた瞬間に虚空を舞ったぞ……! まるで自分から進んで綺麗に投げられに行ったようではないか!」
「……くっ、もう一度だ!!」
虎王は猛然と立ち上がり、今度は打撃ではなく、私の身体を完全に絡め取るようなクリンチ、組み付きを試みてきた。だが、私がその突進してきた両腕を、上から優しく撫でるようにして円の軌道で捌いた瞬間――虎王は吸い寄せられるように、床へと勢いよく顔を埋めることとなった。
「あなたのその力は、確かにもの凄く強大だ。けれど、強ければ強いほど、その全ての質量は私の『円の動き』に巻き込まれて、そのままあなた自身へと返るだけだよ」
私は茶器を静かに卓へと置き、不敵な、けれどどこか爽やかな笑みを浮かべて言った。椅子から一歩も動かないまま、帝国の最強王子を完全に子供扱いにしてみせたのだ。
「……参った。私の、完全な負けだ」
床に伏したまま、虎王は震える声でぽつりと漏らした。
彼はゆっくりと屈辱を噛み締めるように起き上がると、次の瞬間、その場で深々と頭を下げ、額を床に擦り付けたのだ。
「我が一族に代々伝わる誇り高き武芸が、これほどまでに他愛のない子供騙しに見えたのは生まれて初めてだ……! リーファス殿! いや、師匠!! どうか、この未熟者にその至高の武の理をご指導ください! 弟子にしていただきたい!!」
「えええっ!? お兄様、ずるいよぅ! リーファス様はボクの……ボクの運命の旦那様なんだからねっ!」
横から我慢できなくなった西施が飛び出してきて、私の右腕にその柔らかな身体を抱きつかせてきた。
「西施、どけ! 私は今、生涯をかけるべき真なる武の真理を見つけたのだ! 師匠、どうか、どうかお頼み申す!!」
「ちょっと、クリス! あなたからも何か言ってやりなさいな!」
ディードリットがやれやれと呆れたように肩をすくめ、隣のクリスに話を振る。
「……リーファス様が良いとお仰るなら、私は特に構いませんけど。でも、弟子一号の座は私ですから、そこは勘違いしないでくださいね?」
クリスが氷のように冷ややかに、だがその瞳の奥に強烈な独占欲を隠しきれずに虎王を牽制する。そんな騒がしい様子を見て、ディードリットがクスリとお茶目に笑った。
「ふふ、人類唯一のSSランクともなれば、一国の王子が宴の席で土下座して弟子入りを請うのも、当然なのかしらね。……本当に、あなたはどこに行っても退屈させないわ」
窓の外から差し込む美しい月明かりの下、大牙帝国の騒がしい夜は、新たな規格外の「師弟」の誕生と共に、どこまでも賑やかに更けていくのだった。
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