影に咲く花、東より来たる刃~忌み子と無能~
私が八歳になったある日、離れの家に一人の少女が連れてこられた。
ボロボロの衣服に、痩せこけた体躯。手足には逃亡防止の鎖が嵌められている。
「おい無能。親父殿からの慈悲だ。安く買えた奴隷をくれてやる」
次兄ウィルソンが鼻をつまみながら彼女を突き飛ばした。
少女が顔を上げる。その瞳と髪は、この世界で「悪の象徴」とされる漆黒だった。
「……ヒッ、ごめんなさい、ごめんなさい……」
彼女は床に這いつくばり、怯えていた。黒髪の闇魔術持ちは忌み嫌われ、迫害の対象となる。
彼女もこれまで、酷い扱いを受けてきたのだろう。
ウィルソンが去った後、私は彼女の前にしゃがみ込んだ。
「名前は?」 「……ク、クリス……です……」
「そうか。私はリーファス。今日からここが君の家だ」
私が手を差し出すと、クリスは信じられないものを見るように目を見開いた。
彼女の身体からは、濃厚な魔力が溢れ出ている。
通常の属性魔術とは違う、光を飲み込むような重い力。
(闇魔術、か。素晴らしい素質だ)
一般的には忌避される力だが、退魔を生業としてきた私からすれば「闇」は親和性が高い。
影を操り、空間に干渉するその力は、私の裏の仕事(退魔行)において最強のサポートになる。
「クリス。その黒髪も瞳も、隠す必要はない」
「え……? で、でも、これは呪われた色で……」
「いいや。闇に溶け、敵の意表を突くには最高の色だ。君は強くなるよ」
五十八年分の確信を込めて告げると、クリスの黒い瞳からボロボロと涙がこぼれ落ちた。
この日、私は初めての「弟子」を得た。
◇◇◇◇◇◇
同じ年の冬。
母マリーが病に倒れた。
元々体が弱かった上に、離れでの過酷な生活が寿命を縮めたのだ。
医者も呼ばれない静かな最期だった。
「リーファス……これを……」
薄れゆく意識の中で、母は隠し持っていた包みを私に託した。
古びた布を解くと、そこには異世界には似つかわしくない、黒塗りの鞘に収まった「刀」があった。
「これは、私の祖父が東の大陸から持ってきたものなの……。あなたを守ってくれるはずよ……」
「母さん、これは……」
私は震える手で柄を握り、少しだけ鯉口を切った。
カチリ、という澄んだ音と共に、波紋の浮かぶ刃が覗く。
その茎に刻まれた銘を見て、私は息を呑んだ。
――【和泉守藤原兼重】
前世の記憶が警鐘を鳴らす。
それは、かつて日本最強と謳われた剣豪・宮本武蔵が愛用したとされる名刀と同銘の業物だ。
なぜこの異世界にこれがあるのかは分からない。
だが、この刀に宿る尋常ではない「霊格」が、本物以上の切れ味を訴えている。
「ありがとう、母さん。必ず、大切にする」
「……愛しているわ、リーファス……」
母は安らかに息を引き取った。
私は涙を流さなかった。
ただ、母の魂が迷わず成仏できるよう、一晩中、静かに経を読み続けた。
傍らではクリスが、私に寄り添うように泣いていた。
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