白虎皇帝の試練―第一戦・武聖降臨―
6月4日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。
キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!
大牙帝国の最深部、白亜の巨石を緻密に積み上げて築かれた広大な皇城。その謁見の間は、文字通り肌を刺すような濃厚な殺気と、獣人特有の重圧に満ちあふれていた。
「西施よ。この細腕の、魔力もろくに感じられぬ人間が、あの忌々しい兵馬俑の軍勢をたった一人で退けたと申すか?」
玉座に傲然と腰を下ろすのは、大牙帝国を統べる白虎の皇帝――白虎王・ガウル。
筋骨隆々の圧倒的な巨体に、すべてを見透かすような鋭い眼光を放つ金色の瞳。その周囲には、帝国が誇る精鋭の武官たちが、獲物を狙う獰猛な野獣の如き視線で私を睨みつけていた。
「その通りだよ、父上! リーファスはボクの……いや、この国の窮地を救ってくれた本物の英雄なんだから!」
西施がその可愛らしい虎耳をピンと立て、頬を紅潮させて熱烈に訴える。しかし、居並ぶ武官の一人である熊族の巨漢・バランが、鼻で笑いながら一歩前に進み出た。
「ハッ! 冗談も休み休みに言ってください、西施様。魔力の気配すらまともに感じられぬ軟弱な人間のガキが、上位魔族の呪いが込められたゴーレムを壊せるはずがないでしょう。どうせ西域の小賢しい手品か幻術でも使って、あなた様を騙したに決まっている!」
フンッ、とバランが鼻を鳴らすだけで、周囲の空気がビリビリと震える。
この国の獣人たちは、魔力を体内に巡らせて肉体を限界突破させる「身体強化」を至高の武としている。だからこそ、私のように『魔霊反転』で力を内包し、霊力を完璧に隠蔽している存在は、彼らの目には単なる「無能な人間」にしか映らないようだ。
「……手品、か。まあ、そう見えるのなら別に否定はしないが」
私は軽く肩をすくめ、16歳の少年の顔にフランクな笑みを浮かべて応じた。前世を含めて色々な修羅場をくぐり抜けてきた私からすれば、この程度の挑発はそよ風のようなものだ。
だが、そのどこまでも平然とした私の態度が、かえって彼らのプライドに火をつけたらしい。
「貴様ッ! 皇帝陛下の御前であるぞ! その不遜な態度、この俺が五体バラバラにして叩き直してくれるわ!」
「待て、バラン」
激昂するバランを片手で制し、皇帝ガウルがニヤリと鋭い牙を覗かせた。
「面白い。リーファスと言ったか。貴殿の力が本物か偽物か、我が帝国の精鋭武官三人との手合わせで証明してみせよ。もしその力が本物なら、西施の言い分を認め、国を挙げた賓客として最大の礼を尽くそうではないか」
その言葉に、私の背後に控えていたディードリッドが、呆れたように、けれどどこか楽しげにため息をついた。
「やれやれ、手荒い歓迎ね。……ねえリーファス、あなたは手加減するつもり? 相手はかなりやる気のようだけれど」
「もちろん、怪我をさせない程度には手加減するさ。ディード、クリス、そこで見ていてくれ」
◇◇◇◇◇
皇城に併設された広大な演武場。その強固な石畳の上に立つ私の対面には、先ほどの熊族の武官・バランが禍々しい笑みを浮かべて立ち塞がっていた。
その身長は二メートルを優に超え、盛り上がった筋肉はまるで切り出してきた岩塊のようだ。
「小僧、その細い腕を根元から叩き折って、ここに足を踏み入れたことを骨の髄まで後悔させてやるわッ!」
バランが雄叫びとともに体内の魔力を爆発させ、爆音を立てて大地を蹴った。
獣人特有の圧倒的な身体強化。その猛烈な突進は、さながら牙を剥いた重戦車が超高速で迫りくるような狂気的な圧力を生み出していた。
対する私は、半歩だけ足を退き、静かに胸の前で印を結んで言霊を紡ぐ。
「――義勇は雲を衝き、忠義は天を照らす」
私の背後の空間が、一瞬にして濃厚な翡翠色の霊力によって染め上げられた。
そこに浮かび上がるのは、長く見事な髭を蓄え、緑の錦袍を纏った、威風堂々たる東洋の最強の武人の残像。
「――英霊降臨。『関羽雲長』」
ガキンッ!!!
次の瞬間、私の手には、私の身の丈を遥かに超える巨大な長柄の神兵が握られていた。
燦然と輝く青龍の彫刻が精緻に施された大刀――『青龍偃月刀』である。
「……な、にッ!?」
突進してくるバランの瞳に、明確な戦慄の光が走る。
私の纏う空気が、一瞬にして変貌したのだ。それは、たった一人で万軍の敵を押し留め、神として祀り上げられた「武神」の、圧倒的なまでの覇気。
「無礼だよ。――静まりなさい」
私は迫りくる重戦車のような巨躯に対して一歩も引かず、ただ静かに、絶妙な軌道で偃月刀を水平に振るった。
だが、それは刃で肉を断つ斬撃ではない。切っ先を紙一重で返し、あえて巨大な刃の「峰」で迎え撃つ、至高の一撃。
ドォォォォォォォンッ!!!!!
衝突の瞬間、演武場全体に凄まじい衝撃波が吹き荒れ、周囲で観戦していた武官たちが思わず腕で顔を覆った。
バランが放った全力の拳は、青龍偃月刀の腹へと吸い込まれるように完璧に受け流され、そのまま凄まじいカウンターの衝撃となって、バランの分厚い胸元へ「峰打ち」として叩き込まれたのだ。
「ガ、はッ……あ、が……っ!?」
獣人が誇る魔力による強化など、武神の威風の前には紙細工も同然。関羽の圧倒的な武威を宿した一撃は、バランの体内の魔力循環を一瞬で強制停止させ、その巨大な肉体を軽々と宙へと跳ね上げた。
バランは十メートル以上後方へと派手に吹き飛び、硬質な石畳の上を無様にゴロゴロと転がると、それ以上一言も発することなく、白目を剥いて完全に昏倒した。
「――峰打ちだよ。安心しなさい、死んではいない」
私は青龍偃月刀の石突を、トントン、と軽く地面に打ち付けた。
その重苦しい響きだけが、静まり返った演武場に不気味なほど鮮明に響き渡る。私は大刀を軽く肩に担ぎ、冷徹なまでの落ち着きを保ったまま、次に控える武官たちを見据えた。
「言ったはずだよ、小細工じゃないって。――さあ、次だ。まとめて来ても構わないよ」
観戦していた兵士や武官たちは、恐怖のあまり声も出ない。
自分たちが「手品」と嘲笑した少年の背後に、一国を滅ぼしかねない神のごとき武人の幻影を見たからだ。
「ひゃあぁ……っ! なんて格好良さなの……! やっぱりボクの目に狂いはなかったよぅ!」
施は胸の前で両拳をギュッと握りしめ、目をこれ以上ないほどキラキラと輝かせて私を見つめていた。
その横で、クリスだけが「当然です。我が主、リーファス様がこのような雑魚に遅れをとるはずがありません」と、我がことのように自慢げに胸を張るのだった。
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