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ハーレムの幻花、城壁砕く巨砲

6月4日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。

キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!

「……SSランク、ねえ」


白金プラチナの輝きすら霞む、鈍く妖しい光を放つ黒金ブラックゴールドのプレート。

 バチカンにある探索者ギルド本部の『円卓の間』で、私は手渡されたそれをつまみ上げ、光に透かした。刻まれているのは、既存の最高峰である『S』の文字をさらに重ねた『SS』の二文字だ。


「ああ」


デスクの向こうで、ギルドマスターが深く重々しく頷く。


「魔王――いや、大賢者ミネルヴァを単独で討伐した君の功績は、もはや人類の枠に収まらん。ギルド創設以来、初となる特例措置だ。……なお、ミネルヴァの件は世間には『魔王との激闘の末の殉職』として処理させてもらった。すまないが、探索者の頂点が人類の敵だったなどと、公にはできん」

「そっちの政治的な都合はどうでもいいさ。私だって余計な揉め事に巻き込まれるのは御免だ」


私が肩をすくめると、マスターは表情をさらに曇らせ、デスクに世界地図を広げた。


「だが、問題はここからだ。リーファス、君が報告してくれた『魔神の欠片』……魔王が死に際に世界中へばら撒いたあの七つの悪夢が、各地で不穏な動きを見せている」

「回収は難航しているようだな」

「難航どころか、手も足も出ん。我々の最新鋭の魔力探知レーダーには、一切の反応がないのだ。まるで世界そのものに溶け込んでいるかのように、完全に気配を消している」


最高峰の探索者たちすら、雲を掴むような状況に手をこまねいているらしい。

 だが、私に言わせれば、魔術師連中のレーダーがポンコツなのは当然だった。奴らが探しているのは「魔力マナ」の波長だ。しかし、あの欠片の本質はそこにはない。


「……そりゃ見つからないはずさ。総長、奴らの正体は魔力じゃない。ただの『穢れ』、邪気だ。お高くとまった魔術師たちには綺麗なマナに見えても、私(陰陽師)の鼻にはね、腐った魚をドブに一ヶ月放置したような強烈な悪臭にしか感じられないんだよ」

「やはり、君には視えているのか……!」


総長が縋るような目で私を見つめる。


「頼む、リーファス。その特別な『眼』と『鼻』を持つのは、世界中で君のパーティーだけだ。世界を裏から救う、最高の掃除屋クリーナーになってくれ」

「断る理由はない。私が目指す平穏な隠居生活のためにも、世界にこびりついたゴミ掃除は徹底的にやらせてもらう」


こうして、世界初にして唯一のSSランク探索者となった私と、クリス、ディードリットによる、世界規模の「欠片狩り」が幕を開けたのだった。


◇◇◇◇◇


――東洋と西洋が交差する砂漠の帝国「トゥラン皇国(現代のトルコ)」。


熱気を含んだ砂交じりの風が吹き抜ける中、活気に満ちた市場バザールを歩きながら、私は思わず眉をひそめていた。スパイスや羊肉の香ばしい匂いに混じって、あの鼻が曲がりそうな邪気が、すぐ近くから漂ってきている。


「……反応は、あの奥か」


私が指差したのは、海沿いにそびえ立つ、息を呑むほど巨大で堅牢なトプカプ宮殿。その最奥部、高い城壁に囲まれた一画から、ドス黒い瘴気の陽炎が立ち昇っている。


「あそこは『ハレム』ですね」


現地ガイドから情報を集めていたクリスが、地図を広げて眉を寄せた。


皇帝スルタンの私室であり、数多の妃たちが囲われている場所です。……当然ですが、皇帝以外の『男子は立ち入り禁止』。去勢された宦官かんがん以外が足を踏み入れれば、その場で首を刎ねられるそうです」

「正面突破で、あの邪魔な壁ごと叩き壊すか?」


ディードリットが、いつも通り物騒な笑顔で細剣レイピアの柄に手をかける。私は慌ててその手を制した。


「待て待て、ディード。今回の欠片はどうやら『寄生型』だ。ハレムの中の誰かに憑りついている可能性が高い。派手に暴れれば、宿主ごと逃げられるか、妃たちを人質にされて籠城されるのがオチだ」


つまり、隠密裏に潜入し、誰が偽物かを見極めて、ピンポイントで仕留めなければならない。

 だが、男である私は入れない。かと言って、中身が未知数の魔神を相手に、クリスとディードリットの二人だけで突入させるのはリスクが高すぎる。


「……はぁ。仕方ないか」


私は深くため息をつき、市場の路地裏にある、怪しげな高級衣料品店へと足を向けた。


「私が、中に入るしかないな」

「えっ? でもリーファス様は男性ですし……まさか」


クリスがハッとして私の顔を凝視する。

 我ながら業腹だが、今の私の肉体は、透き通るような銀髪に碧眼、線が細く整いすぎた美少年だ。前世のオッサンとしての記憶はともかく、素材としては「これ以上ないもの」が揃ってしまっている。


「……クリス、ディード。化粧道具を揃えてくれ。最高に『かぶいた』極上の女になって、正面から乗り込んでやるさ」


◇◇◇◇◇


その夜。トプカプ宮殿のハレムでは、皇帝の側近や妃たちが集まり、きらびやかな宴が開かれていた。

 そこに、旅の踊り子一座として潜り込むことに成功した私たちは、広間へと進み出た。


「あら、新しい踊り子かしら? 見たことのない顔ね」

「なんて美しい銀髪かしら……人形のようだわ」


周囲の女官や妃たちから、一斉にため息混じりのざわめきが上がる。

 薄いシルクのベールで顔を隠し、肌の露出度が極めて高い、豪奢な踊り子衣装に身を包んだ私――偽名「リーファ」は、広間の中央、月明かりが差し込む床へと立った。


(羞恥心なんてものは前世の還暦前に置いてきた。これはプロの任務だ。完璧な擬態カモフラージュさ……!)


下腹部――丹田に意識を集中させ、私は霊力を指先に集める。

 この場に潜む欠片の宿主を引きずり出すには、そこらの踊り子程度の芸では通用しない。この地に眠る、歴史上最も妖艶で、最も観客を狂わせた伝説のベリーダンサーの魂を呼び起こす。


「――【英霊降臨】。ネスリン・トプカプ」


指先に、霊力で具現化した真鍮製の小型シンバル「ジル」が装着される。同時に、背筋を熱い電流が駆け抜けるような、妖艶で情熱的な感覚が私を支配した。


チンッ、チリリンッ……。


私が軽く指を鳴らすと、そのあまりにも澄んだ音色が、会場の雑音を一瞬で消し去った。

 バックで楽師に変装しているクリスたちの太鼓ダルブッカが、小気味いいリズムを刻み始める。


「――さあ、踊りましょうか」


ベールの奥で不敵に微笑み、私は滑らかに、そして爆発的なしなやかさで腰をくねらせた。

 ベリーダンス。古来より豊穣と神秘、そして神への祈りを込めたとされる、肉体の芸術。

 今の私の体は、まるで骨がないかのようにうねり、きらめく銀髪が汗とともに夜風に舞う。


ジャラン! ジャラン! ジャララランッ!!


ジルの音が激しさを増していく。カスタネットを遥かに凌駕する、超高速の連打。

 だが、これはただの楽器演奏ではない。音の波紋に、私の陰陽術の霊力を乗せた「魔除けのソナー」だ。会場に満ちる偽りの華やかさを剥ぎ取り、隠れている「穢れ」を無理やり炙り出す。


「すごい……リーファス様、なんて色気ですか……」

「……同性として、少し複雑な気分ですね。あなたは私よりも、遥かに女性らしく見えますよ」


脇で伴奏に徹しているクリスとディードリットが、信じられないものを見る目で頬を染めている。もちろん、観客である皇帝や妃たちも、瞬きすら忘れて私の独壇場に釘付けだった。


その時だ。

 会場の最も上座、皇帝の隣に座っていた「筆頭妃」の顔が、突如として苦痛に歪んだ。


「ギ、ギギギ……ッ! 耳障りな音だ……! 私の、私の頭に響くのよォォォッ!!」


彼女の全身から、どす黒い悪臭を放つ霧が噴き出す。その美しい顔が、見る影もなく醜悪な鬼女へと変貌していく。

 ビンゴだ。あの女が欠片の宿主だ!


「グオオオオオッ!! 貴様、ただの踊り子ではないな!?」


正体を現した魔神の欠片――『暴食のジン』が、筆頭妃の肉体を依り代にしながら、天井に届くほどの巨体へと膨れ上がる。宴の席は一瞬で悲鳴と怒号の渦に包まれた。


「キャアアアアッ! 化け物よ!」

「衛兵! 皇帝陛下をお守りしろ!」


私は顔のベールを乱暴にかなぐり捨て、ジルの音を止めた。


「せっかくの気分のいい踊りを邪魔してくれたね。お客様、暴れるなら外でやってもらおうか」

「人間風情が、生意気なァ! 骨ごと喰らってくれるわ!」


ジンが、大鎌のような巨大な爪を振り下ろす。ハレムの美しい大理石の柱がへし折れ、天井が崩落を始めた。私はバックステップで華麗にそれを躱しつつ、動きの邪魔になるドレスの裾を豪快に破り捨てた。


「クリス、妃たちと皇帝を急いで外へ避難させろ! ディード、周りの瓦礫の露払いを頼む!」

「はいっ!」「任せなさい、あなたは敵に集中を!」


敵の全身は、ダイヤモンドをも凌ぐ硬質の「魔晶石」で覆われており、通常の剣撃では傷一つつけられない。しかも、ここは歴史ある宮殿の内部だ。派手な範囲魔法を使えば、周囲の区画ごと崩壊して大惨事になる。

 必要なのは、超ピンポイントの、絶対的な一点突破の破壊力。

 どんな堅牢な城壁をも一撃で粉砕する、歴史上最強の破壊の王――。


私はクリスが投げ込んできた上着を肩に羽織り、前世の記憶にある「征服王」の姿を己の魂に重ね合わせた。一四五三年、難攻不落と言われたコンスタンティノープルを陥落させ、新時代を切り開いた若き覇王。


「――【英霊降臨】。スルタン・メフメト二世」


私の頭上に、巨大なターバンと、すべてを平伏させる王の覇気が宿る。その手には、霊力によって物質化された、鉄の塊のような重厚な戦棍メイスが握られていた。


「我が庭で狼藉を働くとは、いい度胸じゃないか」


口調が、自然と冷徹な王のそれへと変わる。私は一歩を踏み出し、振り下ろされたジンの巨爪を、手にした戦棍で真正面から受け止めた。


ガギィィィィィンッ!!!


空間を震わせる重金属音。筋力ではない。王としての「圧倒的な霊圧」が、魔神の怪力を完全に押し返し、逆にジンの巨体を仰け反らせる。


「硬いな。まるでテオドシウスの城壁だ」

「グヌヌ……何者だ貴様ァ! その力、ただの女ではないな!?」

「女? 誰の目を見てを言っている。……私はこの世を統べる王だ」


私は不敵に口角を上げると、後ろに跳躍して十分な距離を取った。

 戦棍での殴り合いも一興だが、これほど頑丈な引きこもりを仕留めるには、やはり「彼」の代名詞が必要だ。


私は両手を広げ、崩れかけた宮殿の壁に向かって、高らかに詠唱を紡ぐ。


「開け、歴史を変える雷鳴の門。石の時代を終わらせ、火薬の時代を告げる巨神よ――」


ズズズズズズ……ッ!!


大気が激しく歪み、ハレムの床がその重量に耐えかねて悲鳴を上げる。

 私の背後に現れたのは、全長八メートルを超える、青銅で鋳造された不気味な巨獣。人類の戦争史において、最も有名な攻城砲。


「――【ウルバンの巨砲バシリカ】」


「な、なんだその不気味な鉄の筒は……!?」

「お前のような頑固な殻を、中身ごと吹き飛ばすための鍵さ」


私は愛おし気に巨砲の砲身を撫で、その照準をジンの胸部にあるコアへと完全に定めた。

 本来、室内でぶっ放すようなサイズではない。だが、今の私にはSSランクの霊力制御がある。弾道を極限まで圧縮し、余計な衝撃波を周囲に散らさず、標的のラインだけを消し去るコントロール。


「装填完了。……さあ、消え失せろ」


ドォォォォォォォォォォン!!!!


鼓膜をダイレクトに揺さぶる、文字通りの爆音。

 砲口から放たれたのは、直径六十センチの石弾――ではなく、私の霊力を極限まで超圧縮した、純粋な破壊エネルギーの奔流だ。それは一直線に空気を焼き焦がしながら、ジンが展開した多重の魔晶石障壁を、まるで薄紙のように一瞬で消滅させた。


「バ、カなァァァッ!? 我が絶対防御がぁぁぁーーー!?」


ズドンッ!!!


光の弾丸はジンの胸部を容赦なく貫通し、そのまま背後にある宮殿の分厚い外壁に、綺麗な丸い風穴を開けて夜空へと突き抜けていった。その風穴からは、皮肉なほど美しい満月が見えている。


「……コンスタンティノープルの城壁に比べれば、随分と脆いチョークの壁だったね」


私は砲身から立ち昇る白煙を軽く手で払い、消滅していくジンからポロリと落ちた、禍々しく脈動する「黒い欠片」を拾い上げた。

 魔神の欠片、まずは一つ目確保だ。


◇◇◇◇◇


戦闘が終わり、静寂を取り戻したハレム。

 憑き物が落ちたように穏やかな顔で気絶している筆頭妃の無事を確認し、私はホッと息を吐いた。

 だが、本当のトラブルはここからだった。


「何事だ! 化け物はどこへ行った! ……む、そなたは……?」


ジャラジャラと甲冑の音を立て、本物の皇帝スルタンが衛兵たちを引き連れて踏み込んできたのだ。

 そして、皇帝の視線が私に固定される。


そこには、激しい戦闘でところどころ破れたセクシーな踊り子衣装を纏い、月明かりを浴びながら、巨大な大砲を背景に佇む銀髪の絶世の美女(中身は55歳+αの元オッサン)がいた。

 戦火の中で凛として立つその姿は、あまりにも神々しく、そして妖艶に映ったのだろう。


「おお……なんと猛々しく、そして美しい……。そなたこそ、余がずっと追い求めていた運命の女性ひとだ……!」


皇帝は顔をボッと赤らめ、うっとりとした、完全に恋に落ちた男の目でこちらへ歩み寄ってくる。


(嘘だろおい。この流れは、まさか求婚されるやつか……!?)


「……クリス、ディード! ずらかるぞ!」

「ええっ!? リーファス様!?」

「ふふ、逃げるが勝ちね!」


私は慌てて陰陽術の『五遁の術・煙幕』を足元に叩きつけ、凄まじい白煙が広間を覆う。

 その混乱に乗じて、私は先ほどウルバンの巨砲が綺麗に開けてくれた壁の穴から、夜の街へと飛び出した。


「ああっ! 待ってくれ、余の麗しの君よーーーッ!」


背後から聞こえる皇帝の悲痛な叫びを置き去りにしながら、私たちは夜のイスタンブールの美しい街並みを全力で駆け抜けたのだった。


◇◇◇◇◇


「はぁ、はぁ……。欠片の回収より、最後の最後が一番疲れたよ……」


命からがら宿へと戻り、踊り子衣装を脱ぎ捨てながら私がぼやくと、隣でクリスとディードリットがニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていた。


「でも、リーファス様。あのベリーダンス……本当に素敵でした。また私、見たいです」

「そうね。あなたは私よりもずっと腰の使い方が滑らかだったわよ? 機会があれば、ぜひまたプライベートで披露してよ」

「二度とやらん!! ……絶対に、お断りだ!」


私は顔を真っ赤にしながら、二人に強くクギを刺した。

 こうして、一つ目の欠片の回収は、私の生涯最大の黒歴史(女装伝説)という重すぎる代償とともに完了したのだった。


残る欠片は、あと六つ。


挿絵(By みてみん)

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