大賢者の反逆と空中神殿の攻防、そして欠片の飛散
6月2日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。
キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!
その悲劇は、リーファスたちが超深層海底で激闘を繰り広げている最中、バチカン本部の奥深くで静かに、しかし決定的に幕を開けていた。
主力であるSランク探索者たちが世界各地へ遠ざけられる中、バチカンの留守を『大賢者』ミネルヴァと共に守っていた者がいた。Sランク探索者にして、闇に生きる最強の隠密――『影の王』ハサンである。
普段ならばどれほどの手練れであってもハサンの影を捉えることすら叶わない。しかし、身内であるはずのミネルヴァの裏切りを、彼は予期できなかった。
ミネルヴァが仕掛けた巧妙な誘導により、ハサンはバチカン地下の特殊結界――魔法の罠『光の空間』へと誘い込まれてしまう。
そこは、影の王たる彼の十割の力を封殺する、最悪の天敵とも言える空間だった。
一切の死角を許さない盲目的なまでの純白の光が空間を支配し、ハサンの生命線である「影」のすべてを完全に消し去る。さらに、空間に満ちる聖なる魔力は、ハサンのもう一つの武器である「毒魔法」を瞬時に浄化・無効化していった。
「くっ……! ミネルヴァ、貴様、正気か……っ!?」
「ふふ、おいたが過ぎるわね、影のネズミ。新しい魔王の誕生に、あなたの闇は邪魔なのよ」
得意の暗殺術と毒を完璧に封じられ、ミネルヴァの無慈悲な極大魔法を至近距離で浴びたハサンは、肉体を激しく損壊させる大怪我を負う。
だが、流石は修羅の場を潜り抜けてきたSランク。ハサンは己の肉体が焼き切れるほどの激痛に耐えながら、辛うじて残った一瞬の隙を突き、血反吐をぶちまけながら決死の脱出を果たしたのだった。
満身創痍、いつ命の灯火が消えてもおかしくない瀕死の状態でハサンが辿り着いたのは、ギルド総長エルドリンの元だった。
「総長……ミネルヴァが、反逆を……。奴の正体は……魔人四天王……『強欲の、ミネルヴァ』……。地下の、封印地が……破られる……っ!!」
それだけを告げ、力尽き倒れたハサン。
――その直後であった。海底から帰還途中のリーファスたちの通信魔道具から、エルドリンの血を吐くような悲痛な叫び声が響き渡ったのは。
「――リーファス、聞こえるか! ハサンが重傷を負わされた! ミネルヴァが裏切ったのだ! 奴の真の目的は、バチカンの地下深くに眠る『神の封印地』の結界を内側から破壊し、自らの肉体を『魔王の新たな器』として捧げることだった……! すでにバチカンは――」
通信はそこで、凄まじい魔力のノイズとともに途絶した。
ミネルヴァはハサンの決死の報告すらあざ笑うかのように、神の封印地に奉られていた、無尽蔵にエネルギーを吸い上げる装置にして空中要塞の起動キー――『神魔石』をその身に取り込み、計画を最終段階へと移行させたのだ。
急遽、潜水艦『伊19』を浮上させ、イタリアの港からバチカンへと急行したリーファスたち。
しかし、彼らがそこで目にしたのは、すでに手遅れとも言える絶望的な光景だった。
バチカンの上空には、神魔石の力によって封印を解かれた超巨大なロストテクノロジー――禍々しい『逆さ十字の空中神殿』が不気味に浮上し、天を完全に覆い尽くしていた。神殿から溢れ出る瘴気は雲をどす黒く染め上げ、空を埋め尽くんばかりの無数のデーモンの群れが召喚され、世界終焉の羽音を響かせている。
地上最強のSランクたちすら不在の状況。見上げる空を覆う終末の光景にクリスとディードリットが息を呑む中、しかし、銀髪の若き絶対強者――リーファス・カモの碧眼に、焦りの色は微塵もなかった。
「空を飛ぶハエの群れか。派手に歓迎してくれるじゃないか。なら――今度はこれの出番だ!」
リーファスは不敵に口角を上げると、自らの肉体から、限界を知らない膨大な白銀の霊力を天に向けて解き放った。
「――英霊降臨。我が呼び声に応えよ、連合艦隊司令長官――『山本五十六』。そして、その魂の拠り所たる鋼鉄の浮沈艦――戦艦『武蔵』!!」
バチカンの上空、何もない空間の局所が激しく歪み、突入した白銀の霊光が爆発した。
次の瞬間、デーモンの群れを押し退けるようにして、そこに突如として姿を現したのは、人類の歴史上最大最強を誇った超弩級戦艦『武蔵』の、圧倒的な顕現であった。
通常であれば海に浮かぶはずの巨大な鋼鉄の城。しかし、リーファスの無双の霊力によって構成されたその巨艦は、重力の概念を完全に無視し、天空へと傲然と固定・鎮座している。
「主砲、全門開け。……撃ちー方ーー始め!」
リーファスの静かな、しかし絶対的な号令が響き渡る。
その瞬間、武蔵の誇る三連装四十六センチ砲が一斉に火を噴いた。
地響きどころか空間そのものを引き裂き、霊力を極限まで圧縮した極太の光条が天空を容赦なく薙ぎ払う。それは空を埋め尽くしていたデーモンの群れを一瞬にして消滅させ、その背後に浮かぶ『逆さ十字の空中神殿』へと容赦なく直撃した。
さらに、爆風を逃れたわずかな残敵に対しても、艦体に無数に配備された対空砲火が雨霰と降り注ぎ、肉片一つ残さず粉砕していく。
天空で巨大な爆炎に包まれた空中神殿は、瞬く間に浮力を失い、その巨体を真っ二つに割りながら、凄まじい轟音を立てて波立つ地中海へと墜落していった。
「クリス、ディード! 落ちた神殿に直接乗り込む。まだ敵の核は生きている!」
「はいっ、リーファス様! 空間跳躍の準備はいつでも!」
「ふふ、海中神殿の次は空飛ぶ城の探索ですか。本当に飽きないわね、あなたといると!」
ディードリットが熱い信頼の籠もった瞳でリーファスを見つめ、レイピアを引き抜く。
クリスの空間移動とディードリットの風魔法の完璧なサポートを受け、三人は海面へと半壊しながら沈みゆく神殿の最深部へと、風の如き速度で突入していった。
瓦礫が崩れ落ちる玉座の間。そこで三人を待ち受けていたのは、魔王の瘴気、そして神魔石のエネルギーと完全に融合し、艶やかな大人の美女へと容姿を変貌させた『強欲のミネルヴァ』であった。
「私の……三百年の悲願を……よくもその泥足で踏み荒らしてくれたわね、イレギュラーな坊やァ!!」
激昂したミネルヴァが杖を突き出すと、彼女の体内に取り込まれた神魔石が激しく明滅した。
火・水・土・風・光・闇――この世界のあらゆる全属性を融合・超圧縮させた、神の領域の規格外魔法『天地創造』。触れれば海もろとも空間そのものが消滅する、文字通りの絶望的な光の奔流がリーファスたちへ向けて放たれる。
「お前の三百年の絶望と執念――まとめて、いただく!――『魔霊反転』」
リーファスは一歩も引くことなく、正面からその星すら砕く光の奔流を受け止めた。
ドォォォォォォンッ!!
ミネルヴァの究極の破壊魔法は、しかし、銀髪の少年の目の前でピタリと動きを止め、激しい白銀の霊力へとその性質を「反転」させられていく。
(……は? 何が、起きているの……!?)
ミネルヴァは自分の目を疑った。
消滅しているのではない。まるで飢えた砂漠が水を一滴残さず吸い込むように、彼女の極大魔力が、少年の内側へと「霊力」として変換され、喰い尽くされているのだ。
(馬鹿な、あり得ない! 彼は魔力を持たない無能のはず……! なのに、なぜ私の究極の術が通じない!? こいつは……我ら魔術師の、絶対的な天敵……!)
三百年の執念が詰まったエネルギーをすべて喰らい尽くし、リーファスの霊力はかつてない神域の次元へと到達した。
「ごちそうさま。おかげで、とんでもない『無茶』の再現ができそうだ」
ミネルヴァの三百年の執念を喰らい尽くし、体内を満たす霊力はもはや飽和状態を越えていた。
これだけのエネルギーがあるのなら、前世の現代日本(あの世界)では霊力不足で決して叶わなかった、あの「禁忌」に手が届く。
――二重降臨。
この世界で再び『英霊の座』へアクセスした際、改めて痛感したルールがある。一度に降ろせる英霊は一人のみ。二人の霊格を同時に脳内に叩き込めば、その巨大すぎる二つの自我の衝突に、人間の魂など一瞬で焼き切れるからだ。55年間の前世の経験を以てしても、それは絶対に破れない鉄則のはずだった。
だが、今の私の器は、神域の霊力によって強制的に限界突破している。
視界がモノクロームに染まるほどの集中の中、脳内の演算回路を強引に「二分割」する。
高次元の『英霊の座』へ向けて、二条のチャネリング回線を同時に接続――。
一軸、固定。日ノ本最強の剣聖、宮本武蔵。
二軸、固定。星の聖剣を携えし騎士王、アーサー・ペンドラゴン。
ドクン!! と、脳髄が沸騰するような激痛が魂を貫く。
東洋の無敗の剣理と、西洋の絶対的な騎士の誇り。相反する二つの巨大な霊格がリーファスの精神を内側から引き裂こうとするが、彼は不敵な笑みを崩さぬまま、己の無双の意志でその双方を完璧に支配し、我が身へと「同調」させた。
「――英霊降臨。『宮本武蔵』。――さらに連鎖降臨、騎士王『アーサー・ペンドラゴン』!」
リーファスの両手に握られたのは、眩いばかりの黄金の絶対光を放つ、全く同じ二振りの神造兵装――聖剣『エクスカリバー』。
最強の破壊力を持つ神の剣を、天下無双の剣豪の『二刀流(二天一流)』で振るうという、異世界の理を根底からあざ笑うかのような理外の暴挙。
「いく!」
神速の踏み込み。一歩で空間を跨いだリーファスに対し、ミネルヴァは恐怖に顔を引き攣らせ、慌てて数十重にも及ぶ絶対防御結界を展開する。
(ふざけるな、ふざけるな! 神話の剣を二振りも同時に具現化するなど、人間の器で耐えられるはずが――)
だが、その思考が完結することは二度となかった。
結界の強弱や魔力の流れといった理屈の一切を無視し、ただ極限まで研ぎ澄まされた天下無双の「剣の理」が、ミネルヴァの絶対防御を薄紙のように一瞬で切り裂いていく。
「あ、ぁ……」
すれ違いざまに放たれた、黄金の十字斬。
それが、ミネルヴァの胸の奥深く、神魔石を宿した魔王の核の直前まで一瞬にして刃を届かせていた。
自らの敗北と死を悟ったミネルヴァは、口元からドロリと黒い血を流しながらも、狂気に満ちた笑みをその顔に浮かべた。
「あはは……あははは! 素晴らしいわ、イレギュラー! だが、遅かったのよ……!」
「何……?」
「この私の体内にある神魔石は、すでにこの星の魔力ラインから十分なエネルギーを吸い上げている! ここで私を殺し、核を破壊しようとも無駄よ! 砕け散った神魔石は『魔神の欠片』となり、無数の流星となって世界中に降り注ぐわ!」
ミネルヴァの肉体が、内側から抑えきれない黒紅色の光を放ち始める。
「欠片を宿した魔物や人間は、新たな魔王の眷属として覚醒する! 一つの脅威を退けたところで、今度は世界中で同時に『魔王級の災厄』が産声を上げるのよ! 私の悲願は……決して、終わらな……ッ!」
ミネルヴァの哄笑を断ち切るように、リーファスが残る一刀を冷徹に振り抜いた。
神魔石ごと、魔王の核が、完全に両断される。
ミネルヴァは光の粒子となって崩れ落ちたが、彼女の予言通り、真っ二つに割れた核は不気味な脈動とともに、大爆発を起こした。
『――グオォォォォォォォォ!!』
魔王の断末魔のような咆哮とともに、砕け散った神魔石の欠片は、無数の「黒い流星」となって天高く打ち上がり、世界の四方八方へと飛び散っていった。
「……ミネルヴァの言った通り、これが『魔神の欠片』か」
崩壊し、完全に海へと沈みゆく神殿から間一パックで脱出したリーファスたちは、夕暮れの空を不気味に切り裂いて世界各地へ降り注ぐ、黒い流星群を見つめていた。
それは、バチカンの危機を救った代償にして、世界中を舞台とする新たな激闘の幕開けであった。
「どうやら、ゆっくりお茶を飲んで休む時間は、まだ先になりそうだ」
「ええ。ですが、どこに飛んでいこうと、私が空間魔法で追い詰めてみせます!」
「ふふっ、エルフの寿命は長いのよ。地の果て、世界の果てまで付き合うわよ、リーファス」
銀髪の美少年と、彼を全幅の信頼で支える闇魔術師、そして絶剣のエルフ。
彼らの「魔を祓う」果てしない旅は、新たな天地へと続いていくのだった。
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