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無軌跡の死神と、深海の絶望

6月1日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。

キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!

「――撃てッ!」


リーファスの冷徹な号令が響くと同時に、伊19の艦首から四発の『九三式酸素魚雷』が静かに撃ち出された。

 かつてリーファスの前世の地球において、世界の海軍を震撼させたこの兵器の最大の特長は、航跡となる「雷跡(気泡)」を一切残さない点にある。

 ただでさえ光の届かない深度三千メートルの漆黒。そこへ放たれた霊力の塊は、魔力感知すらも完全に欺き、文字通り「見えざる死神」となって深海の魔物たちの群れへと音もなく肉薄した。


『ギシャァァァッ――!?』


先頭で獰猛な触手を蠢かせていた数十メートル級の大王烏賊クラーケンの巨体が、何の前触れもなく、内側から爆発的に弾け飛んだ。

 着弾の瞬間、魚雷に圧縮されていた霊力が一気に解放され、盲目的なまでの浄化の白銀光が深海を一瞬で照らし出す。


『な、何事だ!? 何が起きたというのだ、この深海で!?』


珊瑚の玉座に座る四天王ダゴンが驚愕に目を見開く間にも、第二、第三、第四の不可視の牙が、次々と深海魔物の中央へと突き刺さる。音すらも置き去りにする圧倒的な衝撃波と、悪を絶対に許さない霊力の奔流。それは、深海の闇にうごめいていた何百もの眷属たちを、悲鳴を上げる暇さえ与えず、塵一つ残さず消し去っていった。


自慢の軍勢が秒単位で消滅していく惨状を見せつけられたダゴンは、その醜悪な顔を怒りと焦燥で激しく歪ませた。


『ええい、小癪な鉄屑めが! ならば、深海そのものの絶対的な重圧で、その小賢しい筒ごとひしゃげて肉塊になるが良いわ!!』


ダゴンは狂ったように三叉槍トライデントを高く掲げ、背後のマナラインの結節点から、この世界の莫大な魔力を強引に吸い上げた。

 周囲の海水が異常な密度で圧縮され、ドス黒い瘴気を孕んだ「超高水圧の激流」へと姿を変えていく。それは四天王としての絶大な力と、深海という極限の環境が合わさり初めて成立する、絶対回避不能の広域殺戮魔法であった。


『沈め!! 【海神の圧殺渦リヴァイアサン・プレス】!!』


伊19の数十倍にも達する質量を持った黒き質量兵器が、すべてを噛み砕く巨大な顎のように、凄まじい大震動を伴って襲い掛かる。

 その終末的な光景に、艦内の環境を維持していたクリスとディードリットの顔が、一瞬で強張った。


「リーファス様……っ! これほどの質量と密度、私とディードさんの防御魔法の許容量を遥かに超えています……っ!」

「慌てる必要はないよ、二人とも。お前たちの美しい魔法は、ただこの艦内の快適な環境を維持することだけに集中していればいい」


迫り来る死の激流を前にしてなお、リーファスの声音は、深夜の静まり返った湖面のように完全に凪いでいた。

 彼は艦長席からゆっくりと、しかし絶対的な強者の風格を纏って立ち上がると、コンソールへと両手を強く押し当て、不敵な笑みを深く刻んだ。


「相手が『魔術』で押し潰そうというのなら――それは完全に、私の土俵だ」


漆黒の激流が艦体を完全に呑み込もうとした、まさにその刹那。リーファスの碧眼が、暗闇を切り裂く烈々たる霊光を放った。


「――『魔霊反転まれいはんてん』」


ドォォォォォォンッ!!!!!


潜水艦に直撃し、すべてを粉砕するはずだったドス黒い激流は――しかし、鋼鉄の装甲に傷一つ付けることなく、艦の表面に触れた瞬間にピタリと、まるで硝子の壁に阻まれたかのように動きを止めた。

 いや、動きを止めたのではない。激流を構成していたダゴンの最大級の魔力が、伊19の艦体を通じて、リーファスの肉体内へと猛烈な勢いで「霊力」へと反転・吸収されているのだ。


『な、に……っ!? 我が最大最強の魔力が、吸い取られて……いるだと!? あり得ん、人間の身でこのような理外の芸当ができてたまるかァ!!』

「ごちそうさま。深海の王を気取るわりには、いささか大雑把な魔力だな。だが――そっくりそのまま、私の糧にさせてもらうよ」


リーファスの超効率的な霊力変換により、エネルギーを極限まで充填された『伊19』の漆黒の艦体が、内側から溢れ出るような神聖な「黄金のオーラ」を纏い始める。

 ダゴンが勝利を確信して放った絶望の一撃は、リーファスにとっては、自らの不沈艦を完全強化するための極上のエネルギータンクに過ぎなかったのだ。


「クリス、ディード。これが私たちの、本当の『反撃』だ。よく見ておくんだ」

「……! はいっ、どこまでも付いていきます、リーファス様!」

「本当に……あなたはどこまで行けば気が済むのよ。私の想像なんか、最初から追いつきもしないんだから……っ!」


ディードリットは呆れたように首を振りつつも、その美しい瞳には、目の前の若き主への深い畏怖と、抗いようのない熱い魅了の光が宿っていた。

 ダゴンから奪い、数百倍に膨れ上がらせた霊力を完璧に掌握したリーファスは、再び木梨鷹一の誇り高き魂と深くリンクする。


「全門、次発装填。……今度は手加減抜きだ。その汚らわしいマナラインの魔力ごと、貴様をこの海から祓う」


黄金に輝く不沈艦の艦首が、玉座の上で完全に恐慌状態に陥っているダゴンへと、真っ直ぐに照準を合わせた。


『ひ、ひぃぃぃっ……!? 待て、待て待て待て! 交渉だ、命だけは――』

「――全門斉射フル・ファイヤ!。深海の藻屑となるがいい!!」


リーファスの静かな、しかし絶対の死を告げる声が引き金となった。

 ダゴンの魔力によって極限までブーストされ、限界を超えて生成された六発の巨大な霊力魚雷が、一斉に解き放たれる。

 それらはもはや、牙を隠す必要すらない。深海の闇を暴力的なまでの光で切り裂く「黄金の流星群」となり、逃げ場のないダゴンと、その象徴たる珊瑚の玉座へと容赦なく突き刺さった。


『オォォォォォォォォォォッ――!?』


魔人四天王『海淵のダゴン』の断末魔は、地地中海の底を揺るがす圧倒的な浄化の光の渦の中へと、跡形もなくかき消された。

 やがて激しい闪光がゆっくりと収まると、そこには醜悪な敵の姿も、結節点をドス黒く汚染していた禍々しい瘴気もなく、ただ、どこまでも静かで、清らかな本来の深海だけが広がっていた。


「……敵将の撃破を完了。これにより、マナラインの完全なる浄化を確認した」


リーファスが何事もなかったかのように淡々と告げると、艦内にはクリスとディードリットの、心からの弾んだ歓声が響き渡った。

 人類未踏の絶対の死地とされた深海の戦いは、無双の『魔霊反転』を操るリーファスの、文字通りの完全勝利で幕を閉じたのだった。


本日もお読みいただきありがとうございます!

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