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アルハンブラの幻夢と、地に降る救国の英雄

6月1日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。

キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!

ミス・ビードル号が遥かなる地中海を優雅に越え、スペイン王国の南部に位置する古都グラナダへと到達した。

 かつて「アンダルシアの宝石」とまで謳われた、白壁と緑が織りなす美しい古代アルハンブラ宮殿――しかし現在、その荘厳な城塞は天を突くような赤黒い瘴気と、視界を遮る濃密な魔霧に包まれ、禍々しい魔王軍の巣窟へと成り果てていた。


重厚な宮殿の内部へと足を踏み入れたリーファス一行を待ち受けていたのは、四天王『幻惑のカーミラ』が張り巡らせた、空間そのものを狂わせる『無限の水鏡迷宮』であった。

 観光名所として名高い『ライオンの中庭』へと通じる美しい水路は、そのすべてが狂気の幻術を媒介する触媒と化しており、歩みを進めるたびに景色がグニャリとねじ曲がる。

 さらに不気味な魔霧の奥から姿を現したのは、先行して討伐に向かい、幻術の軍門に降って自我を奪われた地元のAランク探索者たちであった。彼らは虚ろな血走った目で、かつての同胞であるはずのリーファスたちへ向け、殺意に満ちた武器を構えて襲い掛かってくる。


「リーファス様、彼らはカーミラの汚らわしい術に操られているだけです。殺さず、私の空間ごと縛り上げます!」

「頼むよ、クリス。彼らは被害者だ、傷つけずに無力化してあげてくれ」

「御意のままに――『影縛り(シャドウ・バインド)』!」


クリスの影から伸びた無数の漆黒の触手が、襲い来る探索者たちの足元へと瞬時に這い回り、彼らの影を床へと強固に縫い止めていく。さらにクリスは空間固定の術式を重ね、彼らの肉体的な自由を完全に奪い去った。


「ディード、君の風で幻影を掃うんだ!」

「ええ。小賢しい幻影など、私の風で一欠片も残さず吹き飛ばすわ!」


ディードリットがその愛用のレイピアを鋭く一閃させると、宮殿内に猛烈な暴風の渦が巻き起こった。その鋭利な烈風は、周囲に立ち込めていた幻惑の霧を切り裂き、行く手を阻んでいた偽物の鏡壁を次々と粉砕していく。


「あなたは本当に、どんな異常空間であっても動じないのね……!」


ディードリットが頼もしい主の背中に視線を向け、感嘆の吐息を漏らす。Sランクの風の精霊魔法と、闇の空間魔法。二人の完璧な露払いによって、四天王が誇る迷宮のギミックは、歩を進めるごとにことごとく無力化されていった。


「……忌々しい小娘どもが! ええい、ならば私が直接、その小生意気な首を撥ねてやるわ!」


宮殿の最深部、かつて王が座していた広大な『王座の間』。その中央に、昏い魔力を滾らせながらついにカーミラがその姿を現した。

 漆黒のコウモリの羽を背中に羽ばたかせた妖艶な吸血鬼は、計算を狂わされた憎悪にその美しい顔を歪め、リーファスを鋭く睨みつける。


「人間風情が、私の芸術的な迷宮を土足で荒らし、汚してくれたわね……! その薄汚い魂ごと、二度と目覚めぬ永遠の悪夢へと沈めてあげるわ!」


カーミラが両手を天へと広げると、宮殿中の水路を満たしていた水という水がどす黒い血液のように染まり、彼女の最大最強の精神破壊魔法『精神破壊の幻夢ナイトメア・ブラッド』が解き放たれた。全方位から逃げ場なく押し寄せる、精神を内側から腐らせる呪いの波動が、リーファスを呑み込もうと殺到する。


だが、リーファスは眉一つ動かさず、むしろ嘲笑うかのように一歩前へと踏み出した。


「悪夢だって? 悪霊の怨念や呪詛の類いなら、これまでに嫌というほど浴びてきた身でね。私を呪いたければ、せめて神の呪いでも持ってこないと退屈だよ」

――『魔霊反転まれいはんてん』。


カーミラが放った必殺の精神破壊術式は、リーファスの身体に触れた瞬間、その因果を完全に反転させられ、すべて清らかな「霊力」へと変換されて彼の細胞へと吸収されていった。

 四天王の最大魔力という極上のエネルギーを喰らい、リーファスの全身から、陽炎のような白銀の圧倒的な霊力オーラが爆発的に立ち上る。


「な、私の……私の最強の精神魔法が、文字通り吸い込まれて……消えた……!?」


驚愕と恐怖に目を見開くカーミラに対し、リーファスは静かに、そして優雅に指先で印を結んだ。


「小細工の幻術はもう退屈だ。ここはスペイン――古きヒスパニアの地。ならば、この大地に眠る、最も相応しい『本物』の力を見せてあげるよ」


極限まで高まったリーファスの白銀の霊力が、かつてこの地において異民族を打ち払い、国を救ったと謳われる無敗の英雄の魂を呼び覚ます。


「――英霊降臨。我が探求に応えよ、救国の英雄――『エル・シッド』。そしてその愛刀――『ティソナ』!」


眩い黄金の光と共に、リーファスの右手に顕現したのは、精緻な細工が施された黄金の柄を持つ伝説の名剣アスカロン……ではなく、このスペインの守護刀『ティソナ』であった。

 ――名剣ティソナ。それは、資格なき不当な侵略者がその刃を前にした時、魂の底から恐怖し、戦意を完全に喪失するという絶大な『威伏』の伝承を持つ神兵。

 リーファスの魔を祓う霊力と、スペインの大地そのものが記憶する救国の英雄の覇気が完璧に共鳴し、アルハンブラ宮殿全体を激しく震わせた。


「ヒィッ……!? あ、あああ……っ! 身体が、動か、ない……!?」


カーミラは、言葉を失って無様に一歩後ずさった。

 彼女が維持しようとしていた幻術の結界が、名剣ティソナから放たれる圧倒的な『正気の波動』と『王者の覇気』の前に、まるで薄いガラス細工のようにパリン、パリンと音を立てて粉々に砕け散っていく。

 不当な侵略者である魔王軍・四天王としての罪深き魂に、ティソナの持つ「絶対的な恐怖」が直接叩き込まれ、彼女の身体はガタガタと震えが止まらなくなる。


「ま、待って! 頼むから来ないで……来ないでェェェッ!」


先ほどまでの妖艶な態度はどこへやら、恐怖のあまり膝を突き、無様に床を這いながら命乞いをする四天王に対し、リーファスは冷徹な碧眼で見下ろし、静かに剣を振り上げた。


「他人の精神を弄び、悪夢に落として楽しんでいたのだ。今度は自分が、己の生み出した恐怖に怯えながら散るのが、最も相応しい末路だろう?」


エル・シッドの無敗の絶技と膨大な霊力が込められたティソナが、空間ごと敵を断つ神速の一閃を描く。


「――『光輝斬カンペアドール』」


一文字に走った黄金の剣閃が、カーミラの巨体を真っ二つへと両断した。

 彼女の肉体は悲鳴を上げる間もなく、ティソナの聖なる光によって内側から爆散し、光の粒子となって完全に浄化・消滅した。


四天王の死と同時に、宮殿を覆っていた赤黒い瘴気と魔霧は、まるで夜明けを迎えたかのように綺麗に晴れ渡っていく。

 陽の光が差し込んだ古代アルハンブラ宮殿は、かつて「アンダルシアの宝石」と呼ばれた、本来の美しく厳かな姿を取り戻すのだった。


本日もお読みいただきありがとうございます!

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