エルフの里の危機と鋼鉄の怪鳥(続き)
5月31日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。
キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!
魔竜の巨体が眩い光の粒子となって完全に大空へと溶け去り、エルフの里を覆っていた息苦しいほどの瘴気が、まるで嘘のように晴れ渡っていく。
「お姉ちゃん……!」
「アリス! 無事だったのね、ああ、本当によかった……っ!」
地上へと静かに降り立ったディードリットは、涙を浮かべて駆け寄ってきた小さな妹のアリスを、その腕で力強く抱きしめた。かつてリーファスが『英霊:ジョゼフ・リスター』の神秘の力を降ろして魔力癌から救い出した少女の顔色はすこぶる良く、今は姉の胸の中で安堵の涙を流している。
そこへ、深い深い森の緑を編み込んだローブを纏ったエルフの長老が、生き残った里の戦士たちを引き連れて厳かに進み出た。
長老はリーファスの前に歩み寄ると、杖を置き、深々とその場に両膝をつく。
それに倣うように、周囲を囲むすべてのエルフたちもまた、一斉に地面へと傅いた。
「アリスの命を救っていただいたのみならず、我らが誇り高き故郷まで滅亡の危機から守ってくださるとは……。リーファス殿、貴方様は我らエルフ族にとって、大精霊の化身にも等しき大恩人です」
「顔を上げてください、長老。私はただの探索者として、ギルドの依頼を――いいえ、大切な仲間の故郷を守りたかっただけですから」
リーファスは16歳の少年の姿に見合う、しかしどこまでも底知れない気品と落ち着きを湛えた笑みを浮かべ、長老の肩にそっと手を触れて立ち上がらせた。そのどこまでも謙虚で、一切の驕りを感じさせない洗練された佇まいは、プライドの高いエルフたちの心に、さらなる深い畏敬の念を抱かせるのに十分すぎるものであった。
「あなたは、本当に……どこまで私たちを救えば気が済むのかしら……っ」
ディードリットがアリスを抱きしめたまま、潤んだ碧の瞳でリーファスを見つめ、熱い吐息を漏らす。
深く感銘を受けた長老は力強く頷き、至高の感謝の印として、里の最深部、世界樹の根元でしか採集できないとされる『世界樹の聖枝』――この世界に数本しか存在しない、規格外のロストテクノロジー級の魔力媒体をリーファスに贈ることを約束するのだった。
その和やかな空気の中、先ほどまで魔物たちの残骸の山を一人で淡々と、冷徹に調査していたクリスが、リーファスの元へと小走りで戻ってきた。
「リーファス様、先ほど私が空間ごと斬り伏せた上位魔族の死骸の影から、少々不審なものを発見いたしました」
彼女の白く滑らかな掌の上に載せられていたのは、禍々しい深紫色の不浄な光をドクドクと明滅させる、握り拳大の「黒水晶」であった。
「通信用の魔道具……いや、これはタチの悪い『呪具』の類いだね」
リーファスがその黒水晶を指先で摘み上げた、まさにその瞬間であった。内部に仕込まれていた極めて凶悪な罠――接触した者の精神を内側から破壊する精神汚染の呪いが、猛毒の蛇のように牙を剥いて起動しようとする。
だが、リーファスがその指先からほんの一筋、澄み渡る白銀の霊力を流し込んだだけで、呪いの術式はその絶対的な格の違いに悲鳴を上げ、ガラス細工のように「パリンッ」とあっけなく霧散し、無効化された。
不浄の呪いが強制調伏された反動により、黒水晶から空中へと冷たい魔力の光が放射され、精緻な立体映像が投影される。
そこに揺らめきながら映し出されたのは、漆黒のコウモリの羽を背中に生やし、妖艶に微笑む絶世の美女――魔人四天王の一人、『幻惑のカーミラ』の姿であった。
『フフフ……不浄の通信が繋がったということは、エルフの里は無さに灰の山へと変わったのかしら? ご苦労だったわね、愚かなトカゲと羽虫たち』
映像は、どうやらリアルタイムの魔力通信であるようだった。カーミラは未だ、自分が送り込んだ軍勢が文字通り一匹残らず全滅させられたことに気づいていない。
「残念だったね。お前の自慢のトカゲなら、さっき私が三枚に下ろしてあげたところだよ」
リーファスが退屈そうに、呆れたような声音で応じると、映像の向こうのカーミラは一瞬だけ美眸を丸くし、次いで信じられないものを見たと言わんばかりに、その美しい不快そうに顔を歪めた。
『……人間? まさか、エルフの絶対防御結界を破るために送り込んだ私の精鋭たちが、たった一人のガキに蹂躙されたというの……!? アナタ、一体何者よ!』
「ただの探索者さ。名前を覚える必要はないよ。どうせすぐ、お前も同じように消すことになるのだからね」
リーファスの冷徹な挑発に対し、カーミラは引きつった顔で余裕の笑みを取り繕う。
『フン、口の減らない小僧ね……強がりを。まあいいわ、あの里の襲撃など、私にとってはただの「時間稼ぎ」に過ぎないのだから。私の真の狙いは、エルフの里の地下深くに眠る「世界樹の霊脈」を、我が絶対の瘴気で汚染することよ。今頃、地下の根は私の呪いによってドロドロに腐り落ち――』
「ああ、それならさっき、あの竜のブレスを吸収したのと同時に、地下の霊脈にも『魔霊反転』を繋げておいたよ。おかげでお前が送り込んだ瘴気は、すべて清らかな白銀の霊力に変換されて、世界樹の根を内側から潤してくれたところだ」
『…………は?』
カーミラの妖艶な顔が、見たこともないほど間抜けな声と共に完全に硬直した。
その言葉には、背後にいた長老やディードリットすらも、驚愕に目を見開いてリーファスを凝視する。
彼は上空で魔竜と戦いながら、そのブレスを吸収するのと同時に、地中深くへと侵食していたカーミラの瘴気までも同時に感知。それを自身の『魔霊反転』の術式へと巻き込み、エルフの里の命の源である霊脈の栄養へと、文字通り丸ごと「裏返して」みせたのだ。
「魔術師が数年がかりで編んだ不浄の瘴気程度、私の『魔霊反転』の前じゃ、ただの最高級の霊力燃料と同じだよ。……で、お前は今、どこのネズミ穴に隠れているんだい?」
『き、貴様ァッ!! 私の、我が魔王様に捧げるための数年がかりの完璧な計画を、よくも……! 霊力燃料に、したというの……っ!? 許さない、絶対に許さないわよ! 私は今、スペインのグラナダ、古代アルハンブラ宮殿の最深部に――あっ』
怒りのあまり頭に血が上り、あまりにも綺麗に自分の現在地を大声で口走ってしまったカーミラ。
『ち、違うわ! 今のは罠よ! 来るなら来なさい、この私がアルハンブラの無限の魔迷宮で貴様を……っ!』
「スペイン、グラナダの古代アルハンブラ宮殿だね。わざわざ私の手間を省いてくれて助かるよ。クリス, ディード、行くぞ」
『人の話を最後まで聞きなさ――』
プツンッ、とリーファスが白く滑らかな指先で黒水晶を無造作に握り潰すと、不浄な映像は強制的に遮断された。
「リーファス様、次は南方のスペインですね。あそこは太陽が殊更に眩しい国ですが……私の影魔法で、極上の日傘の代わりをお務めいたします」
クリスがメイド服の裾を優雅につまみ、完璧なカーテシー(お儀)をして、恍惚の微笑みを浮かべる。
「スペインのグラナダ……かつて栄華を極めた、美しくも峻険な要塞宮殿があると聞いたことがあります。ですが、そこが魔王軍の不浄な手に落ちているというのなら――容赦はしません」
ディードリットもまた、その愛用のレイピアの柄に手をかけ、決意に満ちた瞳でリーファスの隣へと並び立つ。
こうして、エルフの里の危機をこれ以上ない完全な形で救い果たしたリーファスたちは、次なる四天王『幻惑のカーミラ』が愚かにも自白した、スペイン・グラナダの古代アルハンブラ宮殿へとその舵を切るのだった。
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