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国家を揺るがす愚行と、分たれた運命

5月30日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。

キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!

バチカンでの襲撃事件から、わずか三日後。

 フランス王国の王城、その最奥に位置する「秘密の間」は、凍りつくような静寂と、呼吸すら憚られるほどの圧倒的な重圧に支配されていた。


上座で冷や汗を流し、彫刻の施された玉座の肘掛けを粉砕せんばかりに強く握りしめているのは、フランス王国を統べる国王その人であった。

 そして彼と対峙するように、室内の空中に展開された超高度な『立体幻影魔術』によって、二人の絶対的な権力者の姿が青白く投影されている。


一人は、純白の法衣を厳かに纏ったバチカン教皇庁の特使たる枢機卿。

 もう一人は――長い白髭を蓄え、底知れぬ魔力をその身に宿した、世界探索者ギルド総長グラントマスター、『聖賢』エルドリン・アストリオン。


「……さて、フランス国王陛下。我々がわざわざこうして直通の魔導通信を繋いだ理由は、聡明な陛下であれば既に重々ご承知のことと推察いたしますが?」


エルドリンが口火を切った。500年という果てしない時を生きる知恵者特有の、静かだが逃げ場のない絶対的な威圧感を伴う声音だ。


「も、もちろんだ、エルドリン殿。バチカンで起きた、あの痛ましいテロ未遂事件のことであろう……。教皇庁の大聖堂という神聖極まる場で闇の呪具が使用されたこと、我が国としても大変遺憾に――」


「遺憾、などという安っぽい言葉で済まされる段階は、既に過ぎ去っていますよ、国王陛下」


枢機卿が、ナイフのように冷ややかに言葉を遮った。

「捕らえた暗殺者や狂信者の司祭どもは、厳正なる『異端審問』の場で、その魂の底まで全てを吐き出しました。彼らを裏から雇い、禍々しい呪具を提供し、神聖なる大聖堂のただ中でバチカン子爵リーファス卿の同伴者を暴走させようと企てた首謀者……。それが貴国の『スミス伯爵家』であることを、動かぬ物理的な証拠と共に、我々は完全に確認しております」


フランス国王の肩が、ビクッと醜く跳ねた。エルドリンの冷徹な碧の目が、幻影越しに国王を射抜く。


「我がギルドの誇る最高峰のSランク探索者であり、同時に教皇庁が直々に認めた特権貴族。……彼に対する暗殺未遂および国家規模の名誉毀損は、世界探索者ギルドとバチカン教皇庁、その双方に対する明確な『宣戦布告』と受け取ってよろしいのですな?」


立体幻影であるにも関わらず、王城の空間そのものがミシミシと軋みを上げる。


「ま、待ってくれ! それは我が王家とは一切無関係、すべてはスミス家の独断による暴挙だ! むしろ我が王家は、リーファス卿を我が国へ丁重に迎え入れようと、どこまでも友好的なアプローチを――」


「友好的に『圧力をかけ』、実家という呪縛で強引に連れ戻そうとしていた事実は全て把握していますよ。その結果、増長したスミス家があのような愚行へと走った。違いますか?」


エルドリンは容赦なく、冷酷な事実を突きつける。

「ギルドとバチカンからの要求はただ二つ。一つ、スミス伯爵家の即時爵位剥奪、および一族郎党の身柄をギルド本部へ引き渡すこと。二つ、フランス王国からバチカンおよびギルドに対する、国家予算規模の莫大な賠償金の支払い。……もし、これに少しでも不服があるというのなら」


エルドリンは一拍置き、淡々と、しかし決定的な『国家への死の宣告』を口にした。


「フランス王国全土から、すべての探索者ギルド支部を即座に撤退させます。国内のダンジョン管理を完全に放棄し、たとえスタンピードが起きて王都が消滅しようとも、我々は一切関与しない。……加えて、バチカンは貴国を『異端国家』に指定し、聖騎士団による武力制圧も辞さない構えです」


「なっ……!?」


ダンジョン管理の放棄は、国家の物理的な滅亡を意味する。そして異端国家指定は、周辺諸国からの経済的・軍事的な完全封鎖を意味していた。

 たった一個人の伯爵家が犯したくだらない嫉妬と陰謀のせいで、国が丸ごと地図から消えるのだ。


「……の、呑もう。要求はすべて呑む!! 今すぐ近衛騎士団を総動員し、スミスの一族を一人残らず捕縛させるッ!!」


フランス国王は悲鳴のように叫び、即座にスミス家を完全に切り捨てる決断を下したのだった。


◇◇◇◇◇


時を同じくして、フランス王都の一等地に堂々と構える、スミス伯爵家の壮麗な屋敷。

 当主のオーギュスト・スミスは、最高級のワイングラスを揺らしながら、上機嫌でソファーにふんぞり返っていた。


「そろそろ、バチカンから待ち望んだ良い知らせが届く頃合いだな」


彼の目の前には、長男マケールと次男ウィルソンが揃って下品な薄笑いを浮かべている。

 泥臭い領地経営や面倒な事務処理のすべてを三男のビンセントに押し付け、彼らは王都の贅沢にまみれながら、この陰湿な陰謀の果実を待っていたのだ。


「ええ、父上。あの忌々しい闇魔術の小娘が教会のド真ん中で暴走すれば、どれだけSランクとして調子に乗っていようと、リーファスは一発で大罪人です」

「魔法すら使えぬ落ちこぼれの分際で、ブリタニアの騎士爵やバチカンの子爵などと。これで鼻っ柱もへし折られ、奴隷のように泣きつきながら我が家へ帰ってくるに違いありません。ビンセントのように、大人しく我が家の犬として働かせてやればいいのです」


マケールが傲慢に言い放った、まさにその時だった。


ドゴォォォォンッ!!!!!


屋敷の頑強な正門が、凄まじい爆発魔法によって一瞬で木端微塵に吹き飛ばされた。

「な、なんだッ!?」

 腰を抜かすオーギュストたちの視線の先、完全武装したフランス王国の近衛騎士団が怒涛の勢いで雪崩れ込んでくる。


「オーギュスト・スミス、およびマケール、ウィルソン! お前たちを国家反逆罪、および世界ギルド法違反の容疑で拘束する!」

「な、何を言う! 我らは由緒正しきスミス伯爵家だぞ! 離せッ!」


激しく抵抗する彼らだったが、神聖なるバチカンで、今や世界の英雄たる『リーファス・カモ子爵』へテロを仕掛けた罪、そしてそれが国を滅ぼしかけた事実を冷酷に告げられ、顔面を真っ白に染めた。彼らは絶望の悲鳴を上げながら、二度と光を見ることのできない奈落の牢獄へと引きずられていった。


◇◇◇◇◇


――一方、その頃。

 フランス王都から遠く離れた、スミス家の辺境領地。その古びた執務室では。


「……ふぅ。今月の税収も、これでは厳しいな。父上たちは王都で浪費を繰り返すばかりで、領民たちの冬支度の予算すらままならない……」


三男のビンセント・スミスは、机に山積みにされた書類から顔を上げ、疲労の滲む重いため息をついた。

 側室の子である彼は、昔から家の醜い権力闘争とは距離を置き、ただ領民たちのささやかな生活を守ることだけを考えて生きてきた。

 魔力至上主義の家族の中で不当に虐げられていた四男のリーファスと、奴隷だったクリスに同情し、彼らが実家を追放されたあの極寒の夜……こっそりと温かいスープを飲ませ、自らのへそくりだった路銀と、手作りの通行証を握らせて逃がしたのも、彼のせめてもの人間としての良心だった。


(リーファス……クリス……元気にしているだろうか。どこかで飢えることなく、幸せに生きていてくれれば良いのだが……)


窓から夜空を見上げ、遠き異国に散ったはずの弟の無事を静かに祈っていた、その時。


「ビンセント様! た、大変です! 王都より、近衛騎士団の一個中隊がこの館を完全に包囲しております!!」

「な、何だって……!?」


血相を変えて飛び込んできた老家令の言葉に、ビンセントは一瞬で血の気を失った。

(父上たちが、王都で何か取り返しのつかない決定的な大罪を犯したのか……!? もはや、スミス家はこれまでか。……領民たちにまで累が及ぶ前に、私の首を差し出して責任を……)


悲壮な覚悟を決め、ビンセントが屋敷の玄関へ出ると、そこには厳めしい鉄の甲冑に身を包んだ近衛騎士団長が直立していた。


「ビンセント・スミスだな。王命を伝える。スミス伯爵家は、当主オーギュスト、長男マケール、次男ウィルソンの大逆罪により、伯爵位の即時剥奪および、全領地の没収が決定した。……三人の身柄は、既にギルド本部の地下牢へ移送されている」


「……っ!」

 ビンセントは崩れ落ちそうになる膝を必死に堪え、冷たい床に深く頭を下げた。

「すべては我が家の不徳の致すところ……。このビンセント、いかなる極刑も甘んじて受け入れます。ですがどうか、何も知らぬ領民たちだけは……彼らだけはお救いください……!」


「早まるな、ビンセント殿。私の言葉はまだ終わっていない」


騎士団長は、驚きと、そして深い敬意の入り混じった不思議な目でビンセントを見つめ、懐から一枚の豪奢な羊皮紙を取り出した。

 そこには、フランス王家の刻印だけでなく、バチカン教皇庁、そして世界探索者ギルドの最高位の神聖印がこれでもかと押されている。


「――ただし。スミス家三男ビンセントにおかれては、『バチカン子爵リーファス・カモ卿』および『世界探索者ギルド総長エルドリン』の連名により、特別恩赦、および全権委譲の申請がなされている」


「え……?」

 思いもよらない名前に、ビンセントは間の抜けた声を漏らし、呆然と顔を上げた。


「リーファス卿から、貴殿への直筆の伝言を預かっている。

『あの凍える夜、私たちに差し出してくれた温かいスープや路銀の恩を、私は一時たりとも忘れたことはありません。兄さんがくれたあの通行証があったからこそ、私たちは広い世界へと羽ばたくことができた。……ビンセント兄さん。あなたはこれからも、領民のために尽くす、優しく誇り高い領主であり続けてください』

――以上だ」


騎士団長はふっと表情を和らげ、そのあまりにも重い羊皮紙を、震えるビンセントの胸へと優しく押し付けた。


「お前がかつて救った『魔力無しの四男』は、今や世界を揺るがすSランクの英雄、そして誰も手出しできぬ最高位の特権階級だ。ビンセント殿、貴殿には新たにフランス王家より、この領地の『永代統治権』を伴う、新たな『男爵位』が叙勲される。……世界を救った英雄の『唯一の恩人』である貴殿に、フランス王家も含め、今やこの世界の誰も指一本触れることはできんよ」


「リーファスが……あの、小さくて、いつも静かに本を読んでいたリーファスが……世界を、救う英雄に……?」


受け取った羊皮紙の確かな重みと、そこに記された、離れていても変わらない弟からの真っ直ぐな敬意と感謝。

 すべての事情を理解した瞬間、ビンセントの目から、堰を切ったように大粒の涙がポロポロと溢れ落ちた。


「あぁ……っ。生きて……本当に、立派に生きていたんだな、お前は……っ! よかった……本当によかった……っ!!」


腐敗したスミス家が自らの悪意で自滅していく中、かつてビンセントが見返りを求めずに差し伸べた小さな温かい善意は、巡り巡って、彼自身と彼が何より愛した領民たちの命を、完璧な形で救い出したのだった。


本日もお読みいただきありがとうございます!

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