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不穏なる教皇庁の宴

5月30日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。

キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!

二週間後。世界探索者ギルドの総本山であり、宗教的権威の頂点たるバチカン教皇庁・大聖堂。


極彩色のアール・ヌーヴォー調ステンドグラスから差し込む荘厳な夕光と、天井に並ぶ数千の魔法石シャンデリアが眩いばかりに照らし出す大広間は、各国の王侯貴族、高位聖職者、そして世界トップクラスのSランク探索者たちで埋め尽くされていた。


「……やれやれ。上質な酒の匂いより、高級香水と剥き出しの欲望の匂いの方がよほどキツいな」


豪奢な大理石のバルコニーの傍らで、私は手にしたグラスを傾けながら、そっと静かにため息をついた。

 本日の主役である私は、いつもの機能的な軍服風の装いをさらに洗練させた、バチカン特注の漆黒の礼装に身を包んでいる。胸元には、先ほどの叙爵式で教皇直々に授与されたばかりの『子爵』の金紋章と、いかなる国家権力も及ばない最高位の盾『外交官特権』を示すプラチナの徽章が、妖しくも美しい光を放っていた。


「り、リーファス様……あの、私、やっぱり場違いじゃないでしょうか……。皆さんの視線が、その、すごく痛くて……」


私のすぐ隣で、緊張に細い身体を強張らせたクリスが、不安げに私の漆黒の袖をきゅっと掴んできた。

 今日の彼女は、いつもの見慣れたメイド服ではなく、夜闇をそのまま織り上げたように美しい漆黒のイブニングドレスを着飾っている。彼女の艶やかな黒髪と吸い込まれそうな黒瞳によく似合っており、息を呑むほどに美しいのだが……この光の魔法と教会至上主義が絶対とされるバチカンにおいて、『黒』は闇魔術や悪魔を連想させる最も忌むべき不吉な色だ。

 周囲の保守的な貴族や老聖職者たちが、遠巻きからクリスへあからさまに胡乱で冷ややかな視線を向けているのが嫌でも伝わってくる。


「気にする必要はないよ、クリス。お前は私の大切な相棒であり、外交官である私の正式な同伴者だ。……お前のドレスの美しさが理解できず、くだらない難癖をつけるような奴がいたら、私が後で直接『教育』してあげるさ」


「はぅ……っ、ありがとうございます、リーファス様……!」


私がポンと彼女の小さな頭を優しく撫で、周囲を無言で牽制するように、常人を容易く平伏させる絶対的な覇気を含んだ視線を周囲へ冷たく流す。すると、陰口を叩いていた貴族たちはビクッと一斉に肩を震わせ、慌てて目を逸らして退散していった。


「全く……あなたの過保護っぷりには呆れるわね。まあ、同伴者としては頼もしいことこの上ないけれど」


フッと呆れたような笑みを浮かべ、優雅にグラスを傾けているのは、同じくSランクの特権階級として招待された『絶剣』のディードリットだ。エルフ特有の神秘的な美貌と、豊満な肢体を包む深い緑のドレス姿は、会場中の男たちの視線を完全に釘付けにしている。


「これでも妹の命を救ってもらった恩義があるのよ。クリスにくだらないちょっかいをかける馬鹿がいたら、私がこの場で風穴を開けてあげるわ」

「それは頼もしい。最高の護衛がいて助かるよ、ディード」


私が小さく苦笑した、まさにその時だった。


「リーファス様ぁぁぁぁぁッ!!!」


大聖堂の防音魔法すら突き破らんばかりの、執念すら感じる凄まじい絶叫と共に、華やかな人混みをモーセの海割りのように力任せに蹴散らして、猛烈な勢いで突進してくる影があった。


「あ、あちらにおわすは、我が運命の旦那様ッ! お会いしとうございましたわぁぁ!」


ブリタニア王国第三王女、エリザベス。

 私の碧眼の色に合わせたのだろう、目が痛くなるほど鮮やかな、深い碧の特注高級ドレスを激しく翻し、彼女は私の胸元へノーブレーキでダイブする勢いで飛び込んできた。


「おっと。……ご機嫌麗しゅう、エリザベス殿下」


私は半歩だけ滑らかに軸足をずらし、闘技場の戦いで見せた『柔の理』を応用して、突進してくる王女の突進軌道をふわりと触れずに逸らした。

 エリザベス王女は私の残像を勢いよく抱きしめる形になり、そのまま慣性でクルクルと勢いよく回って目を回している。


「ああんっ、相変わらずの予測不能で華麗な身のこなし! ますます惚れ直してしまいますわ! さあリーファス様、バチカン子爵の叙爵、心よりおめでとうございます! これで我が王家との身分違いの壁も無くなりましたし、今すぐわたくしとブリタニア王国との婚姻届にサインを――」


「お祝いのお言葉、感謝いたします。ですが殿下」

 私はすべてを見透かしたような、どこまでも落ち着き払った怜悧な笑みを浮かべ、彼女の怒涛の求婚をスマートに遮った。

「私は叙爵されたばかりで、Sランクとしての外交任務やギルドの役職が山積みなのです。一個人の幸福よりも、まずは世界への奉仕を最優先にすべき『未熟な身』ゆえ……。王家の重責をその背に背負う聡明な殿下ならば、この多忙さ、深くご理解いただけますよね?」


「うっ……! そ、それは……」

 非の打ち所がない正論、かつ王族としての義務感とプライドを絶妙にくすぐる言い回しに、エリザベスはぐうの音も出ずに言葉を詰まらせた。


「……相変わらず、あの猛獣を一枚手で転がすなんて、凄まじい手腕ね、あなたは」

 ディードリットが感心したように小さく拍手をしている。クリスはエリザベス王女の背後に隠れながら、「私のリーファス様を易々と取らないでください……」と小声で子猫のように威嚇していた。


華やかで、どこか滑稽な晩餐会のひととき。

――だが、神域の術士である私の『勘』は、会場の煌びやかな空気に冷たく混じる、明確な異物を見逃してはいなかった。


(……殺気。いや、これは『呪縛』の残響か)


視線の端。

 給仕の格好をした数名の男たちや、純白の法衣をまとった教会の過激派らしき司祭たちが、私たち――正確には、私のすぐ背後にいる『クリス』を包囲するように、ジリジリと足音を消して間合いを詰めてきている。

 彼らの懐からは、ヘドロのような底暗い悪意を放つ『黒い水晶』の魔力が、隠しきれずに漏れ出していた。


(なるほど。正面から私を叩き潰せないと悟った愚か者が、身内であるクリスの闇魔術を無理矢理に暴走させて、私を『悪魔を呼び込んだ異端者』に仕立て上げようという腹か)


実家であるフランス・スミス伯爵家のやりそうな、陰湿でくだらない貴族の盤外戦術だ。


「……ディード」

 私はグラスを持ったまま、声のトーンを周囲に悟られない限界まで落とし、エルフの相棒にだけ聞こえるように囁いた。


「どうしたの?」

「殿下とクリスを連れて、今すぐ壁際へ下がってくれ。少しばかり、この綺麗な会場に『害虫』が迷い込んだようだ」


私の冷徹な言葉に、ディードリットの美しい瞳がスッと冷酷な剣士のそれに切り替わる。

「……了解よ。クリス、王女殿下、こっちへ」

「えっ? ちょっと、わたくしはまだリーファス様と――」

「いいから来なさい」


ディードリットが手際よく二人を後方の安全圏へと下がらせた、まさにその瞬間だった。

 死角に潜んでいた暗殺者と狂信者の司祭たちが、一斉に懐から『黒い水晶』を高く掲げ、大聖堂に響き渡る声で叫んだ。


「神聖なるバチカンに、忌むべき闇の悪魔を招き入れた異端者め! その醜悪な本性をここに現すがいい!!」


水晶の核からドス黒い呪いの魔力波動が解き放たれ、狂暴な蛇のように一直線にクリスへと向かっていく。それは対象の魔力回路を外部から強制的に暴走させ、狂い狂わせる極めて悪辣な呪具だった。

 周囲の貴族たちが異変に気づき、悲鳴を上げてパニックになりかける。


「クリス!」

 ディードリットが叫び、迎撃のために手を伸ばす。


だが、私は一歩も動かなかった。

 水晶から放たれたドス黒い魔力の波動は、クリスの髪一筋に届くよりも遥か手前――私の右の手のひらの前に、まるで底なしのブラックホールに吸い込まれるようにして、音もなく全量が完全に霧散し、吸収されていたからだ。


「なっ……!?」

 確実に呪いが炸裂すると思っていた暗殺者たちと司祭の動きが、驚愕のあまり完全にフリーズした。


「……私の大切な相棒に向けて、随分と汚らしい泥を投げてくれたものだね」


私は『魔霊反転』の術理で吸い上げた呪いのエネルギーを、純粋で清らかな霊力へと一瞬で反転・変換しながら、左手で静かにネクタイを緩めた。


「他人の力を暴走させて陥れようなど、術士風情が三流の小細工を。……ならば、お前たちが真に恐れるべき『本物の聖絶』というものを見せてあげよう」


私は片手で鮮やかに印を結び、凍りつくような声で冷たく言い放つ。


「――英霊降臨。『ジャンヌ・ダルク』」


本日もお読みいただきありがとうございます!

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