新たなる防波堤、世界的な特権階級へ。
5月30日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。
キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!
熱狂渦巻く闘技場コロッセオから一転、静寂に包まれた世界探索者ギルド本部、最上階の総長室。
重厚なマホガニーのデスク越しに、リーファスは一人の「生きた伝説」と静かに対峙していた。
「……見事な手際だったよ。この世界の魔法のシステムから完全に逸脱した、あの圧倒的な力の奔流。500年という時を生きた私の目をもってしても、君の底を覗くことは全くできなかった」
穏やかだが、深海のような底知れぬ威圧感を放つ声。
『聖賢』の二つ名を持つギルド総長、エルドリン・アストリオン。長い白銀の髪と髭を蓄えたエルフの翁は、幾星霜ものシワが刻まれた目で、目の前の少年を値踏みするように見つめていた。
「過分な評価ですね。私はただ、相手の力みを利用して、少しばかり呼吸を合わせてあげただけですよ」
リーファスは上質な革張りのソファに深く腰掛け、15歳のものとは思えない泰然とした態度で淡々と返した。その傍らでは、相棒のクリスが我がことのように誇らしげに胸を張り、同行していた『絶剣』のディードリットが「よく言うわね」と呆れたように小さくため息をついている。
「謙遜は不要だ、新しきSランクよ。君の持つ武力は、もはや一つの国家の軍隊に匹敵する」
エルドリンはデスクの引き出しから、漆黒の希少鉱石で出来た一枚のカードを取り出し、滑らせた。プラチナの意匠が眩しく施された、Sランク探索者の証たる認識証だ。
「受け取ってくれ。そして……ここからが君達Sランクに課される『義務と特権』の話だ」
エルドリンの声音が、一気に真剣なものへと変わった。
「知っての通り、Sランクに到達した探索者には、ギルドの総本山である『バチカン教皇庁』より、無条件でバチカン直属の『子爵位』と、いかなる国家の法理も受け付けない『外交官特権』が与えられる。二週間後、大聖堂にて正式な叙爵式と、各国の王侯貴族を招いた大規模な晩餐会が開かれる手はずとなっている」
「……バチカンの貴族位に、外交官特権ですか」
リーファスは漆黒のカードを指先で弄びながら、静かに呟いた。
「そうだ。君の実家であるフランス王国『スミス伯爵家』やフランス王家が、君の規格外の力を強引に取り込もうと裏で圧力をかけてきているのは知っているだろう? だが、この世界特権を得た以上、彼らも公に手出しすることは不可能になる。君にとっても、これ以上ない強力な盾になるはずだ」
「なるほど。ギルドが用意してくれた、合理的な防波堤というわけですね。……ですが、晩餐会とはひどく肩が凝りそうだ。私は元来、そういった華やかな席はあまり好まないタチでしてね」
やれやれと肩をすくめるリーファスの横で、クリスは両手を胸の前でギュッと握りしめ、目をこれ以上ないほどキラキラと輝かせた。
「リ、リーファス様がバチカンの子爵様で、外交官様……!? 素敵すぎますぅ! じゃあ、私は子爵閣下の第一専属メイド、ということになりますよね……? はぅあ、どうしましょう、責任重大ですぅ!」
「全く、15歳にして世界的な特権階級の仲間入りなんて、規格外にも程があるわね……」
ディードリットは呆れ果てたように天を仰いでいた。
◇◇◇◇◇
同じ頃、海を隔てたブリタニア王国の王城、豪奢を極めた私室にて。
第三王女エリザベスは、もたらされた最新の報告書を胸に抱きしめ、恍惚とした熱い吐息を漏らしていた。
「ああ……やはり、わたくしの見込んだ通りの素晴らしいお方ですわ。リーファス様……いえ、これからはリーファス・カモ子爵様とお呼びせねばなりませんわね! たった15歳でSランクの頂点に立ち、バチカンの爵位と特権まで手にお入れになるなんて……!」
ふかふかのベッドの上に広げられた何十着、何百着もの最高級のドレスを前に、エリザベスは頬を林檎のように紅潮させていた。
先日の祝賀パーティーで彼に熱烈に言い寄り、鮮やかに躱されて以来、彼女の胸の中で燻っていたリーファスへの執着は、今や狂気的なまでの愛憎へと膨れ上がっている。
「侍女たち! 二週間後のバチカンでの晩餐会、わたくしも絶対に、何が何でも出席しますわ! 父上には『教皇庁への表敬訪問と外遊の視察』だと適当に理由をでっち上げておきなさい! ああ、ドレスはどれにしましょう? リーファス様のあの、すべてを見透かすような深い碧の瞳――あの美しい瞳に映えるようなドレスが良いかしら……ふふ、ふふふふっ。待っていてくださいませ、わたくしの未来の旦那様……。絶対に、外堀から跡形もなく埋めて差し上げますわ!」
周囲の侍女たちが恐怖に顔を青ざめながら右往左往する中、エリザベスの執念の炎は、ドーバー海峡を越えて真っ直ぐバチカンへと向けられていた。
◇◇◇◇◇
一方その頃、フランス王国・パリ近郊。
広大な敷地とそびえ立つ尖塔を持つ魔術師の大家――スミス伯爵家の当主執務室は、重苦しく陰鬱な空気に包まれていた。
「あの、魔力すら持たぬ出来損ないの泥人形が……! Sランクに昇格したばかりか、自動的にバチカンの子爵位と外交官特権を得ただと……ッ!?」
実父であり現当主のオーギュスト・スミスは、激昂のままに手にした高級ワイングラスを暖炉の石壁へと叩きつけた。
ガシャン、と鋭く不快な破砕音が響き、極上の赤い液体が、まるで血痕のように壁を伝い落ちていく。
「落ち着いてください、父上。次男のウィルソンがあの小僧の『得体の知れない妙技』に無様にやられたとはいえ、奴は所詮、メイド上がりの卑しい女から生まれた四男。そして、帝国および教会の公式な血統記録には、未だ奴の親権の底に我がスミス家の名が残っております」
正妻の子であり長男のマケール・スミスが、冷酷で細い目をさらに細め、狂乱する父親を窘めた。
「フランス王家も、あの規格外の戦力と外交特権をブリタニアやバチカンに独占されることをひどく危惧しておられます。ですが、奴が外交官特権を手にした以上、国家間で公に干渉することはもはや不可能……。ならば、叙爵式で正式な宣誓が行われる『前』、あるいはその『最中』に、奴の社会的地位を文字通り完全に失墜させる必要があります」
「……どうするつもりだ、マケール。自由民の血が混ざっている落ちこぼれとはいえ、奴のあの単身での武力はもはや常軌を逸しているぞ」
「力など、この貴族社会の前には何の意味も持ちませんよ。奴を特権階級の椅子から引きずり下ろす、由緒正しき貴族の『戦い方』をお見せしましょう」
マケールは意地悪く歪んだ口角をニィと上げた。
「奴がいつも連れ回して溺愛している、あの黒髪の小娘……闇魔術の使い手、クリスとか言いましたね。清廉なる教会の総本山であるバチカンの晩餐会に、忌むべき『闇の魔術師』を平然と連れ込むこと自体が、本来は重大な神への冒涜、あるいは宣戦布告。そこに徹底的に付け入ります」
マケールは衣服の懐から、禍々しく不気味な黒い光を放つ小さな水晶を取り出した。
「フランス裏社会の暗殺者ギルドと、教会の狂信的な過激派の幹部にすでに手を回しました。晩餐会の最中、あの小娘の闇魔術をこの呪物で強制的に暴走させ、聖なる大聖堂を凄惨なパニックに陥れます。そうなれば、いかにSランクの特権があろうとも、リーファスは『悪魔を総本山に連れ込んだ大罪人』としてバチカンから永久追放される。そこを、我がスミス家が『実家として』寛大に身柄を保護してやるのです。――一生、我が国の鎖に繋がれた、便利な番犬としてね」
「くくっ……ははは! なるほど、外交官特権の盾すらも内側から粉砕する、悪くない手策だ」
当主オーギュストの醜悪な顔に、卑劣な底意地の悪い笑みが戻った。
「見せてやろうではないか。魔法を持たぬ不首尾な落ちこぼれに、貴族社会という絶対的な理不尽の壁をな」
世界中の様々な思惑と悪意、そして強烈すぎる愛憎が、二週間後のバチカンへと急速に収束していく。
だが、蠢く有象無象たちはまだ知らない。
その中心で静かに佇む少年の本質が、あらゆる権謀術数すらも指先一つで鼻で笑ってへし折る、老練極まる怪物であるということを――。
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