音速の双剣 vs 武術の英雄。神速を凌駕する見えない蹴り『無影脚』
5月29日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。
キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!
「さあさあさあァァッ! 満員の闘技場コロッセオのボルテージは、もはや限界突破! ついにやってまいりました、新Sランクお披露目トーナメント――運命の決勝戦だァァァッ! アリーナの中央に立つのはもちろんこの男! 規格外の大魔導もパワーファイターも、すべての対戦相手を赤子のように一蹴してきた15歳の怪物、リーファス・カモォォォッ!!」
実況バッカスの声が完全に裏返るほどの絶叫に呼応し、地鳴りのような割れんばかりの歓声がスタジアムを激しく揺らす。
「対するは、別ブロックを誰も追いつけない圧倒的な神速で勝ち上がってきた、Aランク最強の呼び声高い超新星――『双剣』のジン選手だ! ガストンさん、この歴史的な決勝戦の行方、どう見ますか!?」
「ええ……バッカスさん。正直に言って、ここまでのリーファス選手の戦いぶりは底が全く見えません。ですが、ジン選手はこれまでの相手とは完全に次元が違う。彼は風の魔術を極限まで自身の肉体に巡らせ、常人には視認することすら不可能な『音速』の領域で戦闘を行うことができる。いかにリーファス選手が異質な技術を持とうとも、見えない速度からの飽和攻撃を防御・カウンターすることは絶対に不可能なはずです」
ガストンの緊迫した解説が示す通り、対峙するジンは両手に逆手に握った鋭い双剣を構え、全身から薄緑の強烈な風の魔力を立ち昇らせていた。その双眸に、これまでの敗者たちのような軽薄な慢心は微塵もない。
「……俺は前の連中のように、お前を侮るような真似は絶対にしない」
ジンが双剣を胸の前でクロスさせ、地を這うように低く身構える。
「お前のその謎の技術が発動する隙すら与えない。俺の最速の一撃で、一瞬で斬り伏せる。瞬きするなよ、新入り」
ジンが短く鋭く息を吐き出した、まさにその刹那だった――バァンッ!!!と、凄まじい風圧で石畳が爆ぜる炸裂音だけを残し、ジンの姿が闘技場から文字通り『消滅』した。
「あーっと、消えたァァッ! ジン選手の十八番、不可視の超高速移動『音速陣』だァッ! カメラの魔導レンズでも全く追えません! リーファス選手、四方八方から全方位の不可視の刃が迫るぞ!」
シュガァァァンッ!!
リーファスの頬のわずか数ミリ横を、空気を引き裂く風の刃が掠め、銀髪が鋭く舞う。前後左右、さらには上空――死角という死角のすべてから、暴風を纏った無数の不可視の斬撃が、リーファスを五体満足の肉塊へと変えるべく猛烈な勢いで殺到した。
(なるほど。風の魔力で自身の周囲の空気抵抗を極限までゼロに近づけ、脚力を強制的に引き上げているのか)
吹き荒れる暴風の中心で、ロングコートの裾を激しくなびかせながらも、リーファスはただ目を細めて静かに息を吐いた。
(だが……ただ速いだけだ。脚の出力だけで無理矢理に身体を加速させているせいで、完全に地に足がついていない。上半身のブレを下半身が補いきれず、軸がバラバラだな)
神域の領域に達した達人の眼光は、音速で闘技場を駆け抜けるジンの、わずかな『重心のブレ』を完全に見切っていた。
リーファスは、肌を切り裂かんと迫り来る風の魔力を『魔霊反転』の術理で衣服の表面から静かに吸い上げ、霊力へと変換しながら、胸の前で静かに印を結ぶ。
「――英霊降臨。『黄飛鴻』」
スッ、と。
リーファスの身体から一切の力みが消え、腰を深く落とすと同時に、両腕を大きく広げるようにして前後に構えた。中国南派武術を代表する、洪家拳の極めて美しく、そして強固な『虎鶴双形拳』の構え。
「無駄だ! どこを向いて構えようが、俺の速度には絶対に追いつけない!!」
ジンの残響が、反響して四方八方から同時に響き渡る。
次の瞬間、リーファスの真後ろの空間が音を立てて歪み、完璧な無音の音速の踏み込みと共に、ジンが必殺の双剣を鋭く交差させて背後から襲いかかった。100%の死角、そして回避も防御も絶対に不可能なタイミング。
「もらったァァッ!!」
「――見え透いた手品だね」
リーファスは振り返ることさえせず、背後に肉薄したジンの双剣に向けて、上半身を鋭く捻りながら、両腕の残像が残るほどの激しい『手技』の猛攻を前方に繰り出した。
「ハッ、遅い! そんな方向へ腕を振って何を防ぐ――」
ジンが完全な勝利を確信し、その口元に嘲笑を浮かべた――まさに、その刹那だった。
パパパパパパァァァンッ!!!
「――が、はッ!?」
闘技場全体に、肉体と障壁が爆ぜる乾いた破裂音が連続して響き渡った。
ジンの双剣がリーファスのコートに触れるよりも遥かに早く、ジンが纏っていた頑強な風の魔力障壁ごと、ジンの鳩尾、肋骨、そして顎先が、視認不可能な『何か』によって正確無比に撃ち抜かれていたのだ。
「な、が……あ……!?」
ジンは大量の血飛沫を吹き散らし、突撃の勢いのまま後方へと激しく錐揉み回転しながら吹き飛ばされた。何度も石畳をバウンドし、完全に白目を剥いてピクリとも動かなくなるAランク最強の探索者。
十万人の観衆が詰めかけた闘技場は、何が起きたのかを理解できず、水を打ったような完全な静寂に包まれた。
「…………へ?」
実況のバッカスが、あまりの光景に素っ頓狂な声を漏らす。
「な、何が起きたんですか今のは!? リーファス選手は前方に腕を振っただけ……いや、その腕は後ろにいたジン選手に届いてすら、かすってすらいなかった! なのにジン選手は、突然何かに全身を滅茶苦茶に打ち砕かれて吹き飛びましたよ!?」
「あ、足です……ッ!! 下段の蹴りだ!!」
解説のガストンが、座席から立ち上がり、マイクを握り潰さんばかりの狂気的な力で叫んだ。
「リーファス選手は、上半身の激しい手の動きで、ジンの意識と視線を完全に前方に誘導した! そしてそれと全く同時に、ジンからは完全な死角となる下段から、目にも止まらぬ神速の連続蹴りを放っていたのです! 影すら置き去りにする、恐ろしく速く、重い蹴りを……ッ!」
そう。それこそが、南方武術の英雄・黄飛鴻の代名詞。
鮮やかな手技の残像で相手の意識のすべてを奪い、その隙に、影すら落とさぬ神速の一蹴で急所をことごとく撃ち抜く絶技。
「――『無影脚』」
リーファスがすっと足を下ろし、静かに残心をとる。
その足元には、主を失って遅れて霧散したジンの風の魔力が、キラキラと美しい光の粒子となって虚空に消えていった。
「し、勝者ァァァ! そして、新たなるSランクお披露目トーナメント、完全無欠の優勝は――リーファス・カモォォォッ!!!」
ドワァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!
地響きどころか、バチカンそのものが揺るがんばかりの大歓声がコロッセオを埋め尽くす。観客たちは総立ちになり、椅子の上に駆け上がって叫び、歴史的瞬間の目撃者となった興奮に狂わんばかりに酔いしれていた。
退場口の影では、クリスが嬉しさのあまりピョンピョンと跳ねながら、「見ましたかあなたたち! あれが私のご主人様、世界最強のリーファス様です!」と、周囲のギルド職員や警備兵たちを揺さぶって自慢して回っている。
闘技場の中央。
リーファスは激しい攻防の後だというのに息一つ乱さず、少し緩んだネクタイを指先で軽く締め直し、気絶しているジンを静かに一瞥した。
「上半身の動きに気を取られすぎだよ。力任せの加速では、視界も思考も狭くなる」
少年の唇から紡がれる、どこまでも深く、全てを見通した絶対の貫禄。
「本当の踏み込みというやつは、影すら落とさないものさ。……悪くない剣技だったが、少し足元がお留守だったね」
涼しい顔でロングコートの裾を翻し、悠然と歩き出す15歳の少年の背中に向かって、万雷の拍手と賞賛の嵐がいつまでも、いつまでも降り注いでいた。
こうして、魔力を一切持たない新たなるSランク探索者『リーファス・カモ』の名は、もはや誰も疑うことのできない絶対の伝説として、世界中の探索者たちの心に深く、刻み込まれたのだった。
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