バチカン本部:第8のSランク認定会議
5月29日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。
キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!
世界探索者ギルド本部――宗教国家バチカンの最奥に位置する「円卓の間」。その重厚な空間には、常人ならば足を踏み入れた瞬間に呼吸を忘れ、恐怖で卒倒しかねないほどの、濃密にして苛烈なプレッシャーが渦巻いていた。
ギギィ……と重苦しいオーク材の扉が開き、室内へと足を踏み入れたリーファス・カモは、小さく肩をすくめて息を吐いた。
銀髪を高い位置で緩く束ね、ネクタイをきっちりと締めた軍服風の装いにロングコートを羽織るその姿は、どこからどう見ても15歳のうら若い美少年だ。だが、その背後には、まるで彼の影そのものに変じたかのように、黒髪のメイド・クリスが一切の気配を消して従っている。
「ふむ……。お主が例の『魔術殺し』と噂される、童か?」
最初に沈黙の静寂を破ったのは、円卓の奥に置かれた不釣り合いなほど巨大な椅子に、ちょこんと腰を下ろしている幼女だった。
『大賢者』ミネルヴァ。樹齢300年を超えるというドライアドであり、世界の魔法体系の頂点に君臨する大家。彼女は琥珀色の瞳を面白そうに細め、リーファスの全身を舐めるように観察する。
「魔力は完全に空っぽ。文字通りの出来損ないじゃ。……だが、その器の奥底、底無しの深淵に、見たこともない『別の何か』をドロドロと溜め込んでおるな。気味が悪いほどに美しく、底がまるで見えんわえ」
「お褒めにあずかり光栄ですね。大賢者様」
リーファスが、15歳の少年の肉体には到底不釣り合いな、何十年もの修羅場を越えてきた老練さを滲ませた落ち着いた声音で返答した――その瞬間だった。
――。
一切の殺気も、魔力の揺らぎも、空気を切り裂く風切り音さえもなかった。
リーファスの背後に落ちたわずかな影が、生き物のように不自然に歪んだかと思うと、一本の漆黒の刃が、彼の首筋を刈り取るべく音もなく空間を滑ってきた。
暗殺者ギルドの長にして『影の王』と呼ばれる男、ハサンによる、文字通りの挨拶代わりの凶刃。
「リーファス様――っ!」
クリスの黒い瞳が怒りに跳ね上がり、闇の魔力が爆発しかける。だが、それを完全に置き去りにする速度で、リーファスの身体が動いていた。
彼は背後を振り返ることさえせず、腰に帯びた祖父の形見――和泉守藤原兼重の「鞘尻」を、まるで最初からそこに刃が来ることが分かっていたかのような完璧な軌道で突き出したのだ。
ギィンッ!!!!
硬質な金属音が室内に甲高く響き渡る。漆黒の暗殺刃は、リーファスがミリ単位で合わせた鞘尻によって完全に軌道を逸らされ、虚空を虚しく切り裂いた。
「……ほう」
影そのものが溶け出すように姿を現したハサンが、仮面の奥から驚きを含んだ声を漏らす。
「俺の『絶影』を、視線も向けずに背中越しに捌ききるか。……ただの偶然や運の類いではないな、小僧」
「歓迎の挨拶にしては、随分と物騒ですね。私のような小心者には、少々心臓に悪い」
リーファスは和泉守藤原兼重の柄を指先で軽く叩きながら、何事もなかったかのように微笑んだ。
「くははははっ! こいつは傑作だ! 影の旦那の不意打ちを、こうもあっさりと受け流すとはな!」
地鳴りのような豪快な笑い声が室内に響き渡り、円卓の空気が一気に弛緩する。身長3メートルに達する巨躯を震わせるのは、獅子獣人の『獣王』ガルーダだ。鋼鉄の筋肉を纏う彼は、隣で静かに腕を組む『竜殺し』ジークフリートと顔を見合わせた。
「なあ、ジークフリート。こいつのどこに、これほどの修羅場を潜り抜けた『覇気』が隠れてるんだ? 体は細っこいもやしみてえだが、その目は……何十年も血の雨が降る戦場に立ち続けた、本物のバケモノのそれだぜ」
「ああ、同感だ。俺の体内に流れる竜の血が、歓喜か恐怖か、さっきから微かに震えて止まらない。濃密な死線の匂いがする男だ」
ジークフリートが、爬虫類を思わせる鋭い眼光でリーファスをじっと見据える。
並み居る世界の猛者たちが次々とリーファスという存在の重さを値踏みする中、ガチャガチャと騒がしい金属音を鳴らしながら、前のめりに歩み寄ってくる者がいた。自作のゴツゴツとした魔導アーマーに身を包んだ天才発明家、『機巧卿』レオナルドだ。
「おい新入り! ギルドの報告書で読んだぞ! 貴様がブリタニアでぶっ放したという『巨大な鉄の筒(主砲)』や、魔術師団を一瞬で蜂の巣にした『連射される鉄の杖(AK47)』! あれは一体どういう設計構造だ!? 魔力駆動か!? それとも未知の錬金術か!? 図面を見せろ、図面をぉ!」
鼻息を荒くして顔を近づけてくるレオナルドを、リーファスは「あいにく企業秘密でしてね」と、苦笑いを浮かべて巧みに躱す。
「皆様、その辺りになさってください。初対面で寄ってたかって、彼が困っていますよ」
見かねたように、鈴の鳴るような柔らかい声で場をたしなめたのは、純白の修道服に身を包んだ『聖女』カタリナだった。彼女はリーファスの身体から微かに漏れ出す霊力に、教会が何よりも尊ぶ純粋な退魔の神聖な息吹を感じ取っているのか、慈愛に満ちた友好的な微笑みを浮かべている。
すでに円卓の席に着いていた『絶剣』ディートリットが、やれやれと肩をすくめて椅子から立ち上がった。
「これで全員、納得がいったでしょう? 彼は私の妹、そして私自身の命の恩人です。その実力と格は、この私が全面的に保証します。ブリタニア王家を陰から救い、エルフの里を蝕む悪魔を単騎で討伐したその力……。Sランクを冠するに、何一つ不足はありません」
ディートリットの堂々たる宣言に、大賢者ミネルヴァが静かにコクリと頷き、他の猛者たちも次々に好戦的な、あるいは満足げな同意の意思を示していく。
「異議なしじゃ。面白き器よな」
「無論だ。早く前線でその『別の力』とやらを拝んでみたいものだな」
「ええ、この出会いに、神の偉大なるお導きを感じます」
全会一致――。
その様子を最奥の席から静かに見守っていた、円卓の最上座に位置する白髭の老人が、ゆっくりと威厳をもって立ち上がった。
世界探索者ギルド総長であり、かつて世界を救った伝説のSランク探索者。エルフの『聖賢』エルドリン。500年以上の時を生き、大賢者ミネルヴァの師匠でもある彼が口を開くと、室内の空気が一段と張り詰め、誰もが直立不動の姿勢を取った。
「皆の意志は確認した。……リーファス・カモよ。魔力を持たぬ身でありながら、世界の理を覆し、よくぞここまでの偉業を打ち立ててみせた」
深く、地を這うような、世界の重心を揺るがすほどの威厳ある声が円卓の間に響き渡る。
「これより、世界探索者ギルド総長の権限において、そなたを『第8のSランク探索者』として正式に認定する!」
この瞬間。魔力を一切持たない、かつて無能と蔑まれ追放された異端の少年は、世界最高峰の武威と栄誉を示す『第8のSランク探索者』として、正式に世界の歴史へとその名を刻んだのだった。
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