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エルフの誇りを砕く、神聖なる執刀

5月28日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。

キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!

 ブリタニア王宮での華々しい祝賀会から一夜明けた、探索者ギルド・ロンドン支部。

VIP専用の応接室には、豪奢なソファに深く腰掛けるリーファスと、彼に寄り添うように立つメイド服姿のクリス、そして向かいの席で呆れたような視線を送る金髪碧眼のエルフ、ディードリットの姿があった。


「いくらなんでも、あれでCランクは悪質なランク詐欺よ、リーファス。海では海獣を鉄の巨城の砲撃で吹き飛ばし、王宮では伝説の聖剣を顕現させて上位悪魔を両断する……。そんなCランクがいてたまるもんですか?!」


『絶剣』の二つ名を持つSランク探索者である彼女は、ため息交じりに肩をすくめた。

リーファスは軍服風のロングコートの襟を少し正し、中身は55歳の落ち着き払った声で返す。


「詐欺と言われてもな。私はつい数か月前、パリ支部で実技試験を受けてCランクになったばかりの新人だ。与えられた厄介事を、手持ちの札で片付けたに過ぎん」

「その『手持ちの札』が規格外だと言っているのよ…」


不満げなディードリットの言葉に、リーファスの背後に控えていたクリスがピクリと反応した。

黒曜石のような瞳が、鋭くディードリットを睨みつける。


「ディードリット様。私のリーファス様を愚弄するようなご発言は、たとえSランクであっても看過できません。リーファス様はいつだって完璧なのですから」

「わかった、わかったわよ。本当にあなたたちはいいコンビね」


張り詰めたクリスの殺気(おもに闇属性の魔力)を軽く受け流し、ディードリットが苦笑したその時、応接室の扉がノックされ、ロンドン支部長が分厚い書類の束を抱えて入ってきた。


「リーファス君。いや、今は騎士爵となられたのだから、リーファス・カモ卿とお呼びすべきでしょうな。昨日の王宮でのご活躍、我がギルドの誇りです」

「爵位など名ばかりのものです。それで、支部長殿、今日はどのようなご用件で?」


初老の支部長は咳払いをして、真剣な表情を浮かべた。


「単刀直入に申し上げます。貴方方お二人のランクを、本日付けで『Aランク』へと特例昇格とさせていただきます。スタンピードの阻止、シーサーペントと海賊の討伐、そして何より王都を脅かした魔族と悪魔の撃破。これらはCランクの範疇を大きく超えております」


「Aランク、ですか」


「はい。しかし……ギルドとしては、貴方の力は既に『Sランク』に到達していると確信しております。ですが、Sランクへの昇格には、一介の支部長の権限だけでは足りません。世界探索者ギルド本部――イタリアのローマ、バチカンに赴き、本部による直接の認定を受ける必要があるのです」


支部長の言葉に、リーファスは静かに目を伏せた。

Sランクともなれば、国家間の干渉を受けにくくなる。

今後、実家であるフランスのスミス家や、厄介な貴族どもからクリスを守り、自由に行動するためには、世界ギルド本部が認める最高位の権力と自由は魅力的だった。


「なるほど。悪くない話だ。……どうだ、クリス」

「リーファス様が行かれるのであれば、地の果て、世界の果てまでお供いたします」

「よし。では、バチカンへ向かおう」


即答したリーファスに、ディードリットが身を乗り出した。


「なら、私も推薦人として同行するわ。Sランクへの昇格には、現役Sランク探索者の推薦状があった方が圧倒的に話が早いの。それに……私も一度、故郷に帰っておきたくてね。せっかくブリタニアに戻ってきたのだし」


「エルフの里か。構わん、道行きは賑やかな方がいいからな」


こうして、リーファス、クリス、ディードリットの三人は、ローマへ向かう道すがら、ブリタニア国内の深き森の奥にあるエルフの隠れ里へと足を運ぶことになった。


――しかし、その里でディードリットを待っていたのは、残酷な現実だった。


◇◇◇◇◇


「アリス……! アリス、嘘でしょう……?」


木漏れ日が差し込むエルフの里の静かな治療室。

ベッドの上で横たわっていたのは、ディードリットの面影を持つ、美しい銀糸の髪の少女だった。しかし、その肌は死人のように青白く、呼吸は弱々しく乱れている。


「ディード姉様……お帰り、なさい。……ごめんなさい、お出迎え、できなくて……」

「喋らなくていい! 何故、何故こんな状態になるまで……っ!」


泣き崩れるディードリットの背後で、里の長老が重々しい口調で語り始めた。


「ディードリットよ、覚悟をしておくれ。アリスは……『魔力癌(マナ・キャンサー)』に侵されておる」

「魔力、癌……!?」


その言葉に、リーファスも眉をひそめた。魔術に関する知識は前世にはないが、今世で学んだ忌まわしき病の名だった。


「体内の魔力回路が暴走し、自らの細胞を異常増殖させて体を食い荒らす病……。治癒魔法をかければ、その魔力まで餌にして癌細胞が活性化し、逆に死期を早めてしまうというアレか」


リーファスの低い呟きに、長老は力なく頷いた。


「如何にも。我らエルフの誇る最高位の治癒術師を総動員したが、為す術がなかった。……もはや、余命は幾許もない」

「そんな……! 私のSランク権限を持ってしても、どれだけのお金を掛けて、最高のポーションを手に入れても……アリスを救えないっていうの!?」


絶望に染まるディードリットの叫びが、静かな木部屋に響き渡る。無力感に苛まれ、妹の手を握りしめて涙を流す『絶剣』の姿は、あまりにも痛々しかった。クリスでさえ、その悲痛な空気に口を噤んでいる。


だが、リーファスは静かに歩み寄り、ベッドで苦しむアリスの顔を見下ろした。

治癒魔法が効かない。魔力を与えれば悪化する。ならば――。


「……ディードリット。泣くのはまだ早い」


リーファスは、前世からの記憶の底に眠る、ひとりの「英霊」の姿を思い浮かべていた。

魔法が駄目なら、科学と医術の粋を集めたあの男の力を借りればいい。


「……私に、少し考えがある」


リーファスの静かな、しかし絶対的な自信を孕んだ声に、ディードリットは縋るように顔を上げた。涙で濡れた碧眼が、銀髪の少年を捉える。


「考えって……治癒魔法が効かないのよ!? これ以上、アリスにどうしろっていうの……!」

「治癒魔法が駄目なら、魔法を使わずに治せばいいだけの話だ。魔力を餌にして増殖する癌細胞ならば、魔力そのものを遮断し、物理的に切除する」


その言葉に、エルフの長老が血相を変えて割って入った。


「馬鹿なことを! 魔法による補助なしで人の腹を割くなど、ただの殺戮だ! それに空気中には常に微量な魔素が漂っておる。傷口から魔素が入り込めば、たちまち癌は全身に転移するぞ!」


「だから、私がやるんだ。前世の叡智と、この霊力を使ってな」


リーファスは長老の言葉を一蹴すると、クリスに視線で合図を送った。

クリスは静かに頷き、メイド服のスカートをふわりと揺らして病室の扉の前に立つ。彼女の足元から濃密な闇の魔力が滲み出し、部屋の空間を外界から隔離し始めた。


「クリス、誰も近づけるな。術の最中は一瞬の気の緩みが命取りになる」

「承知いたしました、リーファス様。誰一人として、お邪魔はさせません」


クリスの闇魔術による漆黒の結界が病室を包み込み、完全に外界から隔離されたのを確認し、リーファスはベッドのアリスに向き直った。

すうっと深く息を吸い込み、精神を統一する。55年の人生で培った揺るぎない精神力――数々の修羅場をくぐり抜けてきた男の集中力が、今世で蓄積した膨大な『霊力』を呼び覚まし、彼の内側で静かに渦を巻き始めた。


「――『英霊降臨(えいれいこうりん)』」


リーファスの低い声が、静寂の部屋に鋭く響く。


「顕現せよ。魔に頼らず、見えざる脅威から命を救いし近代外科学の父――ジョゼフ・リスター」


瞬間、リーファスの全身から眩いほどの清冽な霊力が立ち昇った。

それは魔力とは根本から異なる、一切の穢れを許さない神聖なエネルギー。奔流となった霊力はベッドのアリスごと周囲の空間を包み込み、瞬く間に真四角の領域を切り取っていく。


「な、なんだこれは……!? 結界の内側から、一切の魔素が消え去っていく……!?」

「ただの結界じゃない……空間そのものが、無垢な白に塗り替えられていくわ……」


長老とディードリットが、その異様な光景に肌を粟立たせて驚愕の声を上げた。

彼らの目の前で展開されたのは、魔力を完全に排斥し、塵一つ、菌一つすら存在を許さない絶対清浄の空間。近代医学の概念そのものを力へと変えた、『無菌室(クリーンルーム)』の顕現だった。


その中心に立つリーファスの姿は、いつもの軍服風のコートから、霊力で編み込まれた真っ白な手術着(サージカルガウン)へと変貌を遂げていた。その右手には、冷徹な光を放つ一本の薄刃――英霊武器である『メス』が、まるですでに体の一部であるかのように馴染んでいる。


中身は55歳+αの老練な男だ。人の命を預かる重圧など、今さら臆する理由にはならない。


「さて、執刀といくか」


リーファスの瞳に、ジョゼフ・リスターの深遠な叡智が宿る。

迷いのない手つきで、メスの刃先がアリスの細い肌へと滑り込んだ。この世界には魔法による痛覚遮断はあるが、今はそれすら魔力癌の餌になりかねない。リーファスは霊力を極細の針のように緻密にコントロールし、神経に直接作用させる『霊力麻酔』を施していく。一ミリの狂いも許されない神業だった。


皮膚が左右に開き、患部が露出する。

そこに潜んでいたのは、周囲の健康な組織を容赦なく侵食し、まるで生き物のように不気味に脈打ちながらドス黒い魔力を放つ腫瘍――『魔力癌』の病巣そのものだった。


「これが魔力癌か。確かに、ここに治癒魔法を注ぎ込めば、この腫瘍自体がエネルギーを吸って肥大化するわけだ。実にもどかしい病だな」


だが、リーファスは眉ひとつ動かさず、冷徹な外科医の目で病巣を見極めると、流れるような手さばきでメスを振るった。

傷口からの感染を防ぐため、リスターの代名詞である「石炭酸による消毒」の概念を霊力で再現し、空間に霧散させながらの作業だ。ツンとした特異な清涼感が無菌室を満たす中、ミリ単位の精度で、癒着した癌細胞を正常な組織から鮮やかに剥離していく。


「あ、ありえない……。魔法を一切使わず、ただの刃物で人体を切り刻むなど……しかし、なぜ出血がこれほど完璧に抑えられているのだ……!?」


長老は、自身の持つエルフの常識を木端微塵に破壊され、ガタガタと膝を震わせる。彼らにとってそれは、治療ではなく高次元の「解体」に見えていた。だが、ディードリットだけは、リーファスの手元に宿る「絶対にアリスを救う」という無言の覇気に圧倒され、祈るように胸の前で手を握りしめていた。


「……よし、摘出完了だ」


張り詰めた空気の中、小一時間が経過した頃。

リーファスの確かな手技によって、アリスの体内から赤黒い腫瘍が完全に切り離され、膿盆へと落とされた。

間髪入れず、医療用の糸を用いた精緻な縫合が行われ、最後に患部が清潔な布で保護される。完璧な処置だった。


「ふぅ……」


リーファスが小さく息を吐き出すと同時に、彼を包んでいた白衣と、空間を隔離していた『無菌室』が光の粒子となって霧散した。


元の静かな木部屋の風景が戻る。

ベッドには、先程までの死人のような青白さが嘘のように消え去り、頬にうっすらと健康的な赤みを差したアリスの姿があった。その胸は規則正しく上下し、生命力に満ちた穏やかな寝息を立てている。


「アリス……! アリス……っ!」


ディードリットが弾かれたようにベッドに駆け寄り、妹の胸に耳を当てた。

トントン、と力強く、確かなリズムを刻む心音。体内を暴走し、彼女を苛んでいた魔力の乱れは、完全に根絶されていた。


「治ってる……。嘘、あんなに手遅れだって言われていたのに……本当に、治ってる……!」

「魔力癌の病巣は物理的に全て取り除いた。あとはエルフ特有の高い生命力と、適切な栄養があれば自然に傷口は塞がる。……もう、通常の治癒魔法を使っても問題ないはずだ」


額に滲んだ汗をそっと拭いながら、リーファスはまるで散歩にでも行ってきたかのように事もなげに言った。

その瞬間、ディードリットは振り返り、床に両膝をついてリーファスの前に深く頭を下げた。Sランク探索者としてのプライドも矜持もかなぐり捨てた、魂からの平伏だった。


「リーファス……! ありがとう、本当にありがとう……! 私の命に代えても、この恩は一生忘れないわ……!」

「大げさだな。パーティーメンバーの家族を助けるのに、大層な理由はいらんさ」


リーファスは少し気恥ずかしそうに肩をすくめ、照れ隠しのように視線を逸らす。


「それに、これからバチカンまで長い道中を共にする仲間だ。水臭い礼の言葉よりも、もう少し気楽に接してくれた方が、こちらとしてもありがたい」


リーファスは床に膝をついたままのディードリットの前に歩み寄ると、その華奢な肩へ優しく手を置き、促すように視線を向けた。


「ディードリット。君さえ良ければ、これからは『ディード』と呼ばせてもらっても構わないかい? 命を預け合う仲間をいつまでもフルネームで呼び続けるのは、どうにも距離を感じてしまってな」


「……っ、ええ……! ええ、もちろんよ……! 好きに呼んで、リーファス!」


ディードリットは涙に濡れた碧眼を大きく見開き、それから弾かれたように満面の笑みを浮かべて何度も頷いた。

エルフという種族は、自らの真名を他者に略して呼ばせることを極端に嫌う、極めてプライドの高い生き物だ。だが、今の彼女にとって、目の前の銀髪の少年から愛称で呼ばれることは、エルフの誇りなど遥かに超越した、無上の救いであり無二の信頼の証だった。


その横で、クリスは「当然です、リーファス様は世界一偉大で、完璧なお方なのですから」と、まるで自分が褒められたかのように誇らしげにふんすっと胸を張っていた。


長老もまた、腰を抜かさんばかりに震えながら、その場に平伏する。

「魔法を凌駕する、神聖なる奇跡の御業……。リーファス・カモ卿、我らエルフ一族、貴方様へのご恩は末代まで語り継ぎましょう」


こうして、エルフの里を覆っていた絶望の影は、一人の「魔力を持たない」少年の手によって、跡形もなく払拭されたのだった。


本日もお読みいただきありがとうございます!

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