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新たなる家名「カモ」と、海を越えた絶望

5月28日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。

キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!

時計の針は数日前に遡る。

 ブリタニア王国の玉座の間で、特例中の特例である「他国者への騎士爵授与」が行われていた時のことだ。


『して、新たなるブリタニアの騎士よ。貴卿は実家から除籍された身と聞く。我が国の貴族録には、いかなる家名で登録いたすか?』


老齢のブリタニア王の問いかけに、リーファスは少しだけ目を伏せた。

 実家の「スミス」を名乗る気など、毛頭ない。彼が心に思い描いたのは、前世――悪霊に立ち向かい、誇り高く散った陰陽師「賀茂時行」としての記憶だった。魔法世界の銀髪碧眼の美少年に転生しようとも、己の魂の根幹は「賀茂」にある。


「……私の家名は、『カモ』です。リーファス・カモとご登録ください」


異世界には馴染みのない響きだったが、王は力強く頷き、それを認めた。

 その直後である。リーファスの隣で同じく騎士爵を賜り、緊張でガチガチに固まっていたクリスが、おずおずと彼の軍服の袖を引いた。


「あ、あの……リーファス様……」

「ん? どうしたクリス」

「わ、私も……その……リーファス様と、同じ『カモ』の家名を、名乗ってもよろしいでしょうか……っ?」


潤んだ黒曜石のような瞳で、壊れ物をあつかうように見上げてくるクリス。

 奴隷として虐げられ、闇魔術師として世界から忌み嫌われてきた彼女にとって、リーファスは自分を人間の世界へ救い出してくれた、文字通りの「すべて」だ。彼と同じ名前を背負い、同じ家を名乗る。それは彼女にとって、騎士の爵位などより何万倍も価値があり、重い意味を持つことだった。


「ああ、もちろんだ。今日からお前は、クリス・カモだ」

「っ……! はいっ……! クリス・カモ……私の、新しい名前、リーファス様と同じ……ふふっ、えへへ……っ」


両手で赤くなった顔を覆い、蕩けるような極上の笑顔を浮かべるクリス。

 それは傍から見れば、完全に婚姻届を出した直後の『新妻』のそれであったが、中身は55歳の老練な陰陽師であるリーファスは、「不遇だった娘が新しい名をもらって喜んでくれて何よりだ」程度にしか思っていなかった。女心をつくづく理解していない男である。


◇◇◇◇◇


それから数日後。

 水面下で動いていたブリタニア外務卿の調査は、恐るべき国家規模の速さでリーファスの素性を洗い出していた。


王城の一室。提出された報告書を受け取った第三王女エリザベスは、内容を認めると同時に目を丸くし、次の瞬間には扇子で口元を覆って高らかに笑い声を上げた。


「ふふふっ! あはははは! まさか、隣国フランスの魔術の名門『スミス伯爵家』の四男だったなんて! しかも、『魔力が一切ない』という理由で、数ヶ月前に実家から完全に除籍されて追放されたですって?」

「はっ。フランスに潜入している我が国の諜報員からの、確かな情報でございます。現在はスミスの家名を完全に捨て、ただの『リーファス』……いえ、先日の叙勲を経て『カモ』と名乗っております」


外務卿が冷や汗を拭いながら答えると、エリザベスは碧眼をらんらんと輝かせた。


「上級魔族を単独で圧倒し、我が国の危機を救い、聖剣まで顕現させたあの至宝の英雄を、魔力がないというただそれだけの理由で捨てるなんて……! フランスの貴族どもは、揃いも揃って目が節穴の集まりですのね! でも、わたくしにとってはこれ以上ない最高の朗報だわ!」

「と、おっしゃいますと?」


「彼は今、どこの派閥にも属さず、実家からのしがらみも一切ない、完全に『自由な身』。その上、血筋はれっきとした歴史ある伯爵家の出。わたくしとの婚姻における身分違いの壁や、面倒な政治的障壁は、これで完全にクリアされたも同然ですわ!」


身分差を理由に「分をわきまえる」などと優雅に断られたのなら、彼が元々自分に見合う貴族の血筋であることを突き付け、外堀からコンクリートで埋めてしまえばいい。15歳の恋する肉食系王女は、絶対に獲物を逃さないとばかりに妖艶で、かつ楽しげな笑みを浮かべた。


「外務卿。すぐにお父様に掛け合い、フランス王室へ『スミス家への感謝状』という名目で、公式な親書を送りなさい。内容は……そうね、『貴国が誇るスミス伯爵家が育て上げ、我が国へ遣わしてくれた御曹司リーファス卿が、我が国の滅亡の危機を救い、ブリタニア騎士爵と金貨1000枚、大英帝国勲章を授与されました。これほど優秀な傑物を輩出されたスミス家の教育に、最大級の賛辞を贈ります』とでもしておいて」

「で、殿下……っ! そのような、骨の髄まで皮肉と嫌みで満ちた親書を送れば、彼をゴミのように捨てたスミス家はおろか、フランス王室全体がパニックになりますぞ!?」

「構いませんわ。わたくしの狙った男を、あろうことか『無能』と罵ってドブに捨てた愚か者たちですもの。相応の絶望と報い、そして脳が焼き切れるほどの焦りを感じていただきませんと」


◇◇◇◇◇


そして現在。隣国フランスの『スミス伯爵家』本邸。


「――な、なんだとぉぉぉっ!?」


豪奢なスネークウッドの執務室に、オーギュスト・スミス伯爵の、魂がひっくり返ったような悲鳴が響き渡った。

 彼の目の前には、ブリタニア王国からフランス王室を経由して、最大級の警戒と共にもたらされた一通の公式な親書。そして、それを読んだフランス国王から直接届いた、烈火のごとき非難と詰問の書状が広げられている。

 あまりの怒声の凄まじさに、スミス家次期当主であり、優秀な火の魔術師として甘やかされて育った長男のマケールが、血相を変えて部屋に駆け込んできた。


「父上、いかがなされました!? 敷地外まで声が響いて――」

「こ、これを見ろ……! あの、魔力を持たないスミス家の面汚しだと叩き出したリーファスが……っ! ブリタニア王国で『騎士爵』を授与されたと書かれている! それだけではない、金貨1000枚(一億円相当)の恩賞に、あの大英帝国勲章まで授与されたと……!!」

「は……? 冗談でしょう? あの魔力ゼロの、呪文一つ唱えられないゴミ虫がですか? どこかの同名の間違いか、ブリタニア王の頭が狂ったに決まっています!」


マケールはあり得ないと鼻で笑ったが、父である伯爵の顔は、すでに生ける屍のように青ざめ、ガタガタと歯の根が合わないほどに震えていた。


「間違いであって、たまるか……っ! フランス王室から、『我が国が誇るべき最高峰の傑物を、なぜ勝手に他国へ流出させ、あまつさえ除籍などという愚行を犯したのだ』と、直接の罷免宣告に等しい問い合わせが来ているのだぞ!? しかも、奴はスミスの名を完全に捨て、勝手に『カモ』などというふざけた家名を立ち上げおった!」

「カ、カモ、だと……!? ち、父上! それは、あまりにもマズいです!」


状況を理解したマケールの顔からも、一瞬にして血の気が引いた。

 もしリーファスがまだ「スミス」の名を名乗っているのなら、まだ「我が家を出奔中の放蕩息子だ」と強弁し、実家の権力を使ってフランスに力ずくで連れ戻す大義名分が立った。

 しかし、完全に籍を抜かれ、全く別の独立した家名を創設し、ブリタニア王室の絶対的な庇護下に入ったとなれば話は180度変わる。他国の、それも国を救った大英雄である他国貴族を力ずくで連れ戻すことなど、宣戦布告と同義。絶対に不可能だ。


「ええい、わかっておるわ!! だからスミス家が潰れると言っているんだ!!」


伯爵は狂ったように自らの髪を掻き毟った。

 フランス王室からの通達は、冷酷かつ絶対だった。

『我が国の重大な損失である。いかなる手段を講じてでも、波風を立てずにあの若き英雄の機嫌を取り直させ、フランスへ、そして我が王室の陣営へと引き戻せ。できねば、スミス家の存続はないものと思え』と。


「ブリタニア王女の懸想に、新たなる家名の創設……。もはや手紙や並の使者でどうにかなる段階ではない。……マケールよ、お前が今すぐ、直接ブリタニアへ向かえ!」

「わ、私がですか!? あの無能に、この私が頭を下げに行けと!?」

「そうだ! 魔力のないゴミと見下していたこれまでの態度をすべて捨て、涙ながらに『悪かった、家に戻ってきてくれ』と身内の温情に訴えかけるのだ! 奴の隣にいるというあの黒髪の忌み子の奴隷も……ええい、スミス家の養女として迎えてやると言えば奴も喜ぶだろう! 奴がフランスに戻らねば、我がスミス家は王室の手によって取り潰されるのだぞ!!」


かつて「魔力がない」というただ一点で、実の息子をゴミのように除籍して捨てたスミス伯爵家。

 彼らは今、その「捨てた息子」の足元に泥水をすすって土下座をしてでもすがりつかなければならないという、因果応報の絶望の窮地に立たされていた。


本日もお読みいただきありがとうございます!

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