霧の都の襲撃、約束された勝利の剣
5月28日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。
キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!
――探索者ギルド ロンドン支部――
床に倒れ伏し、気を失っていたロンドン支部の職員たちの中から、ギルド長が酷いうめき声を上げて目を覚ました。
リーファスが放った強烈な霊圧による頭痛に顔をしかめる彼を見下ろしながら、リーファス達は淡々と事の顛末を告げる。
フランス北部のダンジョンで仕組まれていたスタンピード未遂事件。そして、その裏で暗躍していた隠密部隊『鴉』を捕縛し、陰陽術で彼らの体内へ送り込んだ霊力による尋問で吐かせた、この陰謀の「黒幕」の正体を。
「そ、そんな馬鹿な……。我が国の第二王子、リチャード殿下が、隣国のダンジョンを意図的に暴走させ、我が国とフランスの戦争を画策したというのか……ッ!」
血の気を失い、顔面を蒼白にしたギルド長は、その証拠となる自白調書と魔力契約の触媒を震える手で受け取ると、即座に王城への急使を走らせた。事態はすでに、一ギルドの手に負える範疇を超え、一国の存亡に関わる国家規模の不祥事へと発展していた。
◇◇◇◇◇
――ブリタニア王城、謁見の間――
豪奢なシャンデリアが照らす谒見の間。
国王と国の重鎮たちが居並ぶ重苦しい空気の中、リーファス達から提出された動かぬ証拠と『鴉』たちの証言により、事態の首謀者が第二王子のリチャードであることが白日の下に晒された。
「そ、それはでっち上げだ! 余を陥れようとするフランスの、いや、その薄汚い探索者どもの罠だ!」
玉座の傍らで顔を真っ赤にして喚き散らすリチャード王子。
だが、国王の目は氷のように冷ややかだった。言い逃れなどできるはずもない。
断罪は免れない。国家反逆罪による処刑か、地下牢での永久の幽閉か。
絶望に追い詰められ、退路を完全に断たれたリチャード王子の瞳に、ドス黒い狂気が宿った。
「……こうなれば、もはやこれまで。私を無能と蔑んできた父上も、優秀な兄上も、この国も! すべて終わらせてやる!!」
リチャード王子の足元の影が異常な速度で膨れ上がり、空間そのものがパキパキと不気味な音を立てて歪む。彼が王座を手にするために秘密裏に契約していた「上位魔族」が実体化した。
魔族は哄笑とともにリチャード王子の身体を包み込み、禁忌たる「魔族融合」を果たす。
王子の身体は風船のように肥大化し、骨が軋む音とともに衣服を内側から引き裂きながら、禍々しい角と漆黒の翼を持つおぞましい異形の怪物へと変貌した。
『グルルルァァァッ! 出でよ、我が眷属ども!』
融合した魔人王子の咆哮に呼応し、謁見の間の空間が次々と裂け、瘴気と死臭を纏った無数の下級デーモンが這い出してきた。
「陛下をお護りしろ! 貴様ら、魔物ごときに――ギャアァァァッ!?」
王国が誇る精鋭、近衛騎士団が剣を抜いて殺到する。
しかし、彼らの誇りは次の瞬間に無残に打ち砕かれる。
魔法で強化されたはずの銀色の全身鎧は、下級デーモンの鋭い爪の前にまるで柔らかな豆腐のように細切れに引き裂かれ、大量の血飛沫が謁見の間の絨毯と天井を赤く染め上げた。
「ひ、ひぃぃっ! 魔法が、火炎魔法が全く通じな――」
後方から放たれた宮廷魔術師たちの攻撃魔法は、魔人王子が放つ邪悪な瘴気に触れただけで霧散し、逆に魔力障壁ごと魔術師たちの胴体が真っ二つに薙ぎ払われた。歴戦の騎士たちが子供のように宙を舞い、手足を引きちぎられ、自慢の剣は容易くへし折られる。たった数十秒の間に、王国の盾であるはずの近衛騎士たちは半数が肉塊と化し、王城は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄へと変貌した。
「クリス、国王たちを護れ。ディードリットは雑兵の掃討を」
血と臓物の匂いが充満する地獄絵図の中、ただ一人、リーファスだけが平然と声を上げた。
「承知いたしました。……リーファス様の邪魔をする虫ケラは、私がすべて影の底へ落とします」
「まったく、人使いの荒い少年ね! 行くわよ!」
クリスが空間魔法を展開し、震え上がる王や文官たちを近衛騎士の死体ごと安全な次元の狭間へ退避させつつ、近寄るデーモンを影の刃で串刺しにしていく。ディードリットの『絶剣』は文字通り風となり、風速を越えた刺突で近衛騎士が手も足も出なかった下級デーモンの群れをハチの巣に変えていく。
玉座の前に残ったのは、巨躯を揺らす魔人王子と、銀髪を高い位置で結んだ少年ただ一人。
『小賢しい術士め! 貴様から消し飛べ!!』
魔人王子が両手を掲げると、王城の天井を吹き飛ばすほどの巨大な闇の圧縮魔力球が生成された。
それが直撃すれば、城はおろか王都の中心部がクレーターと化すほどの絶対的な破壊の塊。
「……前世じゃ、これほど気前のいい魔力にお目にかかる機会はなかった」
前世と足して齢七十歳の老練な魂は、危機的状況にあっても微塵も揺らがない。
リーファスは口角を少しだけ上げ、和泉守藤原兼重の柄に手をかけたまま、逃げることなく真っ向からその極大魔力球を受け止めた。
「――『魔霊反転』」
直撃したかと思われた莫大な闇の魔力が、リーファスの身体を通過する過程で、浄化された純白の霊力へと反転していく。絶望的な質量の『魔』が、すべて彼のエネルギーへと変換される。リーファスの銀髪が霊力の余波で高く舞い上がり、碧眼が鋭く光った。
「これだけの霊力をもらったんだ。この地に最も相応しい、最高の敬意をもって祓ってやる」
リーファスは刀から手を離し、莫大に膨れ上がった霊力を両手に集中させる。
空間が眩い黄金の光に包まれ、彼の手に一本の豪奢な両手剣が顕現した。
「国を売り、魔に堕ちた偽りの王族よ。真なるブリタニアの王の威光を、その身に刻んで消え失せろ」
「【英霊降臨】――アーサー・ペンドラゴン!」
リーファスが黄金の剣を大上段に構える。刀身から溢れ出した眩い霊光が、血に塗れた謁見の間を、まるで真昼の陽光のように神々しく照らし出した。
◇◇◇◇◇
黄金の光が、血と瘴気に塗れた謁見の間を浄化していく。そのあまりに神々しい光の奔流を前に、上位魔族と融合したはずのリチャード王子の巨躯が、ガタガタと無様に震え始めた。
『な、なんだその光は!? 貴様、魔力を持たぬ分際で、いかなる奇術を……ッ! 我の魔力が、喰われているだと……!?』
「奇術ではないさ。お前が手放したこの国の誇りであり、お前が最も恐れるべき『真なる王の光』だ」
リーファスは静かに言い放つと、膨大な霊力を宿した黄金の剣を上段から一気に振り下ろした。
「【約束された勝利の剣】(エクスカリバー)」
放たれたのは、絶対的な浄化の閃光。
それは物理的な破壊を伴う魔術とは異なり、「魔」そのものを概念ごと灼き尽くす、神聖なる光の津波だった。
『ギ、ギィィィィィヤアァァァァァァァァッッッ!!』
逃げる暇すら与えられず、極光に飲み込まれた魔人王子が絶叫を上げる。強固な魔族の鱗も、王城を吹き飛ばすほどに練り上げられた闇の魔力も、黄金の光の前では薄紙のように塵と化していく。
『ば、馬鹿な……我は、王に、なるはず、だっ、たのに……! 我が、王位、がぁぁぁ!!』
断末魔の叫びとともに、魔人王子――いや、彼に取り憑いていた上位魔族ごと、その存在は完全に光の中へと溶け、塵一つ残さず消滅した。
後に残されたのは、浄化の余波によって雲が晴れ、ステンドグラス越しに差し込む本物の陽光と、瘴気や死臭が嘘のように消え去り、花の香りで満たされた玉座前の空間だけだった。
「……ふぅ。少々、霊力を使いすぎたか」
黄金の剣がサラサラと光の粒子となって霧散していく。
リーファスは小さく息を吐き、老練な陰陽師としての鋭い眼光から、いつもの年相応の少年のように穏やかな表情へと戻った。
「ご主人様! お怪我はありませんか!」
「ああ、問題ないよ。お前もよく国王たちを護り抜いてくれた、クリス」
駆け寄ってきた黒髪のメイド、クリスの頭を優しく撫でる。
さっきまで空間魔法でデーモンをハチの巣にしていた彼女が、リーファス様に撫でられた瞬間に頬を染め、至福の表情で目を細めた。
そこへ、下級デーモンの群れをチリ一つ残さず斬り伏せたディードリットが、剣の血糊を払いながら歩み寄ってくる。
「ほんと、デタラメな少年ね。まさか、聖剣を顕現させるなんて……。エルフの長い歴史でも、あんな規格外の神秘は聞いたことがないわ」
「ただの特技さ。……さて、依頼はこれで完了だ」
リーファスの合図を受け、クリスが空間魔法を解除する。
次元の狭間から謁見の間に戻ってきた国王と文官たちは、半壊した城内と、魔人王子の痕跡すら残っていない光景を前に、言葉を失ってへたり込んだ。
「あ、あ、ああ……」
ブリタニア国王は震える足で立ち上がると、銀髪の少年の前まで歩み寄り、そして――あろうことか、一国の王が自ら膝を屈した。王族の権威が失墜したロンドンにおいて、リーファスが新たな「王」として認識された瞬間だ。
「王よ、頭を上げてください。私はただの探索者です。そんなことをされては困る」
「……いや、感謝などという言葉では足りぬ。そなたが振るったあの光の剣……。伝説に聞く、我が国の始祖王の御姿を垣間見た気がした」
国王の瞳には、命を救われた安堵だけでなく、底知れぬ力を持つリーファスに対する明確な「畏怖」が宿っていた。
「そなたらのおかげで、フランスとの戦争も、我が国の滅亡も免れた。……どうか、我が国の筆頭宮廷魔術師として迎え入れさせてはくれまいか。望むものは何でも与えよう」
「過分な評価をいただき光栄ですが、お断りします」
リーファスは即答した。一切の迷いもないその態度に、周囲の重鎮たちが息を呑む。
「私は魔術師ではありませんし、この国にある未踏破ダンジョンへの無許可の立ち入り権限をいただければ、それで十分です」
「なんと、無欲な……。いや、それすらもそなたの器には小さすぎるか」
国王は深く息を吐き、改めてリーファスを、そして背後に控えるクリスとディードリットを畏敬の念をもって見上げた。
「……承知した。ブリタニア王国は、いかなる時も『リーファス』という英雄を歓迎しよう。そなたたちの往く道に、精霊の加護があらんことを」
王族の権威に媚びず、ただ己の信念と力のみで魔を祓う。
『スミス伯爵家の無能な四男』として追放された少年が、世界を巻き込む大事件を解決し、一国の王にさえ頭を下げさせた瞬間だった。
本日もお読みいただきありがとうございます!
もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部の『☆☆☆☆☆』から応援していただけると励みになります!




