霧の都の歓迎と、嗤う影
5月28日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。
キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!
――ブリタニア王宮(バッキンガム宮殿)の地下深く。
王族のみが立ち入りを許される隠し部屋で、豪奢な金髪を持つ見目麗しい青年――ブリタニア王国第二王子、リチャードは、苛立たしげにワイングラスを壁に投げつけた。
「使えない連中だ。我が直属の隠密部隊『鴉』が、揃いも揃って捕縛されただと? しかも、身元の知れぬ『魔力なし』のガキ共にだと……! 屈辱だ!」
「ククク……お怒りのようですな、リチャード殿下」
割れたグラスの破片が散らばる暗がりから、声が響いた。
影が物理的な質量を持ち、人の形を成していく。
山羊の角に、蝙蝠のような歪な翼。
濃密な瘴気を纏うその姿は、お伽話ではなく、現実に存在する厄災――『上級魔族』であった。
「笑い事ではないぞ、ゼノ。奴らはパリ支部長の親書と『鴉』の身柄を持って、このロンドンに向かっている。私がフランスでスタンピードを画策したなどと知れ渡れば、私の王位継承が遠のく……いや、それだけでは済まないだろう。探索者ギルドとの関係が崩壊したら、私は責任を問われ、幽閉されるかもしれない!」
「ならば、衛兵に命じて反逆罪で捕らえればよろしいでしょう?」
「馬鹿を言え。奴らの中には『絶剣』のディードリットがいるのだぞ。あのエルフは、俺がロンドンに滞在するように要請したのを蹴ってパリに客将として滞在していたのだ」
リチャードは忌々しげに爪を噛む。
「Sランク探索者は、バチカンが認めた『一代限りの子爵』だ。完全なる外交特権を持ち、他国の法では裁けん。下手に王宮の騎士団を動かせば、それこそ国際問題だ。……表の権力が使えぬからこそ、貴様らの出番だろう?」
魔族のゼノは、裂けた口を三日月のように歪めた。
「ククク、承知しております。ロンドン支部ごと、連中を『偶然、魔物の襲撃があり死傷者が出た』悲惨な事故として処理してご覧に入れましょう。その中に偶々、パリ支部の使者がいた……といった具合に。この私自らの手でね」
「頼んだぞ。この国の次期王座は、私のものだ。そのためなら、魔族と手を結ぶことも厭わん。邪魔者は、誰であれ排除しろ」
◇◇◇◇◇
――同刻。探索者ギルド・ロンドン支部。
産業革命の象徴である巨大な蒸気機関のパイプが這う、煉瓦造りの巨大なギルド本部。
その一階ロビーに、リーファスたちは足を踏み入れていた。
「流石は本国ですね。パリ支部よりもさらに堅牢な、まるで要塞のような造りです」
ディードリットが周囲を見渡しながら言う。手には厳重に封印された親書が握られていた。
「だが、出迎えの態度は最悪みたいだぞ?」
リーファスが軽く顎でしゃくると、ディードリットもギルド内の様子がおかしいことに気づく。
受付嬢たちは気を失ってデスクに倒れており、ロビーにいた数十人の屈強な探索者たちも、黒い靄のようなものに巻かれて苦悶の表情を浮かべていた。
『――ククク、よくぞおいでなすった、バチカンの貴族殿。そして目障りな小蠅共』
頭上から、空間を劈くような声音が響く。
吹き抜けになった二階のバルコニーから、巨大な漆黒の塊が飛び降りてきた。
大理石の床が蜘蛛の巣状に砕け、濃密な魔の瘴気が室内に爆発的に広がる。
上級魔族、ゼノの降臨だった。
「魔族……!? なぜ、ロンドンの中枢にこんな上位の存在が!」
ディードリットが翡翠の瞳を見開き、瞬時に腰のレイピアを抜いた。
「死人に答える口は持たぬ! 灰燼に帰せ!!」
ゼノが六本腕を掲げると、空中に無数の「黒炎の槍」が出現する。
触れれば骨まで灰になる極大の闇魔術。それが、三人めがけて雨霰と降り注いだ。
「――『絶剣』・風華閃!!」
ディードリットが一歩前に出る。Sランクの真骨頂。
風の魔力を纏った不可視の刺突が、音速を超えて放たれる。
次々と撃ち落とされる黒炎の槍。
しかし、魔族の無尽蔵の魔力による飽和攻撃に、彼女の額に汗が滲む。
「チィッ、なんて魔力……! リーファス様、下がって! 私が隙を作――」
「いや、私の専門(出番)だ」
ディードリットの前に、銀髪のポニーテールを揺らしてリーファスが歩み出た。
軍服風のロングコートのポケットに両手を突っ込んだまま、降り注ぐ死の黒炎を見上げる。
「馬鹿な真似を! 魔力を持たないあなたが前に出ても――」
「エルフのお嬢さん。魔術師の天敵が何なのか、その翡翠の瞳に焼き付けてやろう」
リーファスは口角を上げ、右手を天に翳した。
「――『魔霊反転』」
直後、ディードリットの目を疑う光景が広がった。
リーファスに直撃するはずだった死の黒炎が、彼に触れる寸前で「清らかな白い光(霊力)」へと反転し、滝のように彼の体内へと吸い込まれていくのだ。
敵の最強の攻撃が、そのままリーファスの無尽蔵のエネルギーへと変換されていく。
「な、なんだと……!? 我が魔力が、喰われている……!?」
驚愕に目を見開く魔族ゼノ。
「ご馳走様。おかげで腹一杯だ。……さて、悪魔払いと行こうか」
リーファスは、溢れんばかりの霊力を用いて、静かに印を結んだ。悪魔祓いには、それに相応しい専門家がいる。
「英霊降臨:ガブリエーレ・アモルト。――部分召喚『聖別されしロザリオと聖水』」
前世の地球における、現代最強の「公式エクソシスト」の概念。
ヴァチカン(この世界の教会勢力)の教義さえ凌駕する、異世界の真なる「聖性」が具現化する。
リーファスの左手に銀のロザリオが、右手にはガラス瓶が握られる。
「主の御名において、我が霊力を浄化の光へと変える」
リーファスが小瓶の聖水を指で弾き、霊力を込めてゼノに向けて放つ。
たった一滴の雫。それが魔族の瘴気に触れた瞬間、爆発的な、そして純粋な浄化の光を放った。
「ギャアアアアアアアアアッ!? な、何だこの光は……!? バチカンの法王でさえ、これほどの聖性は……!!」
「主の御名において命じる。失せろ(アーメン)」
浄化の光で瘴気の防御を完全に引っ剥がされたゼノの懐に、リーファスは瞬動で入り込む。
腰の刀――祖父の形見『和泉守藤原兼重』が一閃。
霊力を極限まで纏った白銀の刃が、上級魔族の硬質な胴体を、豆腐のように斜めに両断した。
「ば、ばかな……殿下……」
断末魔と共に、上級魔族の肉体が塵となって崩れ去っていく。
ギルドに、再びの静寂が戻った。
「……ふう。少しは換気できたか?」
刀をカチンと鞘に納め、何事もなかったかのようにネクタイを直すリーファス。
「信じられない……上級魔族を、一刀のもとに……。しかも、あのふざけた魔力吸収は……」
レイピアを下げたまま、ディードリットは呆然と呟いた。もはや彼が「魔力なしの子供」だなどと、微塵も思えなかった。自分が百年以上の年月をかけて磨き上げた「絶剣」が、リーファスの刀(兼重)の前では、ただの玩具のように思えた。
その横で、クリスが腕を組み、ふんす、と鼻息を荒くして『ドヤ顔』を披露している。
「だから言ったでしょう? リーファス様にとって、魔族などただの『栄養ドリンク』に過ぎないのです!」
「お前が威張るな、クリス」
リーファスは苦笑しながらクリスの頭を撫でると、魔族が最後に遺した言葉を反芻した。ドヤ顔をしていたクリスが、リーファス様に撫でられた瞬間に、蕩けるような笑顔に変わる。
「……殿下、か。どうやらこの国の王室は、よっぽど私たちを歓迎したくないらしい」
薄暗いロンドンの空の下、現代陰陽師の目は、すでにこの事件の黒幕――リチャード王子へと真っ直ぐに向けられていた。
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