幕間:王水(ジャービル)と戦闘機(ハルトマン)で挑む陰陽師(クリス回想)
暗く冷たい北のダンジョン――「零下の氷結洞」を歩きながら、私、クリスは前を歩く愛しい主の背中をうっとりと見つめていた。
銀糸のように艶やかな髪を高い位置で結い上げ、仕立ての良い軍服風の外套を翻して歩くその姿は、この薄暗い地下迷宮にあってさえ、太陽のように眩しい。
スミス伯爵家を追放されてから、まだそれほど日は経っていない。
けれど、私たちの――いや、リーファス様の歩みは、この世界の常識を軽々と蹂躙していた。
パリ支部の探索者ギルドを訪れた日のことは、今でも鮮明に覚えている。
「魔力なし」と見下す受付嬢や、絡んできた荒くれ者たち。
彼らがリーファス様に向けた嘲笑は、実力試験での圧倒的な無双劇によって、見事なまでの絶望と畏怖に変わった。
結果は、異例中の異例である特例の「Cランク登録」。
当然だ。あの愚か者たちは、リーファス様の真の力の欠片すら理解していなかったのだから。
その後も、退屈な初心者ダンジョンを文字通り「散歩」のように踏破し、群れなすコボルトたちを瞬く間に平定した。
そして、つい先日のこと。
東西南北のダンジョン制覇を目指すリーファス様と共に踏み入った、東の「翡翠の樹海」での戦い。
あれは本当に素晴らしい光景だった。
私たちの前に立ち塞がったのは、魔法を弾く強固な外殻を持つ巨大毒蜘蛛の群れ。通常であれば、高ランクの魔術師が何人も束になって挑むべき強敵だ。
けれど、リーファス様は涼やかな碧眼を細め、静かに呟いた。
――『英霊降臨:ジャービル・ブン・ハイヤーン』。
現れたのは、見たこともない奇妙で複雑な硝子と金属の筒――王水噴霧器、とリーファス様は呼んでいた。
そこから噴き出された黄金色の液体が降り注いだ瞬間、蜘蛛たちの自慢の装甲は、悲鳴を上げる間もなくドロドロに溶け落ちた。肉も、骨も、すべてが泡を吹いて液状化していく。
強酸の饐えた匂いが立ち込める中、無慈悲に、そして優雅に敵を溶かし去るリーファス様の横顔は、背筋が凍るほど美しかった。
さらに南の「紅蓮の火山道」では、強大な火竜と相対した。
「クリス、ブレスは任せるぞ」
そう言って、私を頼りにしてくださったあの甘美な響き。
私は喜びで打ち震えながら、自身の闇の力――影魔法(空間魔法)を全開にし、火竜が吐き出した灼熱の業火を、巨大な影の顎を開いて一滴残らず呑み込んでみせた。
私だって、リーファス様の盾くらいにはなれるのだ。
そして、ブレスを封じられ隙を見せた火竜に対し、リーファス様が呼び下ろした英霊は、これまでのどの武器よりも巨大で、異質だった。
――『英霊降臨:エーリヒ・ハルトマン』。
天を切り裂くような鼓膜を揺らす轟音と共に、私たちの頭上に現れたのは、黒鉄の怪鳥……「メッサーシュミットBf109」と呼ばれる空を統べる兵器。
次の瞬間、怪鳥の機首から放たれた光の雨――機関銃の猛烈な掃射が、火竜の巨体を文字通りハチの巣に変えた。
強靭な竜鱗を紙切れのように貫き、血飛沫を上げながら崩れ落ちる竜。
圧倒的。ただただ圧倒的な蹂躙。
あの絶大な魔力を持つ火竜でさえ、私の愛するリーファス様の前では、ただの的でしかなかった。
「……ふふっ」
思い出すだけで、胸の奥が熱くなる。魔力が無いからとリーファス様を虐げたスミスの者たちに、あの神の如き力を見せつけてやりたい。
そして、恐怖に歪む顔を拝んでやりたい。
そんな仄暗い悦びに浸りながら、私はぴたりと足を止めたリーファス様の隣に並んだ。
どうやら、回想に耽る時間は終わったらしい。
「……クリス。ネズミが紛れ込んでいるな」
リーファス様が、祖父の形見である『和泉守藤原兼重』の柄に静かに手を添える。
その視線の先、氷柱の陰から姿を現したのは、魔物ではない。
黒い隠密装束に身を包み、鋭い殺気を放つ数人の人間。
その装備に見覚えがある。探索者ギルドの者でも、その辺の野盗でもない。
「……大英帝国の工作員、か」
リーファス様の呟きに、男たちの目が僅かに見開かれた。
他国の、しかも北のダンジョンの深層に、なぜ他国の工作員が潜入しているのか。
理由は分からない。けれど、一つだけ確かなことがある。
彼らがリーファス様に刃を向けるというのなら、ここが彼らの墓標になるということだ。
私は愛しい主の背中を守るように、静かに影の魔力を練り上げ、極上の微笑みを浮かべた。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます! 次回から新展開に突入します。
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