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灰色の半年と、氷鋼の狂気

5月27日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。

キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!

ル・アーヴルでの鮮烈なダンジョン攻略から、早いもので半年が経過した。

 その短い期間の間に、リーファスとクリスの二人の名は、フランス全土の探索者ギルドへ文字通りの「生ける伝説」として深く刻み込まれることとなる。


銀影ぎんえい」――いつしかギルドの者たちは、その圧倒的な進撃速度と神出鬼没さから、彼らをそう呼んで畏怖した。

 二人はパリのパリ支部を拠点に指定すると、東西南北のあらゆる高難度迷宮を、まるで嵐のような速度で次々と踏破していったのだ。


ある時、東の「翡翠の樹海」に君臨する巨大毒蜘蛛の軍勢に対し、リーファスは近代化学の祖『ジャービル・ブン・ハイヤーン』の魂を呼び降ろし、その魔力で生成した王水噴霧器によって、蜘蛛たちの硬質な外殻ごとドロドロに溶かし去ってみせた。

 またある時、南の「紅蓮の火山道」にて最上位の火竜と対峙した際は、クリスがその影で火竜のブレスを丸ごと呑み込んで無力化し、その隙にリーファスが撃墜王『エーリヒ・ハルトマン』の愛機「メッサーシュミットBf109」の航空機関銃を顕現。異世界の火山地帯に轟然たる爆音を響かせ、火竜の巨体を一瞬にしてハチの巣に変えた。


戦うたび、リーファスは無数の魔の息吹をその身に「喰らい」、反転させた霊力は前世の全盛期をも遥かに凌駕しつつある。そして彼の背中を追い続けるクリスもまた、今や単独でAランクモンスターの首を音もなく狩り取る、比類なき「影の暗殺者」へと成長を遂げていた。


◇◇◇◇◇


――そして、現在。

 北の寒冷地に位置する最難関ダンジョン、「氷鋼の蒼宮」の第三十層。


「リーファス様……あそこです。大魔石の周囲に、ひどく不浄な魔力の波長を感じます」


クリスが細い指先で示した視線の先。巨大な蒼い氷結結晶の影に、数人の不審な男たちが潜んでいた。彼らはこの世界では極めて珍しい、光を完全に吸収する隠密特化の「黒装束」を纏っている。


なぜ彼らの正体が分かったのか。この世界の共通語は英語に類するものだが、地域によって明確な「訛り」が存在する。この半年の間に多くの探索者と交流を持ったリーファスは、彼らが漏らした独特なブリタニア(現代のイギリス)のニュアンスを聞き逃さなかった。

 さらに、ギルドの酒場で耳にした「ブリタニア王室直属の暗部は、体のどこかにライオンの頭部の入れ墨を刻んでいる」という噂話。リーファスはその鋭い碧眼で、工作員の一人の首筋に覗く、悍ましい獅子の紋章を捉えていた。


「……よし、設置完了だ。この触媒さえ起動すれば、一気に対象の魔力が暴走する。スタンピード(魔物の群れの大氾濫)がフランス北部の街を綺麗に蹂躙し尽くすだろう」


リーダー格の男が、不気味に脈動する魔法装置へ手をかけた、まさにその瞬間。

 薄暗い氷の迷宮の奥から、銀髪の少年が外套を揺らし、あまりにも悠然と姿を現した。


「他人の家の庭に勝手に忍び込んで、爆竹を鳴らそうとするのは感心せんな。……ブリタニアの紳士諸君?」


リーファスがあえて確信犯的にカマをかける。


「何者だ!? ……チッ、ガキと不釣り合いなメイドだと? 計画を見られたか、消せ!」


男たちの過剰な動揺は、まさに図星を刺された何よりの証拠だった。

 黒装束の一人が反射的に放った、鋭い雷属性の魔弾。だがリーファスは、それを避けるどころか左手で無造作に正面から掴み取ると、即座に【魔霊反転】を起動。パチパチと弾ける雷撃を、自身の純粋な霊力へと一瞬で書き換えて体内に吸い込んだ。


「ご馳走様。……なかなか上質な魔力だ。クリス、一人も逃がすなよ」

「はい、リーファス様。――『影のシャドウ・ケージ』、収容完了です」


クリスの影が瞬時に床を走り、工作員たちの足元から闇の障壁となって彼らの退路を完全に塞いだ。


◇◇◇◇◇


完全に退路を断たれ、追い詰められたリーダーが、自暴自棄の狂気に駆られて魔法装置の起動スイッチを叩きつけた。


「狂ええええ!! フランスの犬どもと共に消え失せろ!!」


中央の大魔石が、脈動と共にドス黒い赤色へと変色していく。次の瞬間、三十層の壁や天井から、数百、数千という尋常ならざる数の氷の騎士アイスゴーレムが、地響きを立てて次々と湧き出し始めた。

 狂乱した魔物の津波。街を一つ容易く滅ぼす、人災型のスタンピードが幕を開ける。


「……少々、耳障りがすぎるな。クリス、少し耳を塞いでいろ」


リーファスは、自身の膨大な霊力を溜め込んだ「銀の髪」の一房を媒介に、かつてアメリカの暗黒街を支配した禁酒法時代の帝王を呼び覚ます。


「英霊降臨――『アル・カポネ』」


リーファスの両手に、ドラムマガジンを備えた鈍く黒光りする無骨な自動小銃――【トンプソン・M1921】が具現化した。


――ダダダダダダダダダダダダダダッ!!!


迷宮の氷の通路を、無慈悲な鉛の嵐が埋め尽くした。一発一発にリーファスの濃密な霊力が込められた「対魔弾」の弾幕は、狂乱したアイスゴーレムたちの強固な身体を、文字通り前行から微塵切りに削り取っていく。


「な、なんだあの得体の知れない魔法は……!? 詠唱も魔法陣の展開もないのに、これほどの火力を連射するだと!?」


黒装束たちが絶望に顔を歪め、ガタガタと震える中、通路を埋め尽くしていた数千の氷の軍勢は、わずか数分のうちに、ただの哀れな氷の塵へと還っていった。チリン、チリンと、床に落ちる無数の空薬莢の金属音だけが冷たく響く。


◇◇◇◇◇


だが、狂った装置によって無理やり引き出された大魔石の魔力は、迷宮のさらに最深部で、空間そのものをパキパキとひび割れさせる「致命的な歪み」を生み出していた。


「……リーファス様、地下の底から何か来ます! 先ほどのアイスゴーレムどもとは、完全に次元が違います……!」


激しい地鳴りと共に、頑強な氷の床が派手に崩落した。

 奈落の底から這い出てきたのは、この迷宮の真の支配者。全身を禍々しい黒い氷の鎧で包んだ、十メートルを超える伝説級の巨神――「氷獄の魔人ゼロ・ギガース」。


魔人が大気を震わせて咆哮し、すべてを凍土へと変える絶対零度の冷気ブレスを放たんとする。クリスの強力な影魔法さえも凍りつこうとする異常事態の中、リーファスは静かに口元を吊り上げた。


「……いいだろう。15歳の身体には少々荷が重いが、最高の生贄(魔力)だ」


リーファスはトンプソンを霧散させ、体内の全霊力を右手の指先へと一本化していく。今度の媒介は、自身の全霊力を込めた魂の印。


「――主の加護は我にあり。邪悪を貫く、一筋の赤き光よ」

「英霊降臨――『アルスターの猟犬、クー・フーリン』」


リーファスの手に現れたのは、不気味なほどの深紅の光を放つ、無数の棘に覆われた伝説の魔槍。

 ――【死棘のゲイ・ボルグ】。


「逃げ場はないぞ、氷のデク人形」


魔人が絶対零度のブレスを吐き出すよりも早く、リーファスの身体が爆発的な速度で跳ね上がった。霊力で極限まで強化された超跳躍。空中、巨神の眉間に向かって、彼は必殺の魔槍を突き出す。


「――貫けっ!!」


放たれた赤き閃光は、因果の理を逆転させ、「敵の心臓(核心)を貫いた」という確定した結末へ向かって突き進む光の帯となった。

 ――ドォォォォォン!!!

 魔人の誇る強固な黒氷の鎧がガラス細工のように粉々に砕け散り、その巨躯が内側から生じた因果のエネルギーによって大爆発を起こす。


魔人が最期に放出した、国家予算レベルの膨大な魔力を、リーファスは余さず【魔霊反転】で自身の血肉へと吸収した。

「……ふぅ。やはり神話級の槍は、この若い身体には少々こたえるな」


◇◇◇◇◇


銃声と爆音の完全に止んだ迷宮に、リーファスの涼やかな鈴の鳴るような笑い声が響く。

 そこには、粉々になった氷の残骸と、腰を抜かして失禁せんばかりに震えるブリタニアの黒装束たちが転がっていた。


「クリス、この男たちは生かしたまま探索者ギルドのパリ支部へ届けよう。ブリタニアの王室へ、素晴らしい金額の『請求書』を叩きつけてやる必要があるからね」

「はい、リーファス様。既に影の檻へ厳重に収容いたしました。……それと、魔王の大魔石の破片も、完璧に回収済みです」


リーファスは、手元に残った砕け散った大魔石の美しい破片を拾い上げ、フッと優しく息を吹きかけた。


「……さて。フランスの迷宮は大体回った。次は霧のロンドンへ、少し遅めの観光旅行にでも行くとしようか」


この日を境に、フランスとブリタニアの国際的なパワーバランスは、一人の「現代陰陽師」の気まぐれによって、劇的に書き換えられることとなる。


本日もお読みいただきありがとうございます!

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