西の港町と天才銃器設計者の散弾
5月27日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。
キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!
パリ支部で特例のCランク探索者として登録を済ませた私たちは、早速、受付嬢から「今のあなたたちの実力に見合い、かつ稼ぎの良い魅力的な迷宮」として推奨されたダンジョンへ向かうことにした。
二人が足を運んだのは、パリから西へ下った先にある風光明媚な港町・ル・アーヴル近郊。
潮の香りが心地よく漂う町外れの険しい断崖に、濃密な魔素の塊によって形成された「コボルトの洞窟型迷宮」が、ぽっかりと不気味な口を開けていた。
「リーファス様、ギルドの解説書によれば、ここは全10層からなる構造だそうです。通常、新人の探索者は1層か2層の安全圏でコボルトを狩り、魔石を小銭に変えて帰還するのが定石だとか」
「ほう、10層か。長旅の後の、ちょっとした散歩には丁度いい深さだな」
クリスが自身の影に編み出した「影の空間(収納)」から、するりと迷宮の地図を取り出して見せる。
この世界のダンジョンとは、魔力の濃度が高い場所に突如として発生する、一種の閉鎖的な異界だ。内部の魔物を討伐すれば、その肉体は血肉を残さず霧散し、心臓部にあたる【魔石】だけがその場にゴロリと残る。
この魔石こそが、この世界の魔法文明を根底から支える超重要エネルギー源であり、同時に探索者たちの貴重な食い扶持(収入源)となる。前世の世界でいうところの、石炭や石油のようなものだろう。
一歩、薄暗い洞窟の中へと足を踏み入れる。だが、そこで待っていたのは、解説書の「初心者向け」という生易しい記述を裏切る異常事態だった。
「――リーファス様、索敵完了しました。この先の開けた広間に、コボルトの群れが……およそ50匹。さらにその奥、魔力を帯びた上位個体『コボルトメイジ』の気配もあります」
「ご苦労、クリス。初心者向けを自称する割には、随分と景気よく湧いているじゃないか」
ひんやりとした洞窟の闇の中、新調したばかりの黒いメイド服という、およそ迷宮には場違いな出で立ちのクリスが、自身の足元の影から滑らかに立ち上がって報告してくる。彼女の『影魔法』による隠密索敵は、前世の忍び(隠密)の右に出る者すら皆無の精度を誇っていた。
軍服風の外套を軽やかに翻し、私は腰に差した祖父の形見、【和泉守兼重】の鯉口を親指で小さく鳴らした。外見は15歳、中身は55歳の老練な魂を持つ碧眼が、暗闇の奥で獰猛にうごめく獣人たちの気配を冷静に見定めていく。
「グルルルゥゥッ!」
「ギャウッ!」
侵入者の気配を敏感に察知したコボルトたちが、粗末な骨片の剣や錆びたナイフを掲げ、肉の壁を形成して津波のように押し寄せてくる。
「クリス、足止めを」
「はい、リーファス様。――『影縛』」
クリスが冷酷な黒曜石の瞳を細め、胸の前で素早く印を結ぶ。
瞬間、洞窟の地面を覆う闇が黒い茨のように猛烈な勢いで触手を伸ばし、突撃してきた前衛コボルトたちの足首を次々と地面へ縫い留めていった。一切の無駄がない、極上のサポートだ。
「ギャンッ!?」
「キシャアアアアッ!」
足を奪われ、大混乱に陥る群れの最奥。杖を掲げた上位種・コボルトメイジが、禍々しい詠唱を完了させていた。
放たれたのは、浅い階層にはおよそ不釣り合いな高火力の【火炎球】。
凄まじい熱風の轟音と共に、狭い洞窟の通路を灼熱の業火が舐め尽くさんと迫りくる。
だが、私は一歩も退かない。むしろ、待ちわびたと言わんばかりに唇を薄く吊り上げた。
「――【魔霊反転】」
私が左手を真っ直ぐ前にかざすと、目前の空間がガラスのようにグニャリと歪んだ。
直撃すれば馬車ごと消し飛びかねない巨大な火炎球が、まるで不可視のブラックホールに吸い込まれるように私の掌へと急速に集束し、一瞬にして完全消滅する。
敵の放った最大火力の魔力が、陰陽術の理によって反転させられ、私の体内を巡る膨大な『霊力』へと100%変換された瞬間だった。
「さて……。こういった閉鎖された洞窟で、密集して群れをなすネズミ共を駆除するには――これが一番よく効く」
体内に満ち満ちた霊力を一気に練り上げ、私は前世の知識(記憶)の底から、もう一つの偉大なる魂を呼び降ろす。
「【英霊降臨】――『ジョン・ブローニング』」
私の両手に青白い霊光の粒子が収束し、ずっしりとした重厚な質量を持った、鈍色の塊を形成していく。
それは、魔法しか存在しないこの異世界には本来あり得ない、近代銃器工業の最高峰の結晶。天才銃器設計者ジョン・ブローニングの手による傑作ポンプアクション式ショットガン――【ウィンチェスターM1897】だった。
――ガシャコンッ!!!
私が左手でフォアエンド(先台)を小気味よく引くと、冷たくて重厚な金属音が洞窟の壁に反響した。
直後、コボルトメイジが動揺し、次の魔法を放とうと杖を持ち上げるよりも早く、私は容赦なく引き金を引いた。
――ズ、ドォォォォンッ!!!
鼓膜を震わせる圧倒的な爆音。
銃口から放たれた無数の散弾が、狭い洞窟の幅いっぱいに扇状に広がりながら、圧倒的な面制圧の暴力となって空間を蹂躙した。
回避など不可能な密度の弾幕。彼らの拙い魔力の盾すら紙切れのように容易くぶち抜き、密集していたコボルトの群れは、悲鳴を上げる間もなく血飛沫と共に後方へと吹き飛ばされていく。
「ガシャコンッ! ズドンッ! ガシャコンッ! ズドンッ!」
流れるような滑らかなポンプアクションから放たれる、容赦なき連続射撃。
剣や魔法による「一騎打ち」や「詠唱」が戦闘の常識であるこの世界において、リロードを挟まずに面を削り取る近代兵器の制圧力は、魔物たちにとって文字通りの悪夢、あるいは天災そのものだった。
わずか数十秒。
白煙(硝煙)が立ち込める洞窟内には、もはや立っている魔物は一匹として存在しなかった。
「……ふむ。火薬による汚れも生じず、手入れの必要がない霊力成型の銃器というのは、なかなか悪くない使い心地だな」
熱を持ったショットガンを右肩にひょいと担ぎ、私は結い上げた銀髪のポニーテールを揺らしながら、至って涼しい顔で呟いた。
「さすがリーファス様……! なんという恐るべき、そして素晴らしい美しき力でしょうか!」
さっきまで敵の群れを虫ケラを見るような冷徹な目で一瞥していたクリスが、一転してパァッと花が咲いたような極上の笑顔になり、目をハートにして私を見つめていた。
驚くべきは、その彼女の両手には、私が撃ち終えた瞬間から足元の影を高速で蠢かせ、ちゃっかりと全滅したコボルトたちから回収し終えた魔石が、山のようにジャラジャラと抱えられていることだ。実に見事な手際である。
世界から迫害され、実家を追われた少年と少女の、圧倒的な成り上がりへの第一歩。
西の港町にあるギルドのル・アーヴル支部が、見習いのはずの新人から提出された、尋常ならざる大量のコボルトの魔石の山に度肝を抜かれ、阿鼻叫喚の悲鳴を上げることになるのは――このわずか数時間後の出来事である。
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