西の港町と天才銃器設計者の散弾
二人が向かったのは、パリから西へ下った先にある港町・ル・アーヴル近郊。
潮の香りが漂う町外れの断崖に、魔力溜まりによって形成された「コボルトの洞窟型迷宮」が口を開けている。
「リーファス様、このダンジョンの解説書によれば、全10層の構造だそうです。
通常、初心者は1、2層で魔石を稼いで帰還するのが定石だとか」
「ほう、10層か。短めの散歩には丁度いいな」
クリスが影魔法で編み出した「影の空間」から地図を取り出す。
この世界のダンジョンは、魔力の濃度が高い場所に発生する一種の異界だ。内部の魔物を倒せば、死体は霧散し、心臓部にあたる**「魔石」**だけがその場に残る。この魔石こそが、近代化を支えるエネルギー源であり、探索者の食い扶持である。
「リーファス様、索敵終わりました。奥の広間にコボルトの群れ……およそ50。奥には魔力を帯びた個体もいます」
「ご苦労、クリス。初心者向けにしては、随分と景気よく湧いているな」
薄暗い洞窟の中、メイド服という場違いな出で立ちのクリスが、自身の足元の影からスッと立ち上がり報告する。
彼女の「影魔法」による索敵は、隠密性において右に出る者はいない。
軍服風の外套を翻し、リーファスは祖父の形見である『和泉守藤原兼重』の鯉口を鳴らした。
55歳の老練な魂を持つ彼の碧眼は、暗闇の奥でうごめく獣人たちの気配を冷静に見定めている。
「グルルルゥゥッ!」
二人の侵入に気づいたコボルトたちが、粗末な武器を手に津波のように押し寄せてくる。
「クリス、足止めを」
「はい、リーファス様。――『影縛』」
クリスが冷酷な黒い瞳で手で印を作ると、洞窟の地面の影が茨のように伸び、前衛のコボルトたちの足を次々と縫い留めた。彼女の魔法は的確で、一切の無駄がない。
「ギャンッ!?」
「キシャアアアアッ!」
混乱する群れの奥で、杖を持った上位種・コボルトメイジが詠唱を終えた。
放たれたのは、初心者ダンジョンには不釣り合いな高火力の『火炎球』。
轟音と共に、狭い洞窟内を灼熱が舐め尽くそうと迫る。
だが、リーファスは一歩も退かない。
むしろ、待ちわびたと言わんばかりに薄く笑う。
「――『魔霊反転術』」
リーファスが左手を前にかざすと、空間が歪んだ。
直撃するはずだった巨大な火炎球が、まるでブラックホールに吸い込まれるように彼の掌へと集束し、消滅する。
敵の最大魔法が、反転させられ、リーファスの膨大な「霊力」へと変換された瞬間だった。
「さて……洞窟(閉鎖空間)で群れをなすネズミ共には、これが一番効く」
溢れんばかりの霊力を練り上げ、リーファスは前世の知識から一つの魂を呼び降ろす。
「英霊降臨――『ジョン・ブローニング』」
彼の両手に青白い霊力のエフェクトが収束し、一つの鈍色の塊を形成する。
それは、魔法しか存在しないこの世界には本来あり得ない、近代工業の結晶。
ジョン・ブローニングが設計した傑作ポンプアクション式ショットガン(ウィンチェスターM1897)だった。
「ガシャコンッ!」
リーファスがフォアエンド(先台)を引く、冷たく重厚な金属音が洞窟に響く。
直後、コボルトメイジが次の魔法を放つよりも早く、引き金が引かれた。
ズドォォォォンッ!!
爆音。
銃口から放たれた無数の散弾が、扇状に広がりながら空間を蹂躙する。
回避など不可能な面制圧。魔法の盾すら紙切れのように貫き、密集していたコボルトの群れは、悲鳴を上げる間もなく血飛沫と共に吹き飛ばされていった。
「ガシャコンッ! ズドンッ! ガシャコンッ! ズドンッ!」
流れるようなポンプアクションから放たれる連続射撃。
剣や魔法での一騎打ちが常識であるこの世界において、その破壊力と制圧力はまさに悪夢だった。
わずか数十秒後、硝煙の立ち込める洞窟内には、立っている魔物は一匹もいなくなっていた。
「……ふむ。手入れの必要がない霊力成型の銃器というのは、なかなか悪くないな」
肩口にショットガンを担ぎ、リーファスはポニーテールを揺らしながら涼しい顔で呟く。
「さすがリーファス様……! 素晴らしい力です!」
先ほどまで敵を虫ケラのように見ていたクリスは、パァッと花が咲いたような笑顔になり、目をハートにしてリーファスを見つめていた。その手には、ちゃっかりと影魔法で回収した魔石が山のように抱えられている。
迫害された二人の、成り上がりへの第一歩。
西の港町のギルド支部が、大量のコボルトの魔石の納品に度肝を抜かれるのは、この数時間後のことである。
本日もお読みいただきありがとうございます!
もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部の『☆☆☆☆☆』から応援していただけると励みになります!




