後日談4:西施(せいし)のSランクへの道
「ねえ、リーファス。ボクに、その『しんとうけい』ってやつを教えてよ」
バチカンの新居にある広大な訓練場。
夕闇が迫る中、動きやすい軽装に着替えた西施は、リーファスの前に立って真っ直ぐな視線を向けていた。
普段はどこか飄々としていて、リーファスに甘えるのが上手い小悪魔的な彼女が見せる、めずらしく真剣な、そして少しだけ焦りの色の混じった表情。
リーファスには、その理由が分かっていた。
大決戦を経て、リーファスは世界探索者ギルドの歴史上初となる、唯一無二の『SSランク』へと推挙された。そして、彼の婚約者となった四人のうち、クリスとディードリットの二人は、すでに探索者の最高位である『Sランク』に認定されている。
誰よりも負けず嫌いで、強さにこだわりを持つ西施にとって、世界の頂点に立った最愛の男と、そのすぐ後ろを堂々と並び立って歩く二人の背中は、誇らしくもあり、同時に猛烈に悔しいものでもあった。
「浸透勁か。……構わないが、あれは前世の私の国の、極めて特殊な身体操作技術だ。外側の装甲を無視して、内臓や骨に直接衝撃を響かせる。生半成な技術じゃないぞ」
「望むところさ。クリスやディードリットに置いていかれるなんて、ボクのプライドが許さない。SSランクになったリーファスの隣で、ボクだってまっとうに胸を張りたいんだ」
「いいだろう」
リーファスは頷き、自身の体に『霊力』を巡らせて見せた。
この世界で霊力を扱えるのはリーファスだけだ。しかし、そのエネルギーを血管や神経のように全身へ緻密に巡らせるという独自のコントロール術は、この世界の住人が『魔力』を運用する上でも、究極のヒントになり得た。
「浸透勁のコツは、打撃の瞬間に力を集中させることじゃない。波を伝えるように、相手の体内に自身のエネルギーを『通す』ことだ」
「エネルギーを、通す……。リーファスのあの独特な巡らせ方を、ボクの魔力で再現すれば……!」
西施は目を閉じ、自身の膨大な魔力を体内で駆動させた。
リーファスの霊力循環を思い描きながら、魔力をただ放出するのではなく、細く、鋭く、螺旋を描くように掌底へと集約させていく。さらに西施は、自身の得意属性である『雷』の魔力をそこに上乗せした。
バチチチッ……! と、彼女の掌底の周りで青白い火花が爆ぜる。
「はああああっ!」
鋭い踏み込みと共に、訓練用の巨大な防護岩へ掌底を打ち出す。
どんと大きな衝撃音が響き、岩の表面に少しの焦げ跡が残る。だが、一瞬、二瞬と待っても、岩にはそれ以上の変化は起きない。
「……あれ? おかしいな」
「魔力が外側で弾けてしまっているね。ただの魔力なら押し通せるが、お前の性質は『雷』だ。雷の魔力は爆発力が強すぎる分、霊力のように穏やかに相手の内側へ浸透させるのは至難の業だぞ」
「くそっ、やっぱりそう簡単にはいかないか……」
西施は悔しそうに拳を握りしめ、額の汗を拭った。
この世界で唯一無二の霊力の巡らせ方を、荒ぶる性質を持つ雷の魔力で模倣する。それはエネルギーの出力を極限まで制御せねばならず、全神経をすり減らすような過酷な作業だった。
それから何度も、夜が更けるまで西施は掌底を突き出し続けた。
バチッと魔力が暴発しては、自分の腕が痺れて顔をしかめる。しかし、その度に傍で見守るリーファスの姿を見て、彼女は唇を噛んで立ち上がった。
呼吸を整え、魔力の流れをさらに細く、さらに鋭く。雷の破壊力を内側へと閉じ込めるように、緻密に、緻密にコントロールしていく。
そして、数百回目の挑戦。
「……はあああっ!!」
完全に無駄な力を抜いた西施の掌底が、静かに岩へと触れた。
今度は派手な音はしなかった。岩の表面には傷一つついていない。しかし一瞬の後――。
みしり、と音がしたかと思うと、頑強な防護岩の内側からパキパキと無数の亀裂が走り、内包された雷撃が激しく炸裂して、中から粉々に砕け散った。
「っ……できた……! ボクの魔力をリーファスみたいに巡らせて、体内に雷を浸透させる……。これぞボクのオリジナル、名付けて『雷神勁』だよ!」
砕け散る岩の破片を背に、西施は不敵に、引して最高に可愛らしくニカッと笑ってみせた。
◇◇◇◇◇
数日後。バチカン中央闘技場。
西施のSランク昇格試験の相手として用意されたのは、世界ギルドでも数少ない、現役のSランク探索者――『竜殺し』ジークフリートだった。
「ハハハ! リーファス・カモの婚約者だからと期待したが、まさかきみのような小柄な女の子が相手とはな!」
ジークフリートは、見るからに頑強な金色のフルプレートアーマーに身を包み、大剣を肩に担いで豪快に笑っていた。彼の二つ名である『竜殺し』は伊達ではない。その身体には、あらゆる物理攻撃と魔法を完全に遮断する、竜の因子を用いた絶対防御のパッシブスキルが常時発動している。
「女の子だと思って油断してると、痛い目を見るよ、おじさん」
西施は不敵に笑い、手のひらを開いて緩く構えた。
観客席の最前列では、リーファス、クリス、ディードリット、エリーの四人が、静かにその戦いを見守っている。
「始め!」
審判の合図と同時に、ジークフリートが地響きを立てて突進してきた。
大剣が容赦なく振り下ろされるが、西施は持ち前の俊敏さでそれを紙一重で回避。ジークフリートの懐へ一瞬で潜り込み、まずはその軽やかな足技を繰り出した。
「――『雷神脚』!!」
音速を超えた超高速の蹴りが放たれ、強烈な衝撃波がジークフリートを襲う。しかし、ジークフリートはにやりと不敵に笑い、その金色の盾で正面から衝撃波を受け止めた。竜鱗の絶対防御によって、音速の衝撃波は煙を上げて強引に防がれてしまう。
「ハハハ! その程度の攻撃など効かんな!」
「なら、これはどう!? ――『雷神脚・極』!!」
西施は空中へと跳躍し、目にも留まらぬ速さで雷神脚の三連撃を叩き込んだ。激しい雷を伴う蹴りの乱舞が横方向へと巨大な突風を巻き起こし、闘技場を揺るがす強烈な竜巻となってジークフリートへと襲いかかる。
だが、ジークフリートもさるもの、大剣に凄まじい闘気を宿して一閃し、西施の放った雷の竜巻を真っ向から相殺してみせた。
ゴォォォンッ!! と激しい余波の爆風が闘技場に吹き荒れ、二人は一度距離を取る。
(……やっぱり、外側から普通に叩くだけじゃ、あの重装甲は崩せない。だったら、意を決して行くしかないね……!)
西施は瞳を鋭く見据え、今度はあえて威嚇を目的として、正面から再び『雷神脚』を放った。
猛烈な衝撃波がジークフリートの視界を遮るように突き進む。ジークフリートがそれを再び迎え撃とうと身構えた瞬間、西施はその衝撃波のすぐ真後ろへと完璧に追随していた。
放った衝撃波の影に身を隠し、弾丸のような速度でジークフリートの懐へと肉薄する。
「なっ……、速い――!?」
衝撃波を抜けて目の前に現れた西施の姿に、ジークフリートの驚愕の表情が鎧の隙間からのぞく。すでに回避も防御も間に合わない超至近距離。西施は細い腰を鋭く捻り、ジークフリートの胸甲へ、吸い込まれるように掌をピタリと当てた。
――魔力循環、全開。
リーファス直伝の緻密な身体操作。肉体組織の隙間をすり抜けるように、西施の完全に制御された雷の魔力が、ジークフリートの硬質な鎧を滑らかに透過していく。
「これで終わりだよ。――『雷神勁』ッ!!」
ボフッ、と奇妙な、小さな打撃音が響いた。
ジークフリートの無敵の鎧には、やはり傷一つついていない。
「……? ハハハ! 言ったろう、そんな蚊の刺したような衝撃、俺の鎧には――がはっ!?!?」
次の瞬間、ジークフリートの口からドッと鮮血が噴き出した。
彼の目が驚愕に見開かれる。鎧の内側――彼の強靭な肉体の五臓六腑へ、鎧を完全に無視して透過した西施の極大の雷撃が、直接ダイレクトに叩き込まれた。
バリバリバリバリッ!!!と、ジークフリートの身体の内側から青白い電撃が激しく噴き出す。
「う、あ……バカな、鎧の防御を、突き抜けて……内側から、丸焦げに……っ」
ドスゥゥゥン……!
最強を誇った『竜殺し』が、白目を剥いてその場に崩れ落ち、完璧に意識を失った。闘技場全体が、シーンと静まり返る。
「……勝者、西施!!」
審判の絶叫と共に、割れんばかりの歓声が巻き起こった。
新たなSランク探索者が誕生した瞬間だった。
◇◇◇◇◇
試験終了後、闘技場の裏通路。
息を弾ませながら戻ってきた西施の前に、リーファスが待っていた。その後ろには、微笑むクリスやディードリットたちの姿もある。
「見事な浸透勁だった、西施。私の教えた技術を、短期間でそこまで己の技術に変換させるとは。誇りに思うよ」
「……っ、リーファス!」
さっきまで堂々と無双していた西施は、大好きな師匠からの最高の褒め言葉を聞いた瞬間、一気に顔を真っ赤にして、その胸へと飛び込んだ。
「ボク、頑張ったよ……! これでやっと、クリスやディードに並べた。これからはボクも、Sランクとして、もっともっとリーファスの役に立ってみせるからね!」
リーファスの胸に顔を埋め、嬉そうに、そして少し甘えるようにすり寄る西施。
そんな彼女の頭を、リーファスは前世の大人の包容力で、優しく、愛おしそうになでてあげるのだった。
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