規格外の主従とパリ支部の悲鳴(クリス視点)
重厚な石造りの巨大な建造物――探索者ギルド・パリ支部の訓練場。
分厚い壁面には深々とひび割れた巨大なクレーターが穿たれ、その中心で最初の試験官が白目を剥いてピクピクと痙攣していた。
先ほど、リーファス様を「魔力ゼロの無能」と嘲笑ったその愚鈍な男は、東方の英霊『李書文』の武術とやらを顕現させたリーファス様の一撃で、壁のオブジェと化したのだ。おそらく、三日は目を覚まさないだろう。
「……やりすぎたかな。どうやらこの時代の人間は、前世の悪霊どもより随分と脆いらしい」
困ったように溜め息をつくリーファス様の横顔は、今日もこの上なく美しい。
「リーファス様は悪くありません。あのような無礼な輩、自業自得です」と私が微笑みかけると、リーファス様も優しく微笑み返してくださった。
そこへ、涙目で血相を変えた受付嬢が慌てて駆け込んでくる。
その後ろには、新たに呼ばれたらしい恰幅の良い別の試験官が、酷く渋い顔をして続いていた。
「お、お待たせいたしました……! 最初の試験官が……その、急病(?)で倒れてしまったため、代わりの試験官をお連れしましたっ! リーファス様の試験は既に基準を大きく超えてクリアしておりますので、次はそちらの……ええと」
「チッ……一体何事かと思えば」
新たな試験官は、壁にめり込んでいる同僚を一瞥して舌打ちすると、私とリーファス様を交互に見て、あからさまに軽蔑の眼差しを向けた。
「おいおい、本気で言っているのか? その忌まわしい黒髪の娘が魔法を使うだと? しかも、魔力ゼロの貴様のお供として、だと? ギルドの試験をなんだと思っている」
――ピキリ、と。
私の心の奥底で、何かが冷たく凍りつく音がした。
私が「闇属性」の「黒髪」であるゆえに蔑まれることなど、どうでもいい。
だが、私の唯一絶対の主であるリーファス様を、再び「魔力ゼロ」と侮辱した。
その罪は、万死に値する。
「……リーファス様。よろしいでしょうか?」
努めて平坦な声で尋ねた私に、リーファス様はすべてを見透かしたように頷いた。
「ああ。だが、殺してはいけないよ。私たちはこれからここで世話になるんだからね」
その温かいお言葉で許可を得た瞬間、私は纏う空気を一変させた。
「私の実技試験、始めます。標的はあの鉄ゴーレムですね」
私が冷たく言い放つと同時、足元の影が不気味に蠢き、膨張していく。
「なっ……闇属性だと!? しかも、その規模は――」
愚鈍な試験官が驚愕の声を上げる間など与えない。
私の影は瞬時に数十メートル先の鉄ゴーレムの足元へと「繋がり」、その空間の繋がり目から無数の漆黒の刃を一斉に噴出させた。
空間そのものを切断する影魔法の一撃。
重装甲の鉄ゴーレムは、一切の抵抗も許されず、まるで柔らかなチーズのようにサイコロ状に細切れにされ、轟音を立てて崩れ落ちた。
訓練場が、水を打ったような静寂に包まれる。
「……こんなものでよろしいですか? 試験官殿」
腰を抜かして床にへたり込んでいる試験官を、私は冷たく見下ろした。
「次、リーファス様を少しでも侮辱すれば、あなたの足元の影がどうなるか……保証はしませんよ」
「ヒッ……!!」
試験官が情けない悲鳴を上げるのを確認し、私はすぐさまリーファス様の元へ戻る。
そして、心からの笑みを浮かべて見上げた。
「終わりました、リーファス様!」
「見事な制圧力だったね、クリス」
リーファス様に褒めていただき、私の心は至福で満たされた。
度重なる異常事態と轟音に、ついに訓練場の奥からパリ支部長と数名のベテラン探索者が血相を変えて飛び出してきた。
「ま、待て! 君たちは一体何者だ……!?」
支部長は、壁にめり込んだ最初の試験官と、私が細切れにした鉄ゴーレムの残骸、そしてリーファス様が先ほど(ついでに)真っ二つにしたミスリル合金の的を呆然と見渡した。
そして、額に滝のような冷汗を流しながら、絞り出すように口を開いた。
「……探索者のランクは、基本的にはFランクからのスタートだ。だが、君たちをそんな底辺に置けば、ギルドの見る目が疑われるし、何より被害が拡大しそうだ」
支部長は大きく息を吐き出し、頭を抱え込むようにして私たちを真っ直ぐに見据えた。
「世界探索者ギルドにおいて、頂点たる『Sランク』は世界に7人しか存在しない。それに次ぐA、Bランクも一騎当千の化け物揃いだ。……特例中の特例だ。君たち二人を、本日から『Cランク』としてギルドに迎え入れよう。……頼むから、街中でそのデタラメな力は使わないでくれよ」
こうして、私たちは無事に探索者としての第一歩を踏み出した。
リーファス様がいれば、どんな困難も敵ではない。
私はただ、この漆黒の影で、リーファス様の歩む道を切り拓き、守り抜くだけだ。
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