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後日談2:完璧な主の、不完全な初デート

世界を揺るがした南極での大決戦から、早いもので一ヶ月。

世界探索者ギルド本部――バチカンから世界救済の栄誉として贈られた壮麗な新居に居を構え、一週間が経ってようやく生活も落ち着きを取り戻しつつあった。


ある日の午後。

豪奢なリビングのソファで、リーファスは久方ぶりの穏やかな時間を満喫していた。軍服風のコートを脱ぎ、めずらしく身軽なシャツ姿で紅茶を嗜んでいると、向かいの席に座るエリー――エリザベスが、真剣な眼差しで身を乗り出してきた。


「リーファス様。少し、わたくしの話を聞いてくださいますか?」

「ん? どうした、エリー。新居の設備に何か不満でもあったか?」

「そうではありませんわ。……リーファス様、わたくしたちは無事に死線を潜り抜け、正式に『婚約』いたしましたわね?」

「ああ。異論の余地なく、君たちは俺の最愛の婚約者だ」


さらりと恥ずかしげもなく言ってのけるリーファスに、エリーは一瞬頬を染めながらも、すぐに居住まいを正して扇子をパチンと鳴らした。


「ならば主張いたしますわ! せっかく婚約いたしましたのに、この一週間、あなたは新居の片付けやギルドとの書簡のやり取りばかり。……男たるもの、婚約者をデートの一つにでもに誘うべきですわ!」


「……ッ」


エリーの真っ当すぎる主張に、リーファスは思わず息を呑んだ。

中身は五十五歳+αの老練な男だ。その脳裏に、前世での苦い記憶がよぎる。あの頃の自分はいつだって仕事を最優先にし、付き合っていた女性も顧みず、結果として人間関係を破綻させてしまった。


(そうだ……今世こそは、同じ過ちを繰り返してはいけない。せっかく彼女たちが俺を信じて寄り添ってくれているのだから、大切にしなければ)


深く反省したリーファスだったが、すぐに別の問題にぶち当たった。

この世界での「デート」とやらは、一体どこへ行けばいいのだろう。

今世のリーファスは、十五歳まで実家の離れに幽閉され、その間はただひたすらに霊力と陰陽術の修行三昧。出奔してからも探索者としての戦闘がメインの生活で、女性が喜ぶお洒落なデートスポットなど、今一ピンと来ていなかったのだ。


困惑して視線を泳がせるリーファスを見て、エリーは待ってましたとばかりにフンスとドヤ顔を決めた。


「ふふん、やはりそんなことだろうと思いましたわ。これをご覧になって!」


エリーが懐から取り出したのは、美しい刺繍が施された二枚のチケットだった。


「今、バチカンの上流階級の間で大流行している観劇のチケットですわ! ……ご安心ください、一番最初の一歩は、やはりこれまで最も長くあなたの側で支え続けた、クリスに譲って差し上げます。さあ、明日はクリスを連れて、最高のデートを楽しんできてくださいな!」


エリーの粋な計らいに、リーファスは深く感謝した。


「ありがとう、エリー。その心遣い、痛入る」


◇◇◇◇◇


翌日。

バチカン中央広場にある大劇場の前で、リーファスはクリスを待っていた。

やがて人混みを割って現れたクリスの姿に、リーファスは不覚にも言葉を失った。


いつも纏っている完璧なメイド服ではない。淡いサファイアブルーの清楚なワンピースドレスに身を包み、艶やかな黒髪には小さなパールの髪飾りが光っている。


「リーファス様……あの、その、やはり私のようなメイドが、このような場にご一緒するのは不釣り合いでしょうか……?」


いつになく緊張し、ドレスの裾をきゅっと握りしめて黒曜石のような瞳で上目遣いになるクリス。


「……いや。言葉が出ないほど綺麗だ、クリス。今日の私は、世界一の果報者だな」

「っ……! あ、ありがとうございます、リーファス様……!」


嬉しさのあまり耳まで真っ赤にして微笑むクリスをエスコートし、リーファスは大劇場の内部へと足を踏み入れた。


――しかし、彼らは気づいていなかった。

劇場前の巨大な柱の陰から、異様な殺気(おもに恋心)を放つ三つの人影が、じっと彼らの後をつけていることに。


「ふふ、お熱いことですわね。でも、わたくしが用意したチケットですもの、席は彼らのすぐ斜め後ろを確保してありますわ」

「エリー、グッジョブ。……それにしても、クリス、あんな可愛い服持ってたのね。ちょっとずるいわ」

「もう、二人とも声を落としてぇ。リーファスに気づかれちゃったら、せっかくの尾行(デート見学)が台無しになっちゃうよ?」


変装のベールを深く被ったエリー、ディードリット、そして西施せいしの三人である。三人の婚約者たちは、期待と少しの嫉妬を胸に、二人の初デートを完璧に見守る構えだった。


◇◇◇◇◇


劇場が暗転し、いよいよ今流行りの舞台が幕を開ける。

だが、その内容が始まった瞬間、リーファスは激しい頭痛に襲われそうになった。


『おお、見よ! あの銀髪の少年こそ、悪魔を統べる魔王を一撃で両断し、片手で連合艦隊を召喚して世界を救いし、生ける伝説リーファス・カモ卿であーる!』


舞台の上で、金髪の派手な役者が過剰な身振り手振りで叫んでいる。

どうやらこの観劇、南極の決戦をベースに、バチカンが国威発揚のために作った『リーファス・カモ英雄譚』そのものだったのだ。


(おい待て……片手で魔族の軍勢を一掃は盛りすぎだ。それに、ヒロインに掛けるあの甘ったるい台詞は何だ。俺はそんなことは一言も言っていない……っ)


あまりの誇大表現と気恥ずかしさに、リーファスは席の上で生きた心地がせず、辟易としていた。前世を含めても、これほど精神的に削られる時間はそうはない。

たまらず隣にいるクリスの様子を窺うと、彼女は暗闇の中で、その美しい黒目をキラキラと輝かせて舞台を見つめていた。そして、リーファスの視線に気づくと、そっと耳元に顔を寄せて囁いてきた。


「リーファス様。舞台の役者さんも格好良いですが……本物のリーファス様の方が、この何倍も、何十倍も素敵です。私の目には、いつだってリーファス様が世界一に映っていますから」


「……ありがとう、クリス」


純粋無垢な信頼の言葉に、リーファスの胸のモヤモヤは一瞬で消え去った。


観劇を終えた後は、バチカン名物の洗練されたレストランで昼食をとり、賑やかな市場マルシェへと繰り出した。

並ぶ露店を眺めながらウィンドウショッピングを楽しむ中、クリスあるアクセサリーショップの前で、足を止めた。

彼女が見つめていたのは、リーファスの放つ、澄み渡る清冽な霊力の色によく似た、綺麗な銀色のきらめきを放つ一輪の薔薇を模したネックレスだった。


「気に入ったのか?」

「あ、いえ! ただ、リーファス様の美しい霊力の色にとても似ていて、綺麗だなと……っ」


遠慮するクリスの手を優しく引き、リーファスは店員に声をかけた。


「これを。彼女にとてもよく似合う」


その場でネックレスを購入し、リーファスはクリスの細い首元へ、丁寧にそれをつけてあげた。

漆黒の髪と、胸元で上品に輝く銀色のネックレスが、彼女の美しさを何倍にも引き立てている。


「リーファス様……一生、大切にします……!」


胸元に手を当てて涙ぐむクリス。その様子を、数メートル後ろの果物屋の陰から見ていた尾行組は、もはや身悶えを抑えきれずにいた。


「ちょっとぉ、リーファスってばあんな自然にプレゼントなんてできるのねぇ。侮れないわぁ……」

「ディード、静かに。……くっ、わたくしも、あの位置でリーファス様にネックレスを贈られたいですわ……!」


◇◇◇◇◇


デートの締めくくりにリーファスが選んだのは、バチカンの美しい街並みが一望できる、夕暮れ時の静かな丘の上だった。


沈みゆく太陽が、世界を黄金色と茜色に染め上げていく。

心地よい風がクリスの黒髪を揺らす中、リーファスは彼女の前に立ち、その両手をそっと包み込んだ。中身は前世五十五歳+今世の十六歳。年齢の壁など、この瞬間の熱量の前には何の意味もなさなかった。


「クリス。実家を飛び出し、右も左もわからなかった俺の側に、君は最初からずっといてくれた。君の献身と、君が注いでくれた無償の愛があったからこそ、俺は今日まで戦い抜くことができたんだ」


「リーファス様……」


「クリス。心から感謝している。そして――これからもずっと、俺の隣で、俺の生きる世界のすべてを一緒に見てほしい。愛しているよ」


「――っ、はい……! はい……! 私も、私の魂のすべてを懸けて、リーファス様をお慕いしております……っ!」


涙を溢れさせながら、最上の笑顔を見せるクリス。

リーファスは愛おしさを堪えきれず、彼女の華奢な肩を引き寄せ、ゆっくりと顔を近づけた。二人の影が、夕日の中で一つに重なろうとした、その瞬間――。


「ちょっとエリー、押しすぎよ! 足元が――」

「ディードリット様こそ、そんな大柄な身体で迫らないでくださいまし! あ、西施(せいし、引っ張らないでぇ!」

「きゃっ!? ちょっと、みんな押さないでってばぁ――」


ガサガサガサッ!!!、ドスン!!!


二人のすぐ目鼻の先にある大きな茂みから、凄まじい音を立てて、もつれ合った三人の美女が地面へと転がり出てきた。


「「「あ」」」


地面に五体投地するような格好になったエリー、ディードリット、西施せいしの三人が、凍りついた顔でゆっくりと首を上げる。


そこには、唇が触れ合う数センチ前で静止したまま、冷徹極まる陰陽師の目でこちらを見下ろしているリーファスと、お色気たっぷりの闇属性の殺気(魔力)を全身から噴出させているクリスの姿があった。


「……おまえたち、そこで何をしているんだ?」


リーファスの極低温の声が、静かな丘に響き渡る。


「あ、あらぁ、リーファス?奇遇ねぇ、私たちはちょっと、夕日が綺麗だからお散歩にねぇ……?」

ディードリットが目を逸らしながらで誤魔化そうとするが、リーファスの鋭い目は誤魔化せない。


「ディード、エリー、西施せいし。……新居に帰ったら、全員揃ってじっくりと『お話』をしようか」


完璧な主の、不完全で、けれどこれ以上なく賑やかで愛おしい初デートは、美しい夕暮れの悲鳴と共に、賑やかに幕を閉じるのだった。


本日もお読みいただきありがとうございます!

完璧な主の、なんとも賑やかな初デートでした。お楽しみいただけていれば幸いです。

次回は**【後日談3:永遠の日記】**をお届けする予定です。現代日本側で一人前の陰陽師を目指して奮闘する永遠に、まさかの急展開が……!?


【作者から、皆様へ大切なお願いと挑戦のお知らせ】


いつも『現代陰陽師』を応援いただき、本当にありがとうございます!

皆様のおかげで、本作はなろうで5万PV、7,800人以上の方に読んでいただける大切な作品に育ちました。


本日は、このリーファスたちの物語について、皆様に少し大きなお願いがあります。


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