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三面の魔神と破壊の神火

6月12日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。

キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!

螺旋階段を限界の速度で駆け上がり、漆黒の塔の最上階へと踏み込んだリーファスたちの目に飛び込んできたのは、異界の瘴気がおぞましく物質化したかのような、絶望的な光景だった。


「……あれが、魔神……!」


中央の祭壇に不気味に鎮座するのは、全長二十メートルを誇る巨大な三面六臂の異形。その禍々しい姿は、古の闘神たる阿修羅を彷彿とさせた。六本の太い腕はそれぞれ見たこともない異界の魔導兵装を握りしめ、三つの顔はそれぞれ憤怒、嘲笑、そして絶対的な空虚の表情を浮かべている。


その胸部――。

どろりと蠢く不気味な真紅の水晶の中に、完全に意識を失ったクリスの華奢な身体が、残酷に閉じ込められていた。


「クリス――!!」


リーファスの裂帛の叫びに呼応するように、魔神の六本の腕が一斉に、容赦なく振り下ろされる。


◇◇◇◇◇


百人の英霊の並列維持による魂の限界負荷に、碧眼から血の涙を流しながらも、リーファスはその瞳を鋭く見開いた。外の光人たちを消滅させるわけにはいかない。ならば、この術式をこの場に固定するのみ。


「――大土地神理、この場に集え! 『統制回線・接地方陣』!!」


リーファスは全龍脈の霊圧を束ねていたジャンヌ・ダルクの聖旗を、塔の頑強な床へと深く、力強く突き刺した。世界の血潮たるエネルギーの回線が床を通じて固定され、リーファスが旗から手を離しても、外の百人の英霊たちの現界がそのまま維持される。

百倍の多重アクセスを旗に預けて固定した状態で、リーファスは空いた両手で自身の愛刀を再び固く握り直した。


「聖旗の維持はこれで固定した……! ――私の肉体を、もう一柱の『器』とする! 二重降臨!!」


己の魂の余力を触媒に、リーファス自身に直接降ろすのは、隠密の極致――英霊:猿飛佐助。

リーファスの身体がまるで本物の影のように揺らぎ、重力を完全に無視した超高速の身のこなしで、魔神が放った六臂の連撃をことごとく紙一重でかいくぐっていく。


西施せいし、エリー! 魔神の動きを止めるんだ!」


「任せて! ――はあああっ!」


西施せいしが全身に激しい紫電の爆風を纏い、魔神の側面にある巨大な腕へと一直線に跳躍した。可憐な少女の姿からはおよそ想像もつかない、自身の身の内に滾る圧倒的な魔力を紫電化し、極限まで乗せた重い蹴りの連撃が、鋼鉄以上の硬度を持つ魔神の腕を強引に激しく弾き飛ばしていく。


「わたくしが道を作りますわ! ――『五行反転・光殻鏡面』!!」


エリーが純白の杖を床に突き立てると、リーファスの周囲の空間に、まばゆい陰陽術の広域反射鏡面が幾重にも現れた。魔神の兵装から放たれた悍ましい破壊光線のすべてを屈折させ、逆に魔神自身の関節部へと正確に撃ち返し、その動きを完全に焼き切って縫い止める。


「今だ……っ! ――英霊降臨:クーフーリン! 穿て、ゲイボルグ!!」


瞬間的に英霊を切り替え、リーファスの愛刀の身に因果を逆転させる魔槍の紅い霊気が爆発的に具現化した。放たれた必殺の一撃は、魔神のあらゆる防御障気を見事にすり抜け、胸部の真紅の水晶へと一点集中で着弾する。


パリィィンッ――!


美しく砕け散る水晶。リーファスは空中の大気を蹴り、重力に従って零れ落ちてくるクリスの白く華奢な身体を、その両腕で力強く、優しく抱きとめた。


◇◇◇◇◇


「……っ、クリス! しっかりするんだ!」


激しく煙の上がる地面へと着地し、腕の中の少女の顔を覗き込んで必死に声をかける。

ゆっくりと開かれた、彼女の深い夜のような瞳。その不安げな揺らぎを間近で見た瞬間、リーファスの胸の奥に、これまでの辛くも温かかった旅路の記憶が、激流となって押し寄せた。


(私は……君のことを、守らなければいけない大切な『家族』だとずっと思っていた)


だが、今この瞬間、彼女の温もりを永遠に失いかけた本物の恐怖に震えている自分自身に、リーファスは初めて気づかされていた。

これは、義務感や責任感なんかじゃない。

彼女が隣にいない世界なんて、私は一瞬たりとも認められない。


「……気づくのが遅すぎたね。私は、君を愛しているんだ」


無意識に口元から漏れた、飾らない真実の独白。

クリスの白い頬に、瞬時に林檎のような赤みが差し、彼女はまだ震える細い手で、リーファスの首へと愛おしそうに強く抱きついた。


「……リーファス様……。そのお言葉を……ずっと、ずっと待っていました……!」


◇◇◇◇◇


だが、自身の核であったクリスを奪還された魔神は、暴走の怒りによってその巨体をさらに歪ませ、周囲のすべてのマナを強制的に食い荒らしながら、最期の大爆発を伴う極大の一撃を放とうと輝き出す。


「クリス、まだ動けるかい?」


「はい……! 私の中にまだ残っている、魔神の力の残り香……私の影の収納で、すべて一時的に吸い出してみせます!」


クリスが自身の視界の範囲内である魔神の足元へ向けて、影の底から無数の漆黒の触手を伸ばした。魔神が放とうとした極大の暴走魔法エネルギーを、その特異な影の収納魔法によってすべて物理的に組み合わせるように飲み込み、一時的にその体内で中和して封じ込める。


「よくやった。……その引きずり出した異界の魔力、私の『魔霊反転』で、霊力へと完全に書き換える!」


クリスが一時的に呑み込んだ莫大な魔力が、リーファスの展開した『魔霊反転』によって、黄金の神聖なる霊気へと劇的に変換されていく。

だが、暴走する魔神の全エネルギーを完全に消滅させるには、人間の英霊の力だけではまだ一歩足りない。リーファスは碧眼を鋭く見据え、これまでの常識をすべて覆す絶対的な決断を下した。


「――現界せし百の英霊、ジャンヌの聖旗……そのすべてのチャネリングを、今この瞬間に完全強制解除する!」


リーファスが床の聖旗を強く引き抜いた瞬間、これまで外周を守っていた百人の英霊たちのパスが完全に切断された。


戦場を埋め尽くしていた無数の英霊たちが、そして天空に雄大に浮かんでいた山本五十六率いる連合艦隊の巨大な艦影が、一斉にまばゆい光の粒子へと変わり始める。彼らは消えゆく間際、漆黒の塔の頂上にいるリーファスへと、静かな感謝と祝福を告げるかのように微笑み、極点の空へと美しく霧散していった。


世界を覆っていたすべての霊光が消え去り、リーファスの身の内が、文字通りの完全な『虚無の空器』へと変わる。


かつて京都で二柱の武神を降ろした際は天照の祈りがあり、ヘルヘイムではヘルの死気があり、エル・ドラドではアテナの戦理を以て黄金の騎士を討った。だが、今回相手にするのは異世界の理そのものを塗り替える三面の魔神。人間の英雄を百人束ねたところで、届く領域ではない。


だからこそ、百人の現界を解き放ち、その莫大な余剰霊圧のすべてを、ただ一柱の『神格』を現界させるための生贄リソースとした。


――狙うは、英霊の座の最深部すら超越した、宇宙の終焉を司る最高神の領域。


通常、神格の単一降臨ですら魂を焼き焦がす絶対の禁忌。ましてや、その神話体系において「破壊」そのものを概念とする絶対神の神威など、一瞬でも同調シンクロすれば肉体は細胞レベルで消滅し、二度と輪廻の輪にすら戻れない。前世の五十五年と今世の旅路のすべてを賭した、文字通り命がけの、人生最大の『極大術式』。


だが、今の私の内側は、百人の英霊を還して得た無限の霊気の残滓と、愛する者を護り抜くという絶対の意志によって、神を宿すに足る真の『神座かみくら』へと昇華していた。


脳内の全演算回路を、完全なる単一の『破壊の戦理』へと同期ロックオン――。


その圧倒的な静寂ののち、リーファスはこの南極大陸の全龍脈、そして英霊たちを一度完全に消滅させて得たすべての余剰リソースをただ一柱のためだけに注ぎ込み、魂を焼き尽くす禁忌の神降ろしを敢行した。


「私の命、私の魂のすべてを触媒に、世界を終わらせる破壊の王をこの身へと宿す――。神霊降臨:シヴァ!!」


完全な空の器となったリーファスの全身から、人間の次元を遥かに超越した、宇宙を灰へと帰す悍ましいまでの紫紅の神気が爆発的に立ち昇った。リーファスの背後には、三面六臂の魔神を子供のように見下ろす、額に第三の目を持った絶対的な破壊神の幻影がそびえ立つ。


「すべてを灰燼に帰し、新たな夜明けを創り出せ。――『毀滅の炎』!!」


リーファスの額に『第三の眼』が顕現する。そして世界の終わりを肯定する圧倒的な破壊の輝きを宿して見開かれた。


リーファスの刀の身から放たれた、極小の、しかし絶対的な純度を持つ神聖なる火種。それが魔神の巨躯に触れた瞬間、極点の空間全体を包み込む太陽のごとき大爆発へと姿を変えた。

三面六臂の異形は、悲鳴を上げる暇さえ与えられることなく、宇宙最古の破壊の火によって文字通り一瞬で塵へと還り、南極にそびえ立っていた漆黒の塔を、天を突くまばゆい光の柱が貫いた。


◇◇◇◇◇


凄まじい爆炎が静かに収まった塔の頂上で、リーファスはクリスを優しく抱きかかえたまま、静かに立ち上がった。


空を埋め尽くしていた悪魔の群れは完全に消え去り、そしてリーファス自身の手で帰還させた連合艦隊や英霊たちの姿も、そこにはもうない。ただ、世界の終わりを告げるかのような激闘の爪痕の向こうに、どこまでも純粋で美しい朝焼けの光だけが、静かに世界を照らし始めていた。


「……終わったんだね」


「はい。……でも、私たちの旅は、ここからまた新しく始まるのですね」


西施とエリーの二人が、少しだけ複雑そうな、けれど心からの深い祝福を込めた温かい笑顔で、二人の元へと歩み寄ってくる。

永遠の静寂が続くはずだった極寒の南極大陸に、かつてないほど暖かな、人類の勝利を告げる太陽が、静かに昇り始めていた。


本日もお読みいただきありがとうございます!

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